第13話 歓迎会。

『ヴィクトリア、出来るなら僕にだけ見せて欲しかった』


 乾燥地帯に存在する国の、異国情緒溢れる衣装には肌の露出が伴う。

 それが例えベールで隠されていたとしても、コチラに、肌が十分に見えてしまう。


《あらあら、コレ以上は暑くて死んでしまうわ?ねぇ?》

「一応、コレでも布が多い方ですので、お察し下さい殿下」


 確かに、ココの者の方が肌の露出は多い。

 ただ、男の方はかなり肌が隠されおり、ヴィクトリアの侍女クララも。


《あぁ、コレは彼女が選んだ男用の服装だもの》

《お仕えするにはコレが楽そうでしたので着させて頂いておりますが、コレはあくまでも使用人用ですので、お察し下さい殿下》


 彼女には、未だに嫌われている。


 無理も無い。

 僕は前世で彼女が大切に育てたヴィクトリアを蔑ろにし、あまつさえ殺し、子まで殺したのだから。


 こう恨まれ嫌われる事で、確かに実感は出来る。

 けれど真に理解しているかと問われると、自信は無い。


 理屈としては分かる、頭では分かっていても。

 僕は、その僕とは同じ様にはもう、考える事も感じ取る事も出来無いのだから。


『まぁ、アレだ、慣れろ。それとも、もっと凄いのを』

『いえ、失礼しました』

《さ、先ずは食前酒を、薬酒ですからご遠慮なさらない方が良いですわよ。後に胃もたれし難くなりますから》


『そうだぞパトリック、よし乾杯だ。歓迎する!友好国の若き者達へ!』

《乾杯》




 遊学に来て頂く事も重要だとは思うのですが、やはり遊学で得られる事はとても多い。

 景色、匂い、温度に湿度。


 装飾品の配置、もてなし方。

 そして、お料理。


「こうして出して頂けると、凄く助かりますし、味の違いも分かり素晴らしい案ですね」

《でしょ、ふふふ》


 床に置かれた小さなミニテーブルの上には、大きなお皿に前菜が2つずつ、現地の味付けと私達向けの味付け。


 三角の揚げ物はブリワット、中にはほうれん草にカッテージチーズ、それと数種のスパイスとニンニク。

 軽やかなのにコクが有り、風味豊か。


 そして私達向けに味付けされた方は、食べ易く馴染みの良い味と香り。


「どちらも美味しですね、ブリワット」

《あら文字も読めるのね》


「食いしん坊なので」

《そう言う事にしておくわ、ふふふ》


 そして他にはコチラの薄いパンに付けて食べる、ひよこ豆のペースト、フムスにフリットになっているのはファラファル。

 それからナスのペースト、香草サラダにニンジンサラダ。


 大丈夫かしら殿下。

 あまりニンジンは。


 偉い、笑顔で食べてらっしゃる。


 あ、美味しい。

 確かにコレなら食べれるかも知れませんね。


 次にミニテーブルの上に並べられたのは、同じ色柄の半月状の小鉢が2組ずつ置かれ。

 右のお料理は私達向けに調理された品、左には本来の味付けだ、と。


 食べ比べる事も出来ますし、どれだけコチラの味付けを理解して下さっているかも分かる。

 流石、大国と呼ばれるだけは有りますね。


 あの時、来訪者様が邪魔をしなければ、もしかすればあの時は滅びなかったかも。


 いえ、殿下の信頼を得られなかった私には無理な事。

 それにもう、私は皇妃にはならないのですから。


《お嬢様》

「あ、大丈夫よクララ、クララこそ大丈夫?」


《はい、私はコチラが気に入りました》

《それはソーセージと卵の煮込みタジンね》

「この甘く黒いソースは?」


《プルーンよ》

「あの高級食材を、何て贅沢に」


《ココだと良く有る食材が高級って、やっぱり慣れないわね、ふふふ》

「代替品の方は何を使用なさっているんですか?」


《それこそベリーよ、ブルーベリー、コッチでの高級品ね》

「成程、確かに不思議ですね、ふふふ」


 そしてパトリック様をふと見ると、お代わりしてらっしゃるのは。

 クスクスとベルベルオムレツですね。


 分かります、進みますよね。


 セバス様は、レモンとチキンのタジン。

 コレは現地の味付けだけなんですが、確かに十分に美味しく頂ける味付け、しかも塩梅が足りなければ別添えの塩漬けレモンの荒いペーストを追加出来る。


 ココは、どれもコレも美味しい。

 自国でも振る舞いたくなる気持ちが分かりますね、こんなに美味しい物が他にも有るのだと。


 そして我が国は、ココと友好を結んでいるからこそ再現が出来る。

 美味しく頂ける様に改良するのも、それこそ現地の。


 あぁ、ダメですね。

 既に皇妃は別の方が裏で決まってらっしゃるそうですし、私はもう、関わる気も無いのに。


《ふふふ、自国で振る舞いたくなって頂けたかしら》

「はぃ」


《あらあら?》




 お嬢様が悩まれてらっしゃる事が、手に取る様に分かってしまいました。

 きっと、皇妃としてお考えになった事を、悩まれてらっしゃるのでしょう。


「私の死神には、もう既に他の方が、嫁ぐ事になっているそうなんです」


 近くの者の話し声を邪魔しない程度に流れる音楽の中で、お嬢様は戸惑いを口になさいました。

 皇妃として育てられ、皇妃として生きた方。


 けれど、その事が死へと繋がってしまった。

 私達が繋げてしまった。


《あら、あの子も意地悪ね、コレからココで決めるのよ》


