第8話 パトリックの弟、パスカル。

『君が、パトリックか』


 俺に王家から招待状が来た時は、コレにも記憶が有るのか、記憶が戻ったのかと警戒したが。

 どうやら無さそうだ。


『ソレは俺の弟ですよ、殿下』

《どうも、パスカルと申します、宜しくお願い致します》


『あぁ、すまない』

『いえ、では、どうぞ』


 弟とは1才違い、しかも弟の方が体の成長が良い。

 良く間違われるんだ。


《お兄様、食べて良い?》

『あぁ、だが溢すなよ、汚く食べたら直ぐに菓子無しで下げさせるからな』


《はぃ》


『兄弟が居るからこそ、君はヴィクトリアに頼られる程の存在なんだろうか』

『いえとんでもない、武官の家に生まれた文官気質、それと俺の趣味のタロットカードに興味を引かれただけでしょう』


『タロットカードか』

『当たる時と外れる時の差が激しいので、あくまでも趣味です、見方や考え方を変える為の作業とも言えますね』


『当たる時は当たるのか』

『知り合えば知り合う程、特に』


『なら、ヴィクトリアとは』

『単なる友人です、常に互いの侍女を同席させていますし、中庭でお会いするだけ。しかも俺は父から王宮の大変さを良く言い聞かせられていますから、想像も入れつつ、ご相談に乗っているに過ぎません』


『どんな事を、話し合っているんだろうか』

『男性とは、女性とはどの様な生き物なのか、若しくは遊学について。それと悪夢、相当大物が死神として出るそうで、未だに名を聞けていないんですが。検討はついてらっしゃいますか?』


『あぁ』

『彼女は優しいので詳しく仰ってないでしょうけけれど、どうやら臭いまで分かるそうですよ、酒臭いだとか血の臭いだとか。相当に夢とは思えない程の精密さらしく、最近はかなり頻度が減ったそうですが、相変わらず寝起きは最悪だそうで』


 お前が実際に殺したからな、俺も最初の頃は本当に悪夢だと思った。


 そして、その次からは本当に悪夢として見る様になった。

 アレは、あまりに悲惨で理不尽で、不条理だ。


『もし、君が、死神に取り憑かれる者に好意を寄せられたら』

『まぁ無理でしょうね、あんなにも理不尽で不条理で悲惨な出来事を引き起こされるのかと思うと、俺はとてもじゃないけど近寄りたいとすら思いませんね。どう足掻いても結局は死にそうですし、裏切られて喜ぶ趣味は無いですから』


