第7話 変化。
「あの、お会いする頻度が」
『候補が減ったからね、今でも厳選している最中だよ』
「その、あまりに早く見限るのは」
『そこは心配要らないよ、君よりも年が上で、明らかに最低限を下回る者から切っているに過ぎない。君の悪夢の件、大いに役立っているよ。僕が悪夢を見ているかも知れない、そんな心配すらしてくれない者が皇妃になるべきでは無い、とは思わないかい?』
「あ、私も」
『それは君だからこそ、そもそも僕の多忙さを心配してくれたのは君、そして悪夢の件を聞き出したのは僕だ。仮に君へ僕が悪夢について尋ねたなら、悪夢を見ていないか心配してくれた筈だ』
「だとしても、悪夢を見てらっしゃるかを」
『残念だけれど見れないんだ、ついでに方法を尋ね回ってもいるんだけれどね』
「そんな事を」
『愚か者は、飢えを知っていても富めば食べ物を平気で粗末に扱う、凡庸な者は飢えを知り食べ物を粗末には扱わなくなる。では賢い者は、飢えを知らずして食べ物を大切に扱う。僕は父上よりは凡庸だからね、だからこそ知りたい、君の事も君が悩む悪夢の事も知りたい、解決したいんだ』
目の前にいらっしゃる方は、確かにアレクサンドリア殿下なのですが。
一体、誰が殿下の皮を被ってらっしゃるのか。
そう思ってしまう程、殿下は変わられた。
悪夢を、前世を思い出しての事かと思ったのですが、どうやら本当に変わられた様子で。
「出来る事なら、違う悪夢を見て頂ければ、と」
『君は優しいね、ヴィクトリア』
頭を打って人が変わる事が有るとは聞きますが、こう、何も無く人は変わるものでしょうか。
前世を思い出す事も無く、生死を彷徨う事も、まさか。
「殿下、もしかして私の知らぬ間にお怪我か何かを」
『あぁ、ふふふ、違うよ。ただ、セバスと君のお陰だよ、ありがとうヴィクトリア』
私が何をしても、ご苦労だった、としか言わなかった殿下が。
いえ、確かに今の殿下とは違う方。
でも、元は同じ方ですし。
「すみません、失礼な事を」
『自分でも理解しているんだ、僕はあまりにも無気力だった、そして人を信用しなさ過ぎた。婚約者に期待していなかった、最終的には大人が決めるだろう、どうせセバスが何とかしてくれるだろう。そう勘違いし、あまりにも受け身だった』
「でしたら、寧ろ優秀な方こそ、代わり映えも無く映って当然かと」
『そう君は考えて理解しようとしてくれている、中には批判めいた事を言う令嬢も居てね、試す気すら無かったんだ』
「その、批判めいた事とは」
『僕が言った言葉と同じ文言だよ。私をそんな愚か者と思ってらっしゃるの、だとか、信じて頂けないなんて私の何を知って仰ってますの。だとか、答えられそうも無い質問や迷った時に言われる言葉を、僕は真に受けていたんだ』
「とんでも無く失礼な事を」
『自信が無いからね、強く言われると引いてしまっていたんだ』
私も、幼い頃にそんなに強い言葉を異性に言われていたなら、男性不信になっていたかも知れません。
「私は、甘い環境で育っているので」
『君に同じ苦しみを味あわせたくない、けれど、すまなかった』
「あ、いえ」
『出来るなら君を褒めたい、褒められたい、政務には関わらない事で。皇妃とは褒め合い、認め合えればと思う』
前世の私が願っていた事。
私に何かが足りないからこそ、得られなかった事なのだと思っていた。
けれど、問題は私だけでは無かった。
以前の私なら、喜んで迎え入れただろう。
やっと、念願が叶ったのだ、と。
でも彼は私と子供を殺した人、来訪者様に狂い、私を蔑ろにした人と元は同じ。
私とパトリック様の変化により、変わっただけ。
また、元の彼に戻ってしまうかも知れない。
また来訪者様が現れたら、変わってしまうかも知れない。
