第17話 死への忌避感

 3日ほどおじじのところで炭を焼いたり焚き火で料理をしたり森を歩いたり、かつての仕事の先輩の谷地さんと食事に行ったりして休息を取った。

 あんまり根を詰めすぎるのもよろしくないと思ったし、それ以上にゾンビアタックの弊害があると感じる出来事があったからだ。


 それはあのサーベルタイガーもどきのモンスターに一矢報いた日の夜。

 一眠りした後、祝いにうまいものでも食べようと自分で料理をしていたときのことだ。


 肉を斬っていた俺は、疲労で指先が曖昧になっていたのもあって間違えて指先を切ってしまった。

 切っているとはいえ深いキズではなく、縫うほどのこともない。

 その程度の傷だ。

 

 肉の置かれたまな板にじわっと広がる血。

 赤い色を見て俺は思ったのだ。


『死に戻れば治るか』


 ぞっとした。

 《写身》という仮初の肉体を作るスキルを使って何回も死を体験していたせいで、死ぬという行動に対するハードルが著しく下がっている。


 これはちょっとやばいなと思ったわけだ。

 写身に意識を移して格上に突撃しているときなら良いが、それ以外の時に、たとえ写身であったとしても命を軽んじてしまうのは非常に危険だ。


 精神的ストレスの可能性もあると考えて3日ほど全く冒険に関係ないことをして過ごし、リラックスして戻ってきたのだ。


 そして冒険、というか戦闘に一段落ついたところで、冒険についてもやりたいことがいくつか出来た。


「おはようございます、高杉さん」

「おはようございます」


 その相談をするために、俺は今日もギルド支部へとやってきていた。

 早速藤澤さんに指示を出して俺のステータスカードを持ってきてくれようとしている2人を止めて本題に入る。


「今日は冒険の前にちょっと相談したいことがあって」

「相談ですね。それではこちらでお聞きしますね」


 受付の隣の相談用のスペースに案内される。

 そこだけカウンターのこちら側にも椅子が置いてあってなんのスペースか不思議に思ってたけど、ステータスカードやアイテムのやり取りよりも時間がかかる相談用のカウンターなら納得だ。

  

 坂井さんとこれまた暇そうな藤澤さんも隣に来ている。


「あの、また別の話なんですけど、ここのギルドって所属している冒険者何人ぐらいいるんですか?」


 俺がそう尋ねると、藤澤さんがあからさまに顔を強張らせる

 あんまり聞かない方が良いことだっただろうか。

 だが所属の冒険者としては気になるところではある。


「いや、別に機密とかならいいんですけど」

「いえ、大丈夫です。それで、ここのギルドで活動している方の人数、ですね?」

「はい」


 坂井さんは少しばかりためらったあと教えてくれた。


「高杉さんだけです」

「……マジですか」

「マジです。一応登録してらっしゃる方は数名いますが、実際に冒険をされているのは今現在高杉さんだけです。他の方は学生の体験活動であったりもう引退されて街からも出られている方がほとんどとなります」


 そこまでか。


「D市がかなり大きなギルドを持っているので、この街の冒険者の方もそちらのギルドを利用しているということがほとんどです」


 D市は、この街から車で20分ほど、電車で3駅乗ったところにあるそれなりの街だ。

 都市部の街ほどではないが、田舎の都市としてはそれなりの大きさがある。

 

 そしてこのD市は、何代か前の町長が市に所属していたゲートとギルドを使って町おこしをやり、それに成功して人口増加と街の拡大に成功した市でもある。

 そのためギルド自体の設備や、冒険をサポートする病院やギルド内の装備ショップにギルド外のその他アウトドア系のショップ、冒険者向けの安くて大量な食堂に冒険者を癒やすマッサージやマッサージ(意味深)の店など、冒険者をやるなら住みたいと思える街が出来上がっているらしい。


 結果、その隣にあるここのギルドはご覧の有り様というわけだ。

 ゲートもなんでこんな近くに開いてしまったのか。

 そりゃあここのギルドは肩身が狭いだろうな。

 実績は無いのに管理維持費ばかりかかる。


「大変ですね」

「これでも扱いは半分公務員ですから」


 ああ、給料は出るのね。

 俺の前職と同じじゃないか。

 ロクに稼げる案件やってなかったのに市の補助金で飯食ってたのを思い出した。


「本題の質問はそれに関係することですか?」

「あ、はい多分そうです。新しい良い武器を買いたいと思うんですけど、そういうときってどうしたら良いのかと思いまして」


 サーベルタイガーもどきに攻撃が通じなかったのはもはや当たり前みたいなところはあるが、それを除いてもガラックの岩場のモンスターにもちょっと厳しいところがあるのが今の俺の武器だ。

 

「ここのショップには置いてないもの、ということですね?」

「はい。ちょっと性能が良いものを見ておきたいと思いまして」


 ここのショップに置いてあるのは、初心者が初めて持つか二番目に持つかの武器ぐらいしか無いのは何度か見てわかっている。

 だが俺が求める武器はそれより上のものだ。

 今すぐ持つかはわからないが、今後のために見ておきたい。


「武器は基本的に各ギルドのショップでしか購入できませんので、新しい武器を求めるなら他のギルドのショップで購入するしか無いですね。冒険者としての籍をこちらに残すのであれば受付で冒険者証を提示してショップでの売買許可証を出してもらえますし、あるいはステータスカードを移して移籍することも出来ます」

「移籍するつもりは無いんですけど、その場合って買った武器はどうなるんですか? 自分で持ってくるのは無理だと思うんですけど」


 フロンティアで使われる武器というのはk本的に殺傷能力が高いものだからね。

 そもそも冒険者でなければショップへの立ち入りすら許可されない。

 売買などもってのほかだ。


「その際は購入したショップで手続きをして、こちらのギルドまで武器を輸送する形になります」

「じゃあギルドがやってくれるんですね」

「一応提携している企業ではありますが、手続きさえしていただければ後はこちらで運び、預かる形となります」


 それなら他所のギルドで購入しても特に困ることもないのか。

 調べたところ武器種の中にはとんでもなく高価なものもあるらしいし、そういうのを運搬しているのなら信頼も出来るはずだ。


「ありがとうございます。取り敢えず質問はそれだけです」

「また何かあったら気軽に相談してくださいね。この後はどうされますか?」


 ステータスカード持ってこようか、という質問だろう。


「冒険に行ってくるので武器とステータスカードお願いします」

「かしこまりました」


 その後武器と装備を受け取って、俺は冒険へと向かった。

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