第2話 次代皇帝、アレクサンドリア。
「まぁ、殿下が私へ?」
「はい、異性の友人がいらっしゃらないので、先ずは友情を表す花をと」
「そうなんですね、ありがとうございます」
お嬢様に花が送られるのはまだ先の事、しかも殆ど花を選んでいたのは、この侍従のセバスだと伺っております。
愚かしくも賢い殿下は、お嬢様の良さに勘付いてしまいましたか、稀代の愚王アレクサンドリア皇帝。
皇妃断罪の真相を知った諸外国が民を唆し、各所で一斉蜂起をさせた後、民と家臣により処刑された愚かな皇帝アレクサンドリア。
このセバスは皇帝を処刑し、補佐が不十分だったとして自ら断頭台に上がった方ですが。
アレは、処刑と言うよりは自殺。
皇妃の事を慕っていたのでは、と死後に噂されていましたし、お嬢様に良くして下さった方。
もし、この方と。
いえ、この10年、お嬢様がお産まれになった時からどうすれば良いのか考えて参りました。
その答えは、誤魔化さない。
以前は良かれと思い励まし、時に事実を隠し、皇妃になる事が至上の幸福だと教え。
私も、そう信じていた。
けれど、お嬢様は処刑されてしまった、無実の罪で。
だからこそ、もう皇族とは関わるべきでは無い。
《お返しを考えなくてはいけませんね》
「あ、そうね。けれど、どうしましょう、私にも異性の友人は居ないのだし」
「僭越ながら、私が相談相手では、足りないでしょうか」
「セバスチャン様が?」
「はい、私も不得手なのですが、其々に情報を調べ交換する。どうでしょう」
「是非お願い、ありがとうセバスチャン様」
皇族に関わるべきでは無い、ですがお嬢様は齢10才にして既に洗練されていらっしゃる。
皇太子侍従セバスチャン様とは年の差は有りますが、愛されずに殺されるよりは、遥かにマシ。
それにしても、愚王の側近がもう1人居た筈なんですが。
彼は、どう過ごしているのでしょうか、そろそろ側近候補選定において選ばれている筈。
味方は多い方が良い。
少し、探ってみましょう。
「アナタも、ですか」
この言葉に、ヴィクトリア様の侍女が僅かに反応した。
どうやら間違い無さそうですね。
《すみませんが、何の事か》
「パトリックを探りに来たのでしょう、将来の側近、ソチラ側の味方でしたからね」
《セバス様、では、本当にアナタ様も》
「はい、ですがアナタに会ったのは本当に偶然です、彼は本来なら既に候補に上がっている筈でしたから」
ですが今は成績や素行は平凡そのもの、特筆すべきモノが無い為、側近候補にすら上がっていない。
不思議に思った私がパトリックの家を様子見していた時、ヴィクトリア様の侍女クララが現れた。
そう、以前ならヴィクトリア様の家が使う情報網が素晴らしいのだろう、と見逃していたでしょう。
ですが今の彼は候補にすら上がってはいない。
彼の存在を知る事すら無い筈、なんですから。
《あの後、国は分裂し、何年も。だから、だからアナタは自害なさったのですね》
「すみません、もう耐え切れそうも無く、逃げてしまい申し訳御座いませんでした」
《いえ、ですがお嬢様を、慕って下さったのですか?》
「いえ、5つも離れていますし、妹の様な親しみは覚えていましたが。彼女は、友人、妹のような存在でした」
優しく穏やか、期待に応えようとする努力家、だからこそ家臣も従っていた。
けれど、それらが悪循環を起こしたのか、殿下も私達も甘え過ぎてしまった。
死に追いやり、民にまで多大な犠牲を。
《私も、後を追おうとも思いましたが。言い訳かも知れませんが、お嬢様は決して望まないだろう、と》
「私もそう思います、彼女は絶対に望まなかったでしょう」
思い遣りと自己犠牲を体現した様な皇妃。
本当に、私達は甘え過ぎた、そしてあの方をつけあがらせてしまった。
《あの、パトリック様とは》
「あぁ、いえ、候補にすら上がっていませんから接触はしていませんが。もしかすれば、敢えて今回は凡人を装っているのかも知れませんので、折を見てアナタに接触して頂こうかと。方法はコチラで考えますので、どうでしょうか」
