皇国のオスティナート~無実の罪で処刑されたので、皇妃候補は降ります。~

中谷 獏天

第1話 皇妃、ヴィクトリア。

『何処の誰とも分からぬ子を孕むとは、やはりお前とは離縁すべきだったな』


「違うんです、この子は」

『言い訳はいらん、処刑しろ』


 もし、やり直せるのなら、と。

 もし、前世や来世が有るのなら、今度こそは愛されたい。




《お嬢様?!》


 目の前には、皇帝によって引き離された侍女のクララが、しかも若返っている。

 そして私は、寝汗をびっしょりと。


「ココは、天国なのかしら」


《お嬢様、湯浴みを致しましょう》

「あぁ、もう夜明けなのね、お願い」


《はい、直ぐにも》


 天国は常春だと聞いていたから、てっきり夜明けなんて無いものだと思っていたのだけれど、明けの明星が綺麗。

 ぁあ、しかも秋なのね今は、と言う事は四季が有るのね。


 私、どの季節も好きなの。


「神様ありがとうございます、素敵な天国を用意して下さって」




 散々に魘され、ぐっしょりと寝汗をかきながら悪夢からお目覚めになって以来、お嬢様は変わられた。

 以前よりも淑やかになり、より感謝を伝えて下さる様になり、肩の力も抜けていらっしゃる。


『それで、悪夢の内容は未だに言わんか』

《はい》

《良い子なのは嬉しい事だけれど、心配だわ》


『次代の皇帝の花嫁候補、その負担から緊張が続いていたが、どこかで吹っ切れたのかも知れないな』

《だと良いのだけれど、お願いね、クララ》

《はい》


 そうして更に注意深く観察しておりますと。

 以前よりも勉強が身に入らない様子ながらも、何処かで予習でもしてらっしゃったのか、出された問に戸惑う事無くお答えしている。


 コレは、確実に何かが変わったと思わざるを得ないのですが。

 お嬢様は肝心な事は、笑って誤魔化す。


 齢10才にして、もう既にそこまで成熟なさっているのですが。


「クララ、今日は良い天気なのだし休憩しましょう、人生は意外と短いそうだから」




 天国だと思っていたのだけれど、どうやら違うみたい。

 殿下とお会いする事は無いだろう、と勝手に思っていたの、天国だから。


 けれど、婚約者候補として皇太子殿下とお会いする、その日程の知らせが来てしまって。


「どうにか、断れないかしら」


《お嬢様?》

「私、自信が無いの、辞退するワケにはいかないかしら?」


《お嬢様、どうしてその様な》

「あ、無理よね、向こうが選ぶ立場なのですし」


 男は家臣、兵士として国に尽くす。

 女は産み育て、国に尽くす。


 以前は、少し上手くいかなかったのよね。

 なら今回はどうすれば良いか、だなんて、全く考えて無かったわ。


 今を生きる、それこそ既に体験した事をなぞりながら生きられる天国だ、と思っていたから。

 全く、何も考えていなかったのよね、婚約者としての立場も何もかも。


《一応、確認をしてみますので、少々お待ち下さい》

「ありがとうクララ」


 けれど、やっぱり無理よね。

 それで結局はお会いする事になったのだけれど、コレは、更に愛されるように努力すべきかしら。


 それとも、国を出てしまおうかしら。


《お嬢様、お時間です》

「はぁ、月日が経つのって本当に早いわね」




 少し前まで、皇妃に相応しくなろうと努力している、僕はそう聞いていたんだけれど。

 久し振りに城の中庭で会った彼女は、優雅にカップの上げ下げをし。


『諸外国を遊学したい、ですか』

「はい、大変に難しいとは存じています、しかも子女なら尚の事。ですので、せめて、そうした事に関わりたいと。この様な女らしくない考えも持っていますし、このような者より、もっと相応しい方がいらっしゃるかと」


 以前に会った時は、緊張と不安で塗り潰されていた筈が。

 今は優雅にも余裕を持って僕と対面し、対話している。


『一体、君に何が』

「大雨が降った晩秋の、明けの明星が輝く頃、私には力不足だと悟るに至りました。お時間を取らせてしまい申し訳御座いませんでした、どうか良き伴侶に恵まれますよう、心からお祈り申し上げております」


