第6話 悪夢。

 殿下がヴィクトリア様とお会いする間に、侍女のクララから話し掛けられたのですが。


「宣戦布告ですか、クララ」

《いえ、ただお嬢様の為に、アナタの立場をハッキリさせて頂きたいのです》


 殿下か、ヴィクトリア様の幸せか。

 以前なら、殿下一筋でしたが。


「殿下には、他の方に関わって頂こうと思っています。今は興味深い、可愛らしいと思っていても、いつか無能さに気付くかも知れません。となれば互いに傷は浅い方が、宜しいかと」


《流石、賢明な方の賢明な侍従でらっしゃいますね》


 私はあの時、あまりの理不尽さに狂ってしまったのだと思う。

 自分に相手をした記憶が無いからと言って、皇妃や近衛の言う事に全く耳を貸さず、子供諸共処刑した。


 とても許せる事では無い。

 例え今の殿下とは違う者だとしても、所詮は殿下。


 もう、私は期待を裏切られたく無い。

 あんなにも愚かになる殿下を見る位なら、私は。


「では、お時間も他の方と揃えられるでしょうから、そろそろ」


『あぁ』


 ヴィクトリア様は、以前の事を覚えてらっしゃるにも関わらず、殿下を恐れないで下さった。

 けれども、死に繋がるとなれば忌避して当然、忌避されて当然。


 ですが、今の殿下は以前の殿下とは違う。


「殿下、ヴィクトリア様と同じ様に他のご令嬢とも接して頂けないのでしたら、私は候補から下ろして頂く提言を皇帝にしなければなりません」


 王宮に帰宅後、私は殿下に進言させて頂く事にした。

 皇妃候補の事は国を左右する事、外で話せばどう漏れるか。


『セバス』

「見定めると言う事はそう言う事です、同じ状況下に置き同じ距離で観察する。出来無いのなら諦めるべきです、皇妃に肩入れし過ぎてはならない、規律を乱す者を排除するのが皇帝なのですから」


『分かっている』

「本当でしょうか、肩入れし過ぎるな、とは何も愛するなと言う事では有りません。悪しき影響を受け過ぎない距離を保て、と言う事です。そして肩入れし過ぎていると思われない様にすべきだと私は言いたいのです、ひいては皇妃が国を乱さずとも、全てが皇妃のせいになってしまうのですから」


『肩入れし過ぎる、とは』

「先ずは今、出来るだけ令嬢達に失礼の無い様に平等に接する、それからです。あの方に振り向いて頂く為にも、今から信頼を築くんです、自分は死神では無いと示すのです」


『あぁ、何か有れば皇妃のせいにされてしまう、だからこそ僕は死神だと思われも仕方が無いんだな』

「思い入れが強ければ強い程、そう周りに気取られれば気取られる程、皇妃の負担となります」


『やはり彼女は僕の愚かさ、狭量さを見抜いていたんだな』

「まだ遅くはありません、まだアナタの事を知って頂けていない。次は会った際に手紙をお渡ししましょう、外聞用に手紙の回数さえ平等で有れば良いんです、お気持ちを整理し読んで頂きましょう」


『それは、少し、恥ずかしいんだが』

「お気持ちは伝えなければ伝わりません、しかも気を付けていても誤解を生む可能性が有る、だからこそ言葉選びは慎重にしなければならない。それに少なくとも証拠は残りません、読んだら返して頂けば良いんですし、ご心配でしたら更に私が代筆致します」


『なら、そう、ハッキリと書いて構わないんだろうか』

「仮に、です、例え彼女が言い触らしたとしても証拠は無い。しかもアナタが周りの令嬢と差を付けず接していたとなれば、信用度はコチラの方が高い、損は無いかと」


『そう、その、文言に流行りなどは、無いんだろうか』

「飾る必要は無いかと、そのままでも誤解を招く事は有る、だからこそ出来るだけ真っ直ぐに伝えて頂いた方が宜しいかと。ですが、それでも尚、どうにもならない事も御座います。私ですらも、似た悪夢を見たのですから」