《はい、お任せ下さい》
そして後に、私はさらなる驚きと真実を得る事になる。
「どうしても、私も思い付かず。頂いた花を刺繍したのですが、どうでしょうか」
以前の殿下なら、政務に役立たない事に、あまり良い顔はされなかったのですが。
『ありがとう、大切にするよ』
喜んでらっしゃる、ように見えるけれど。
なら、どうして以前の殿下は喜んで下さらなかったのかしら。
不思議、やはりココは天国なのかしら。
「喜んで頂けて安心しました、政務には関わりの無い事ですから」
以前に差し上げた時は、最低限で構わない、皇妃として相応しいと思える様な事を率先して覚えて欲しい。
そしてあまり愛想を売らず、知識を高め、国に尽くして欲しいと。
言う通りにしました、なのに殿下が愛した者は、私では無かった。
『僕は、そんなにも愚か者に見えるんだろうか』
中庭で先程までニコニコと笑顔を浮かべていた彼女から、表情が消えた事で、僕は答えを間違った事に気付いた。
どう取り戻そう、どう取り繕うか急いで考えていると。
「大変失礼致しました、やはり候補の末席にも居るべきでは無いですね」
『いや、違うんだ、政務に関わる事意外は認めない。そんな狭量だと思わせる様な振る舞いをしていたなら教えて欲しい、謝罪する』
「いえ、寧ろ、そうあるべきなのかと私が勝手に思っていただけです。失礼致しました」
それから彼女の表情は、戻らなかった。
僕は、完全に間違えてしまった。
彼女は僕の本質まで見抜いていた、こんなにも狭量なのだ、と。
『それで、どうして俺の事を探っていたんですか、貴女は』
《大変失礼致しました、私はハノーヴァー家の侍女、クララと申します。実はお嬢様のご友人探しをしておりまして、アナタ様の人となりを調べさせて頂いておりました》
『ほう、友人』
《はい、お嬢様は少し新しい考えをお持ちでして、理解して頂ける者をと探させて頂いている最中で御座います》
『だとして、平凡で凡庸な貴族の子息を探している、と』
《以前お見掛けした時、使用人にもお優しかった。私のお嬢様もとてもお優しい方ですので、先ずは事前調査を、と》
俺が関わらないだけで、こんなにも歴史が変わるのか。
今まで、何度も何度も変えようとしてきた。
民を救う為、国の破滅を回避する為、自分の為に。
最善を尽くしても、愚かな皇帝を変える事は叶わず、全て失敗に終わった。
全てでヴィクトリアは死に、全てで国が滅んだ。
あの、来訪者ユノのせいで。
何度も、何度も俺は。
けれど今回なら、もしかすれば。
だが。
『婚約者候補に異性の友人は、不要では』
《いえ、お嬢様は候補を降りる気でらっしゃいます。諸国漫遊に思いを馳せており、念願叶わぬ事も理解しつつ、せめてそうした事業に関われればと。ですので、身を弁え、候補を降りる打診をなさっております》
主人の行動次第で、侍従や侍女の動きは変わる。
だが、どうやらコイツ自身が変わったらしい。
皇妃になる事こそが女の最上位、そう断言し推し進めていた侍女が、候補を降りる事に同意している。
ただ俺が関わらないだけで、こんなにも変わるのなら、俺は。
いや、何処まで変わるのか、どうなるか見極めさせて貰うか。
『平凡で凡庸で良ければ、是非』
私に、異性の友人が。
前世でも良くして下さった方、パトリックの幼い頃は、非常に可愛らしい。
「ふふふ、宜しくお願い致しますね、パトリック様」
『ぁあ、宜しくお願い致します、ヴィクトリア嬢』
驚いてらっしゃる。
そういえば私の振る舞い、年相応とは思えないって言われるのよね、もう少し子供らしく振る舞うべきかしら。
もう、皇妃にはならないのだし。
「パトリック様、遊びに行きましょう」
『あ、いや』
「私を捕まえてみて下さい」
追い掛けっ子、してみたかったの。
走るのって、楽しいわ。
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