子どもに2万円請求するサラリーマン

「お前さ、どうしてくれんの?これ」


 サラリーマン風の男は、小学5年生くらいの男の子に詰め寄っていた。


「お前が穢した俺の靴さ、50,000円くらいするんだけど、汚れとかキズとか付いちゃってさ。これから大事な商談あるんだけど……どうすればいい?弁償してくんない?」


 男の子は俯きながら黙ってる。


「せめて2万払って。2万」


 男の子はか細い声で呟く。


「そんな金……持ってないです」


 サラリーマン風の男は、鼻でフッと笑う。


「だったらさ、親に頼んで金もらってこいよ。ほら、早く。早く貰ってこい」


 そこへ上半身裸で下半身黒のスパッツを着た、馬のマスクを被った男が通りかかった。(以下「馬男」と呼称)


「どうかされましたか?」


 馬男はサラリーマン風の男に問いかける。


「いや、コイツがさ、俺の靴を汚しやがってさ……」


「なんと……それはいけませんな」


 馬男は慌てる様子で、後ろのスパッツの真ん中……つまり尻の真ん中にセットインしていた500mlのペットボトルを取り出し、中にある液体をサラリーマン風の男の靴にぶっかけた。


「ちょっと!何するんですか!?」


 サラリーマン風の男は、突然の馬男の行動に驚く。


「何って、私の液体をあなたの靴にかけてあげたんですよ!!」


 サラリーマン風の男は、馬男の返答にさらに驚く。


「勝手なことしないでください!え?え?何コレ……水?水をかけたんですか?」


 馬男は憤慨した。


「何言ってるんですか!水ではありません!!これは……これは私のお昼ご飯のために取っておいた……大事な日本酒ですよ!!!」


 サラリーマン風の男は困惑した。


「ちょっと……ちょっと何を言っているのか分かりません。弁償してください。あなたは、あなたは5万円弁償してください!早く!5万円!!!」


 馬男はさらに憤慨した。


「なんて人だ……私は善意であなたの靴に、私の大事な日本酒をかけてあげたのに……恩を仇で返そうとするのならば、仕方ありません。この日本酒は回収させて頂きます」


 馬男はスパッツのポケット?え?スパッツにポケットあるの?えっと…ポケットから靴下を取り出した。


 そして、サラリーマン風の男の靴を拭き始めた。


「ちょっと、何やってるんですか!やめてください!あ、あぁ……意外と靴下で拭かれるのは悪くありません。ちなみにこの靴下は、さっきまで使っていたモノではありませんよね?もし、そうならば、私はあなたを軽蔑しますよ」


 馬男はキリッとした顔つきで、靴を靴下で拭きながら、サラリーマン風の男を見上げた。


「安心してください。これは私が寝る前に履く靴下なので、とても綺麗な靴下ですよ」


 サラリーマン風の男は安心した。


 しかし、そこでサラリーマン風の男は気づいたのだ。さっきまでいた、自分の靴に赤いインクを塗って、カッターナイフでハートマークの穴を開けた男の子が消えていたことに。


「あのクソガキ!どこに行きやがった!?」


 馬男も異変に気づき、周囲を見渡した。


 そして馬男は気づいた。さっきまでいた男の子はタクシーに向かって「ヘイ、タクシー」と言いながら、タクシーにピースしていることに。そしてタクシーが止まり、男の子を乗せようとして、何処かへ行こうとしているところを。


「許せん!私もタクシーに乗せてくれ!!」


 馬男はその場を後にし、タクシーに向かって走り出した。しかしタクシーは男の子を乗せ、颯爽とその場を過ぎ去って行った。いくら馬のマスクを被っているからといって、所詮は上半身裸で黒のスパッツを履いた、ただの人間。人がタクシーの速度に追いつけることなど、ありはしないのだ。


 しかし馬男は諦めなかった。いや、諦めたくなかった。ここで諦めたら、人類は二度とタクシーの速度に追いつけない気がしたからだ。


 馬男は走った。人類のために。そして、何よりも自分自身のために。


 サラリーマン風の男は、そんな馬男を何も言わずに見送った。


「さて、どうしよう……」


 サラリーマン風の男に残されたのは、赤いペンキで塗られ、カッターナイフでハートマークの穴を付けられ、さらに日本酒を盛大にぶっかけられ、寝る前に履く靴下で拭かれた……跡形もない自分の靴だった。


 あと少しで大事な商談が始まる。このままでは、この靴で商談に向かわなければならない。何なら、今日は仕事の後に、大事な彼女にプロポーズまで計画していたのだ。


 困り果てたサラリーマン風の男の前に、鹿のマスクを被った上半身黒のTシャツを着た男が近寄ってきた。(以下「鹿男」と呼称)


「どうかされましたか?」


「いや……この状態では、私は大事な商談に行けないのです」


 鹿男は憤慨した。


「そんなことより、あなたは私を見て何か気づかないのですか?」


 サラリーマン風の男は、鹿男を見た。特に変わった様子は無いように思えた。


「あなたも鈍い人ですね……私の頭にはツノが2つありますが、下半身にもう一本のツノがあるので、実質……ツノが3本あるんですよ!!」


 鹿男は誇らしげに言った。


 サラリーマン風の男は改めて、鹿男をじっくり見た。


 鹿男の下半身は裸だったのだ。

 

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