『本当か』

「はい、ですが処刑後の事です、私は腹を引き裂きお見せしたんです。実の子である、と」


 それでも決してお認めにはならず、遺体は中庭に放置された。


 それもコレも、あの来訪者ユノが。

 いえ、元は皇帝の責任、そして今の殿下にも気配は有る。


 あの皇帝になる気配は、今でも十分に存在している。


『だが、それは僕では無い』

「はい、ですがアレは強烈でした、私も目覚めた時は全身から汗を噴き出しておりましたから」


『僕も、見れば少しは理解出来るのだろうか』

「あまりにも強烈でしたので、出来れば見て頂くより、未来の皇妃の為に平等さに気を配られるべきかと。それに、見ようと思って見れるモノでも無いですから」


『なら、今はそれしか無いか』

「はい」


 引き離さず、推さず。

 平等に道を示し、意思の誘導をしない。


 それがパトリック様の理想だそうですが、今の私の立場では、難しい事。


 それにヴィクトリア様も、殿下のお考えを知りたいとも思っている。

 何を思いヴィクトリア様に手を出さず、何を思い来訪者に靡き。


 何を思いヴィクトリア様を処刑をしたのか、私も知りたいのですから。




《悪夢を見た事が有るか、ですか?》

『あぁ、それと悪夢を見る方法についても、何か知らないか君は』


《悪夢、と呼ぶべきかどうか。あ、殿下に選ばれなかった悪夢は見ましたが》

『他はどうだろうか』


《他、ですか》

『もし、君に子が出来ずに僕が側室を持つ事になったら、どんな悪夢を見ると思う』


《側室》

『君に2年以内に子が出来たら持つ事は無い、ただ1人だけとなれば僕は側室を持つつもりだ』


《では、既に》

『いや、今は正妻だけ選ぶつもりで考えている、側室となれば違う条件で見る事になる筈だ』


《成程》


 自分と関わるだけ無駄だ、と申し出を断る令嬢は確かに存在はしている、けれども稀だ。

 殆どは国の為になる、と自身を売り込もうとする愚者は多い。


 けれど、それは僕がそう接していたからに過ぎない。

 単に受け身になり相手がボロを出すのを待つだけ、あまりに非効率だった、時間の無駄だった。


 コチラの条件を明かさず、選別する。

 本来ならあらゆる策を講じ、余暇の為の時間を作り出すのも、上に立つ者のすべき事。


 ただ、僕は自身を有能な者とは程遠い存在だ、と理解している。

 セバスは昔から優秀で、父上も幼い頃から賢かった、と大臣達も母上も仰っていたのを耳にした。


 けれど僕はあまりに言葉を鵜呑みにし過ぎていた、全ては諫言、僕の為なのだろうと素直に受け取り過ぎていた。


 結局は諫言を装った文言を放つ、分裂を誘う者。

 居ると知っていたのに、分かっていたのに、理解まではしていなかった。


 セバスは、本当に僕の為に、国の為に言葉を尽くしてくれる。

 ヴィクトリアには真っ直ぐに伝えるべきだ、と。


 そのお陰で次の機会では、彼女に謝罪はされなかった。

 そして褒めた事を素直に受け入れてくれて、嬉しいと言ってくれた。


 僕は、それがとても嬉しかった。

 僕は彼女に喜んで貰いたいと思っていた事に気付かされた。


 認められたい、それだけだと自身を見誤っていた。


 喜んで貰いたい、好かれたい。

 そして出来るなら褒めて欲しい、それが例え友人としてでも。


 彼女と関わらない人生は、考えられない。

 考えたくない。


『もう、悪夢についての情報は無いかな?』


《あの、何故、悪夢についてお知りになりたいのでしょうか》

『有用な事だと僕が思ったからだよ』


 今だからこそ、他の令嬢へ偽りの笑顔を張り付ける事が出来る。

 僕はどこかで相手に見抜かれる事を、呆れられる事を恐れ、愛想笑いすら出来なくなっていた。


 余裕が無いのは僕だった。

 愛想笑いも手段なのだと、どうしても割り切れなかった、けれど。


《失礼致しました、あの》

『残念だけれど時間だ、では』


《あ、はい》


 冷静に選び判断すれば、より時間の無駄を省ける。

 それだけヴィクトリアと会える時間が増える、常に受け身はあまりにも愚かだ。


『セバス、今の令嬢は候補から排除する。僕が悪夢を見ているかの心配も無い、つまり配慮が無い、しかも何の提案すらも無かった。皇妃候補には相応しく無い』


「本当に、宜しいですか」

『あぁ、構わない』


「では、その様に」


 数を減らし厳選すれば、それが適切で有れば有る程、ヴィクトリアも僕も認めて貰える。

 僕は、どうしてこんな簡単な事に気付け無かったんだろうか。


 いや、どうせ最後には宰相が、セバスが何とかしてくれるだろう甘えが有ったんだと思う。


 そして、どうせ自分の意思では相手を選べない、結局は周りが決める事だ。

 と考える事すら放棄していた。


 父上も母上も、そうでは無いと改めて言ってくれたのだし。

 僕は信頼すべきだ、ヴィクトリアに信頼されたいのなら、尚更。

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