 自分の実力の無さに辞退を申し出る者も、僕は見てきた。

 けれど彼女は他とは違う、この申し出に申し訳無さや遠慮、駆け引きの匂いは全く無い。


 余裕で菓子を食べる程に落ち着き。

 さもこの件はコレで終わりだ、とでも言う様に、微笑みながら庭を眺めている。


 コレは、僕が試されているんだろうか。

 3つ上の僕よりも所作が美しく優雅で、言い回しもほどよい、そんな彼女とどうして破棄が出来るだろうか。


『礼儀作法なら問題は無い、一体何が不安なんだろうか』


「情愛、ですかね」


 確かに子女は時に早熟だと聞く。

 けれど僕が同じ年の頃には理解しきれなかった事を、未だに理解しきれていない事を、彼女は理解している様な素振りで。


 いや、コレは家族の入れ知恵かも知れない、実際に筋書き通りに言っていただけの者も居た。

 僕も、時に筋書き通り話す事だって有るんだ。


 コレは、暫く様子を見るしか無いな。


『情愛は、時に育むモノらしい、暫く情愛が育つかどうかの様子見をしないか』


「殿下のお時間を無駄に奪うワケには参りません、どうか些末な者の事はお気になさらないで下さい、婚約者候補に選ばれただけでも十分に箔が付いたのですから」


 謙遜の中に、確かに喜んでいる素振りは有る。


 僕は、同じ年でココまで言えただろうか。

 いや、無理だ、余計な事は言うなとの指示に従っていただけ。


 しかも先駆けて教えられていない答えについては、無言を貫け、と。

 ココまで婚約者候補を降りたがる者は、居なかった。


『何か失望させたならすまない、もう少しだけ、機会をくれないだろうか』


「ご期待には添えない事を承知して頂けるのなら、そうですね、友人候補と言う事でどうでしょうか。友情ともなれば、お互いに何のリスクも無いかと」

『だとしても、婚約者候補からは外さないよ』


 貴族は上位程、表情に出してはならない。

 けれども彼女は少し困った表情を浮かべると、コチラを見つめ。


「皇妃には何が必要でらっしゃると思われますか?」

『それに答えるワケにはいかないんだが、少なくとも君に足りない様には見えない』


「ふふふ、お優しいのですね。今日はもう寒くなってまいりましたし、殿下と久し振りにお会いしたので、私少し緊張してしまいまして。殿下はどうですか?お疲れでは有りませんか?」

『いや、いや、今日はもう帰るよ。また会おう、ヴィクトリア』


「はい、アレクサンドリア殿下」


 初秋に会った時は、こんなにも柔らかい雰囲気は全く無かった。

 あまりにも彼女は変わった、調べるにしても守るにしても、先ずは知らなければ。


『セバス、詳しく調べてくれ』

「はい、畏まりました」




 いずれ皇帝となる方、アレクサンドリア皇太子殿下の侍従、それが私の仕事。


 殿下は幼い頃は人並みでしたが、婚約者候補選定以降、ヴィクトリア様にお会いして以降は特に成長なさった。

 国の為には如何に賢い女性を娶るか、そう相手を選ぶのも、皇太子の務め。


 そして目を留めたのは、ヴィクトリア様、突然皇妃候補を降りると申し出たにも関わらず興味を示された。


 時期は早まりましたが、やはり彼女を選びますか。

 分かります、以前と同様に賢い者に働かせれば、楽が出来ますからね。


 だからこそ、面白味が無いが安定している、との理由で以前もヴィクトリア様を娶ったのでしょう。


 そうして来訪者に構う暇を作った。

 ヴィクトリア様の配慮故に、優しさと賢さ故に、彼は。


 後から知りましたが、夜伽を一切行ってはいなかった。

 だからこそ体で落とされ、楽を覚え怠惰を貪り、果ては酔って皇妃に手を出した事すら覚えておらず。


 妊娠した皇妃を、大きくなった腹を不貞の証とし、処刑した。


 仕事が出来る上に情と優しさを持っていた皇妃を、無実の罪で処刑した。

 私は許せなかった、だからこそ不貞を働いた者を暴く為にと、腹を。


『セバス』

「はい」


 殿下は、婚約候補選定時から与えられた執務室にて、教師からの課題をこなしていた。

 以前と同じ様に悩み、以前と同じ様に間違える。


 彼に、以前の記憶は無いだろう。


『どう動けば、暴けるんだろうか』

「友人にと仰っていましたので、そう関わるべきかと」


『異性の友人が居ないんだ、こう、どう』


 来訪者ユノを、友人だと仰っていたのはアナタで。


 まさか。

 まさかヴィクトリア様は前世を、以前の記憶を。


 でしたら、恨んでもおかしくは無い筈。

 だと言うのに、優雅に微笑んでらっしゃった。


 けれど、死を回避する為にと、突然候補を降りる申し出をしたなら納得が出来る。


 ヴィクトリア様の事は、私自らが探る必要が有りそうですね。

 このまま同じ道筋を辿ってしまえば、再び殿下は愚か者になってしまうのですから。

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