第12話 遊学。

「パトリック様、船は苦手ですか?」


 俺は結局、面倒な事になっている。

 この若さにして宰相補佐、要するに父親の補佐役に抜擢された。


 そして、遊学に付き合う事に。


『あぁ、馬車も船も大の苦手だ』


 俺が国外へ行かなかったのは、コレだ。

 酔う、物凄く酔う。


「あの、薬酒で眠ってしまうのはどうでしょう?」


『素面で、慣れようと思ったんだが』

「慣れるには時間が掛かるみたいですし、寝て過ごす方が楽だそうですから」


『だが、酒にも弱いんだ』

「では、少量で、そう二日酔いにもならないそうですから」


『信じるぞ、ヴィクトリア嬢』

「はい、信じて下さい」


 そう信じたお陰なのか、フワフワとしたまま寝て起き、食事をして薬酒を飲んではまた寝て。

 そう過ごしているウチに、何とか陸へ。


『おう、良く来たなアレクサンドリア皇太子殿下よ』

『宜しくお願い致します、レウス王子』


『この年で王子は、良いんだか悪いんだか』

《平和な証拠よ、宜しくねヴィクトリア、レウスの妻です》

「はい、宜しくお願い致します」


 セバスからの報告では、船では侍女クララが鉄壁の守りを発動し、見事に守り抜いていたらしい。


 まぁ、鍵付きの扉を2つも蹴破れば、流石に誰かが気付くだろうし。

 セバスはアレクの為に、抑える役を買って出ていたんだしな。


『おいおい、フラフラしてやがるぞコイツ、陸酔いか?』

『すみません王子、はい、船が苦手で。パトリックと申します、宰相補佐をさせて頂いております』


『よし、慣れるまで暫く抱えてやる、ほれ』

『ちょっ』

《良いの良いの、コレだと慣れるのが早くなるのよ、遠慮しないで》

『ヴィクトリア』

「遠慮させて頂きますね」


《分かるわ、お湯で洗ってても気になるものね。さ、お風呂に行きましょう》

「はい、ありがとうございます」

『よし、このまま俺達も風呂に行くぞ』

『そん』

『こう言って下さってますし、行きましょうパトリック』


『へぃ』


 船に風呂は無い。

 ただ風呂に相当する湯が溜められた大樽と、洗い場が有ったが、それでも3日に1回。


 しかも服の洗濯は更に回数が少ない。

 先ずは歓迎会の前に風呂と洗濯、それから歓迎会へと参加する事になる。


 コレは何処の国でも共通する事、キャラバンが発展させた文化だ。


『どうだパトリック、ウチの風呂は』

『タイル張りの均一さ、クド過ぎない絵柄、素晴らしい技術だと思います』


『固てぇ、俺の近衛宰相にそっくりだわ』

『いつもなら、もう少し砕けてくれるんですけどね』

『一応、常識は有るんでね』


『そうか、なら砕けろ』

『技術者を貸してくれ』

『パトリック』


『おう、良いぞ』


『本当に良いのか』

『そら良い物を広めんのも王族の務めだろ、しかもソッチはソッチで何かしらの成果が必要だろう。義務はさっさと片付けて本題に移る方が、互いの為になるだろう』


 流石、武人ながらに人心掌握にも長けていると称されるだけは有るレウス王子だ。

 だが、問題はウチのだな。


『ありがとうございます、レウス王子』


 自分の不甲斐無さと、不安、か。

 だろうな、こんな良い男をヴィクトリアに近付けたら、取られるかも知れない不安に苛まれるのも無理は無い。


 俺やセバスにすら、未だに地味に嫉妬しているんだしな。


『おいおい、俺は他人のモノは絶対に手は出さん、心配するなアレク殿下』

『すみません、顔に出ていましたかね』


『いや、だが寧ろ出さない様にと固まっただろう、その所作は消せ、後に不利になる』

『はい、ありがとうございます』


 もっと、この王子と関われていたら。

 最初から関われていたなら、こうは。


 いや、関わったんだったな、最初の頃は。


 だが、見事に来訪者ユノによって潰され、以降の関わりまでも潰された。

 本当に、アイツが諸悪の根源の半分、いや回数が回数なんだ。


 8割を占めていると言っても良いだろう。


『で、来訪者についても詰めたいんだが』

『風呂とメシの後だ、良いな殿下』

『はい、宜しくお願い致します』


 万が一にも次が有ったなら、吐き死にしてでもココと国交を。

 いや父に任せるか、ココに興味を示していたしな、タロットカードで押してやるか。




「どうして、こんなにも蒸し風呂に爽快感が有るのでしょう、不思議です」