「恋で人は変わるそうですが、それは、また変わるとも言えると思うのですが」
『あぁ、そうだね、すまない』
「いえ、一時的な事だと決め付けているワケでは無いのです、殿下の変化はとても良い事だと思うのですが。もし、より魅力的な方が現れてしまったら」
『そこも、出来るだけ考えるよ、僕も逆の立場を想定すべき事だからね』
「逆、ですか?」
『君の周りに優秀な者が現れたら、僕が奪われる側になったら、君に認められ褒めて貰うにはどうしたら良いか』
「殿下と国を思う者なら、あ、私が誰か他を推薦」
『僕があまりにも愚かなら、寧ろ君は奪われるべきだ、君を思うなら尚更そう思うべきなんだ。けれど、嫌だ、出来るなら奪われないで欲しい』
私が逃げるからこそ、追っているに過ぎないかも知れない。
そうパトリック様が仰っていた事が、今まさに身に染みている。
前世の私は追い掛ける側だった、皇妃として醜聞を晒さない様にと釘を刺されてはいたけれど、こうして気に掛けては頂けなかった。
いえ、コレはもしかしてパトリック様との事を心配してらっしゃるだけで、単なる嫉妬や独占欲かも知れない。
彼は未だ幼い、しかも変わり始めたばかり。
私達の歳月は、未だ始まったばかりなのですから。
「もし、何か有った際、私を下賜する相手候補はいらっしゃるのでしょうか」
『下賜』
「私も我慢をして頂きたく無いのです、もし私に問題が有ると分かった時点で、他に愛する方が現れた時点でどなたかに下賜して頂きたいんです」
ココの王族に離縁の概念は無い、代わりに有るのは側室に変更後下賜する事。
子の出来なかった皇妃は側室に格下げられ、同時に新たな皇妃が擁立される。
そうして側室となれば、家臣に下賜される事も有る。
こうした穏便な離縁方法が存在していたのに。
私は、処刑されてしまった。
パトリック様は悪夢の中の私は愛されていた、と仰っていたけれど。
では何故、穏便に離縁してくれなかったのだろう。
『考えてはみる、けれど。いや、分かった、しっかり考えてみるよ』
「差し出がましい事を申し大変失礼致しました、ですがどうか、宜しくお願い致します」
私の命、果ては民の命が掛かっているのですから。
『セバス、ヴィクトリアをどう思う』
ヴィクトリアに会った後、執務室に戻った後が最も憂鬱かも知れない。
大事な話は全てココで話す事になっているせいか、ヴィクトリアに暫く会えない事を実感するせいか。
「皇妃としての資質は悪く無いとは思いますが、そう推すかと言われると」
『君の妻としてだ』
「それで、どうして私なんでしょうか」
『最も信頼しているのは君だ、セバス』
考えたくは無い、誰かに譲るなど有り得ない。
けれど、そうした保証をする事は叶わない、人心が離れる事を理解しなくては皇帝は務まらないのだから。
しかも離縁する者は、この国にも少なからず存在している。
皇帝とて人、そして皇妃も人、なら心変わりも致し方無い。
保証出来無い以上、最悪の手段も考えなければならない。
「でしたら、私がヴィクトリア様の側に立って考えますと、パトリック様かと」
『ヴィクトリアの異性の友人だそうだが』
「評判は問題無いですし、常に双方の侍女が中庭に同席なさっているそうですが。侍従としての私より、ヴィクトリア様の侍女としては、パトリック様かと」
『穏便に会える方法は有るか』
「はい」
『出来るだけ早く会わせてくれ、次にヴィクトリアに会うまでに答えを出したい』
「はい、承知致しました」
賢いのは間違い無いとして、彼は一体どの様な背格好なのだろうか。
彼は、ヴィクトリアをどう思っているのだろうか。
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