『君は、本当に相手を知らないのか』

『それ、どう証明すれば良いんでしょうね、俺は知らないのだと。王族に圧力を掛けられたら、きっと侍女も悪夢と同じ様に、偽証するでしょうしね』


 王妃候補から落ちた者の親友が侍女となり、来訪者ユノの味方となる道筋は、ココでも大いに有り得る事。

 殺そうが潰そうが、他の令嬢の友が侍女となり敵となる。


 来訪者が来なければと思ったが、アレは必ず現れる。

 皇帝の前に、コレが皇帝となって1年後、子無し離縁が成立する期間間際に。


《そんなに怖い夢なの?》

『あぁ、お前も知ると見るかも知れない、だから知るな。菓子の感想を述べろ、殿下が持って来て下さった品だ』


《ありがとうございます、コレはサクサクで美味しいです、コレはナッツの良い香りで》

『おい、ナッツだと、吐き出せ!』

『セバス!医師を呼べ!』


 他国の来訪者によって齎されたとされる毒には、独特の風味が有る。

 それこそがナッツの香り、だからこそ王族は手を出さない、そもそも使わない。


 パスカルは急いで吐き出させたんで、何とかなったが。


 この事件は、そもそもかなり先で起こる筈。

 しかも事を起こした犯人は。


『おい、どうなっている、侍従』

「誠に、申し訳御座いません」

『すまない、僕の失態だ』


 コレが居る以上、前世の事を知られるのは面倒だ。

 どうにか。


『コレでは、暫くヴィクトリア嬢には会えないでしょう、殿下。俺が事情を伝えますから、侍従に当たり障りの無い文を書かせてはどうでしょうか、ウチから伝えますから』


『セバス、頼んだ』


「はい」

『俺も書く、用意してくれ』

《畏まりました》


 コレで、セバスに見せた後、紙を燃やせば済むだろう。




『良いですかね侍従の方、この綴りで合ってるかどうか』


 パトリック様が書いた綴りに間違いは無かった。

 けれど、犯人は皇妃の侍女だと知っているか、と。


「いえ」

『あぁ、やっぱりな、すまない。どうにも書くのに不慣れでな』


 彼は、知っている。

 犯人も動機も何もかも。


 面と向かい対話した事は無かった、お互いにヴィクトリア様の侍女クララを通じてのみ。

 接触を避けていた彼がこうして直接関わって来たのだから、私は改めて彼と対話しなければならない。


 私の前世では、こんな事は起きていないのだから。


「コチラで宜しかったでしょうか」

『あぁ、すまないが頼んだ、パトリック』

『いえ、まだウチを狙った事なのかどうか分かりませんから』


「ですが改めて謝罪に伺わせて下さい、容体も確認させて頂きたいので」

『懲りずに菓子で頼む、アレが1番に好きなのは東の。いや、後日、ウチから侍女に伝えさせますが』


「はい」

『ではもう行って下さい、ご両親が心配してらっしゃるかと』

『あぁ、すまない、後は任せてくれ』


『はい、では』


 そして翌日、パトリック様からの手紙を持参した侍女が登城し、私達は菓子店で待ち合わせる事に。


「偶然ですね、パトリック様」

『おう、だな。甘い物は好きか』


「そこまでは、寧ろ酸味や柑橘類が好みなので」

『ならコレだな、食って損は無いぞ』


「では、同席させて頂いても」

『おう』


 窓を正面にし座る彼が私に促した席は、窓の無い壁を背にした角。


 彼は、前世のまま、常に警戒を怠らない方だった。

 飾り気の無い言葉遣いに、奔放な政策、けれども慎重さは誰よりも持っていた。


「確かに、私の口に合いますね」

『だろう、占いで出たんでココへ来たんだ』


「成程」


『コッチは問題無い、気遣いは無用だ』


「アナタは既に、ココの全てを理解してらっしゃっるのですね」

『どうだろうな』


 前世では鬼才と呼ばれていたパトリック様が、どうしてココでは役職に就かれなかったのか。


 今なら分かります、こうした事を何回も経験していらっしゃるからこそ、疲れてしまわれた。

 諦めてしまったのだろう、と。


「最初は、憤りを感じておりました、何故居ないのかと。ですが今は理解しました、あんな経験は、1度で十分ですから」


『そうか。でな、新しいカードの組み合わせを思い付いたんだ、意見を聞かせてくれないか』

「是非」


 少し変わった絵柄のタロットカードを、テーブルへと並べ。

 そして手渡された説明書に添えられた小さな紙には、本来の解釈とは違う単語が並んでいた。


『俺の解釈としてはこう、この組み合わせが正解だと思うんだが、お前の感覚としてはどうだ。違和感や、そもそも全く知らなさ過ぎて感想が無い、か』


 彼が揃えたのは女帝、節制、そして戦車。


「全く知らない組み合わせですが、驚きと同時に疑問が浮かぶ気がしますね。どうして、この様な組み合わせなのだろう、と」

『簡単だ、この図柄を知っているからこそだろうな』


 彼が引き抜いたのは、女教皇のカード。

 そしてどう仕込んだのか、カードを持つ彼の手には小さな紙、そこにはヴィクトリアの文字が。


「コレの為、ですか」

『こう配置する為だと思う、邪魔だったんだろうな』


 愚者のカードの上に新たに添えられていたのは、恋人。

 そして愚者の説明には、パトリック、と。


「一体」

『コレだろうな』


 彼が新たに抜き出したのは、運命の輪。


 つまり、現皇妃も前世の記憶を持ち、侍女を使いパトリックを排除しようとしている。

 全ては、殿下とヴィクトリア嬢を結婚させる為。


「私には、こう解釈するのは、難しいかと」

『あぁ、俺もこの役割をした事が有るんでな、その時の事かも知れん』


 彼が山札から選び出したのは、死神。


「それは、この絵柄が関連するのでしょうか」

『あぁ』


 私が抜き出したカードは、世界。

 彼は良かれと思い、現皇妃を以前に殺害した事が有る、と。


「多少は馴染みが良いとは思いますが」

『もっと加えるなら、コレだな』


 吊られた男。

 意味は、私。


「逆に解釈が難しくなったんですが」


 彼が無言で抜き出したのは、悪魔のカード。

 嫉妬。


『こうするつもりが、こう、だろうな』


 塔のカードを抜き出すと、彼は逆さまに。

 私が殿下を煽る為に仕掛けた出来事が、失敗に終わった、と。


「難しいですね、あまりに意味が膨大ですから」

『あぁ、だろうな、俺も組み合わせを何通りも試していてコレだからな』


 彼は、今まで何度も挑んでくれていた。

 なのに私は、どうして殿下のお側に居ないのか、などと


「すみません」

『知らないんだ仕方が無い、俺も最初はそうだった、それに恋の事なんかもっと分からない』


「私もです、この解釈に続くだろう先を、知りたいのですが」

『全て、ココへと繋がる』


 塔。

 崩壊、又は変革。


 国は、崩壊してしまっていた。


「すみません、予想はしていましたが」

『気付かずこのカードが指し示されていたなら、それも仕方無いだろう。それに俺も何度か投げ出した、あまりにも分からなくてな』


 恋人のカード。


 私は嘗て、ヴィクトリア様を慕っていたらしい。

 けれど、今の私には。


「このカードを持っている限り、私には無理かと」


 私が差したのは、運命の輪。

 前世を覚えている限り、私は彼女を抱けないだろう。


 今でも鮮明に思い出せる。

 あの血の臭い、感触、冷たくなっていく細く瘦せた体を知ってしまっている。


『だろうな、俺もだ』


「最悪は、お相手はパトリック様かと」

『気が合うな、俺はお前にと思っていたんだがな』


「パスカル様はどうでしょう」

『あぁ、確かに良いかも知れないな。すまん、今までずっと独りだったんで、相談するなんて事が頭に無かったんだ』


「心中、お察し、申し上げられれば良いのですが」

『良いさ、その程度で、全てを知る必要は無い』


 彼の粘り強さ、誠実さ、真面目さ。

 最悪は彼に、と思っていたのですが。


 私も、もう少し相談し合うべきかも知れませんね。

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