 薄暗い窯の様な作りをしている、ハマムなる蒸し風呂から外へ出ると、得も言われぬ開放感と爽快感。


 私、本当に何も知らなかったのですね。

 気持ち良い、少しの風も堪らなく心地良い。


《緊張と緩和、我慢した後のトイレ、空腹時の食事。我慢や緊張をした後、幸せになり易いそうよ》

「ふふふ、分かります、確かにそうですね。式典の後のトイレって、凄くスッキリしますし」


《本当、短くしろって言うのに短くしない者も居るし、無礼な者も。だから今度はコッチが招いて、下剤と紅茶でしこたま歓迎してやるの。ふふふ、目を白黒させて、白くなったり青くなったり。で、私が促してあげるの、それだけで大概は感謝してくれるから楽よ》


「素晴らしい手腕ですね、私も是非試してみます」

《それに夜伽の事も、色々と教えてあげるわね》


「そ、あ、いえ、殿下とは別に何も」

《あら、何か問題が有るの?彼》


 今の彼には、全く問題は無いのですが。


「実は、私を悩ませる悪夢の死神に、そっくりなんです」

《あら、それは大問題ね》


「はい、しかも被害は私だけでは無いので、違うとは分かってはいるのですが」

《分かるわ、狂暴な生き物に手酷くやられて、同じ個体では無いからと言われても怯えないでいられないもの。しかも似ていれば余計に、私だって憎らしく思うわ》


「あの、その狂暴な生き物とは」


《蚊ね、油断して顔を刺されて、しかも瞼を。本当に大変だったのよ、もう、こんなに腫れちゃって、あの人ったらもう大笑いで》

「ふふ、すみません、大変なのは分かるのですが」


《ふふふ、そう、誰にだって苦手は有るわ。王にも王妃にも、神にだって有るもの》


 万能神なる者には無いとされているそうですが。

 私達が崇める様々な神には、好物が有り、嫌いだったり苦手なモノが有りますし。


「確かに、そうですね」

《しかも命に関わるなら、無理に克服する必要は無いと思うわ。世界に、その相手だけしか居ないワケじゃないんですもの、選り好みしているワケじゃないなら余計に無理をする必要は無い筈よ?》


「でも、あの人は私だけだと、でもでも、悪夢では違う相手にだけ良い顔をしていたんです」

《あぁ、それはもう本当に許せないわね、絶対に。私にも良い顔をして、他にも、ならまだ少しは分かるわ。けれど、アナタを大切にせず、他人を大切に扱った。絶対に許すべきじゃないわ》


「でも、それは悪夢の中で」

《私もあの人も、夢って大切だと思っているの。予知夢って、結果的に色んな情報が集まって起こる事、言葉にならない情報が形になったものだと思ってるわ。だから、的外れだとは思わない、だってあの子って少し不器用そうだもの》


「流石です」

《ふふふ、色んな子を見てきたし、ちょっと知り合いにも似てるのよね》


「お知り合いは、どうされてますか?」

《幸せに過ごしているけれど、他と同じかと聞かれると、少し違うわね。けれど、その違う事も受け入れてくれる相手だから、心配していないわ》


「私は、狭量だと」

《それは器を狭められただけ、だからアナタが器、器がどうにかする必要は無いのよ。元は相手が狭めた事、瓦礫が邪魔なら、退けるのは愛を注ぎたい者が行う事。器に瓦礫を散々に詰め込んでおいて、器自らに瓦礫を退かしなさいだなんて、理不尽が過ぎるわ》


「でも、詰めたのは悪夢の彼で」

《何かを察してアナタは悪夢を見た、そう思われる様な相手にも絶対に問題が有るの、お互いの為に敢えて何もしてはダメ。その度量が無いなら諦めたら良いのよ、アナタは言語も堪能だもの、ココでだって幾らでも相手は居るわ》


「私の、この平たい体でも」

《デカければ良いってものじゃないのよ、しかも大きいと垂れない様に手入れが必要なのだし、お手入れが楽で綺麗に保てる。良い事じゃない?》


「でも、悪夢の相手は、豊満で」

《あらあら、最悪だわね、彼に毒を盛ってあげるわ。沢山、試練を与えて諦めて貰いましょうね》


「もう、ちょっと盛りました」

《ふふふ、遠慮しちゃったのね、良い子ねヴィクトリア。でも加減は無用よ、彼が相手で無ければアナタの器の瓦礫は消えて無くなるんだもの、大丈夫、無理に許す事は1つも無いわ》


 賢くて、優しい、レウス様の正妃様。

 しかも豊満なんです、羨ましい。

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