「えっ?」

《女色家の王族の血筋をって、お願いされてるの》


「そんな、大変申し訳」

《あらあら、アナタは皇妃では無いのだから良いのよ、それに側室だとしても決めるのは次期皇帝。アナタの責任では無いのだし、寧ろ、ウチも助かるのよね》


「本当に?」

《だって、王族の血筋としては中々使い道が無い、しかもその事を気にしている子だったから。ただ、そうね、デザートの後に来て貰う予定だったから、先ずは見てみて?》


「はい」


 そうして、とても甘い蜜漬けのデザートの後、来られた方は。


《宜しくお願い致します、アシャと申します》


 良く焼けた艶やかなパンの様な肌に、黒く美しくうねる髪、蜂蜜の様な瞳。

 そして、大変、豊満でらっしゃる。


 まさに、異国の甘いデザートの様なお方。


「羨ましい」


 お嬢様は、自分は断崖絶壁だからこそ、殿下が登り辛かったのではと。

 ですが、そこまで無いと言うより、手頃と申しますか手に納まり易い大きさで。


《ふふふ、どうアシャ、ヴィクトリアを気に入ってくれたかしら?》

「えっ?」

《はぃ、凄く、可愛いと思います》


 それはもう、恥じらう蕾が芽吹かんばかりにモジモジと。

 まさか、敵の敵が味方になるとは。


《ふふ、コレなら安心でしょう?》

「あの、安心と言えば安心ですが、そう私はお応えするのは無理ですので」

《それは、はぃ、異性愛者でらっしゃるだろうとは存じています。でも、もしかしたら、ココの料理と同じ様に、意外といけるかも知れませんよ?》


 積極的でらっしゃる。


 あ、いえ、出来ればやはりお嬢様のお子様を。

 いえ、無理にとは申しません、お嬢様が幸せになるのなら私は何でも構いません。


 全ては、お嬢様の為に。




「パトリック様、凄い方が現れましたね」

『だな、どうだアレク』


『まさか、本当に女性を、ヴィクトリアに宛てがうだなんて』

『だけだと思うなよ若造が』


『そんな、パトリック、まさか』

『アレだけで済ませるワケが無いだろ、あの容姿の様な男もヴィクトリア嬢に関わらせる』


『毛色が違うだけで、こんなにも不安になる、ヴィクトリアはこうして』

『いや、その時は平気だったらしい。お互いに忙しくて夜伽が出来無いだけだろう、と、だが今世でお前が愛情たっぷりに好意を示した。だから前世のお前は出来無いんじゃなく、自分には敢えてしなかったのか、と』


『どうしてさっさと僕を殺さ、代わりが居なかったから、ですよね』

『ギリギリまで仕方無く生かしてやってたが、処刑しやがった、最初の俺は目の前では見なかった。アレに邪魔されたからな』


『なら、それこそ来訪者を』

『宰相としては有益な情報を持つかも知れない者を、出現後直ぐに抹殺出来るワケが無いだろうが、しかも毎回態度も何も違う。で、少し様子見をしていたらアッサリお前が落ちる。何度も何度もな、だから偶に殺してたぞ、刺したり首を絞めたり焼いたり。次こそ、お前にも記憶が残れば良いと、拷問もした』


『すみません』


『やはり、全く納得がいかないな。あのアホなお前に謝って貰えない限りは意味が無い、どうしてあんなに愚かだったのか、どうして素直に愛を受け取らなかったのかが聞けない限り。納得を得る事は難しいだろうな』


『やはり、罰を受け続けるしか』

『ヴィクトリア嬢の様に、苦無く難なくこなせ、辛いと思うならサッサと諦めろ。苦だろうと思わせた時点でヴィクトリア嬢の負担になる、お前は寧ろ喜ぶべきなんだ、償える事をな』


『前世の僕の為に、苦とすら見せなかった、それを当たり前に思ってくれていた。なのに』

『な、凄いだろう、お前の前世』


「私も、止められませんでした、同罪です」

『セバス』


「私にも何か出来た筈なんです、なのに私は、全て当たり前なのだろうと。私は、問題だと」

『お前のそれも、仕方が無いだろう、一般的な家庭や情愛を理解していなかったんだ』


『そう、なのか?』

『は?お前、知らなかっ』

「通常とは違うとは知ってはいましたが、問題だと指摘される事も無かったですし、良く有る事で。ですが、恥でも有ると、尋ねられるまで言うつもりが、無く」


 私の罪は、私の感覚のズレでした。

 きっと、寝室の中では仲睦まじく過ごしているのだろう、と。


『お前、まさか寝室では仲が良いだろうとか』

「はい、申し訳御座いませんでした、陛下の命で立ち会いを行っていると偽っておりました」


『はぁ』

「申し訳御座いませんパトリック様」


『いや、コレは本気で盲点だった。お前らは仲違いも無く意思疎通も問題無かった、てっきり、知ってるかとばかり』


『すまないセバス、僕は、甘え過ぎていた』

「いえ、私も、隠していたも同然で」

『お前らは等分に同罪だ。万が一、もし次も有れば、先ずはそこからだお前ら、良いな』


『はい』

「はい」

『よし、じゃあ謝罪合戦でもしろ、俺はもう寝る』


「はい、ありがとうございましたパトリック様、おやすみなさいませ」

『ありがとうパトリック、おやすみ』

『おう、じゃあな』


 それから、パトリック様の言う通り謝罪のし合いをし。

 昔話をし、思い出にひたりながら、私達は眠ってしまいました。

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