第9話 耐性スキル獲得


本話、若干のグロ描写ありです。

主人公が痛い目に合います。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ゲートから転がりでた俺は、ロビーまで行く気が起きず、その場に仰向きに寝転がった。

 もともと閑散としたギルドだ。公共の場ではあるが、これぐらいは許してほしい。


「なんなんだ、ほんと……」


 思考を整理しよう。

 下手にぼうっとしているとま、た思い出してしまう。


「《写身》で分身を作って森を進んで──」


 ちゃんと覚えている。

 分身の弊害が無いかを調べて、それから森の道を進んだ。


「湖に行って──」


 戻る前にせっかくだからフロンティアの水を見ておこうと思ったのだ。


「そんで水の中からモンスターが出てきた」


 鋭いドラゴンのような顔に3対の昆虫のような羽。

 そして蛇のように細く長い胴体。


「そんで青く光って……あれはなんだ?」


 そしてそれと眼があった直後、視界が青い光に覆われ、そしてわずか数秒で光が消えた。

 見えていた青空は無くなり、暗い室内に石の壁と天井ばかりがある場所に、いつの間にか周りが変わっていた。


『全く、最近おとなしいと思ったらまた勝手に出かけて』


 そんな声が聞こえたのは、巨大なモンスターに詰めた息がもたなくなる頃だった。


「あの声、なんかおかしかったな……」


 声。

 

 確かにその声が言っている意味を、間違いなく俺は聞き取れた。

 だが、耳で覚えている音がそれとは釣り合わない。


 なんと言えば良いのだろうか。

 声が二重に聞こえる?


『おや、虫をくっつけてきたのかい?』


 そう言う声。

 声の高さからして、中性よりの男性か女性か。

 その響きはどこまでも優しげで。


『ちゃんと片付けておくんだよ』


 だからこそ、まさか俺に向かって言っているとは思わなかった。


「あの──」


 確か、そう声をかけようとしたはずだ。


 次の瞬間に、身体の真横を高速で何かが通り過ぎて中断されてしまったが。


 視線を眼の前のモンスターに向けると、モンスターの口元に細い棒みたいなものが咥えられていた。

 赤く液体をしたたらせるそれが何かと、一瞬疑問に思ったところで、焼けるような熱が腕から。


 見れば、俺の片腕がなくなって、赤い液体がそこからだくだくと吹き出していた。

 焼けるような熱は、痛みの信号だとようやく気づいて。


 そして次の瞬間には両足がなくなって立っていられなかった。


「あんなえぐい食い方せんでも良くない?」


 そう突っ込むしか言葉が見つからない。

 手足をもいだ後は脇腹。そして最後に、焼かれた?

 多分モンスターに声をかけていた人物の声とともに青い炎のようなものが吹き出して、それに飲み込まれて意識が途絶えた。


 そして直後に、ゲートにもたれかかって座っていた本体の俺に意識が戻った。


 俺は。

 正確には俺の写身は、あそこでモンスターの攻撃を受けて死んだのだ。

 そしてその感覚をめちゃくちゃリアルに意識に反映した結果、ダメージが無いはずの肉体に戻っても痛みを感じているような感覚に陥った。


「はー……やべえな」


 恐怖が、ではない。


 いや、痛みに対する忌避感や本能的な恐怖はあると思う。

 実際本体に意識が戻った直後はそれで悶えたし、身体もうまく動かせなかったわけだし。


 だが今俺の理性は、心は。


 『あんなモンスターいるのか、すげえ』と。『あんなモンスターを倒せるようになりたい』と言っている。

 死の恐怖よりも、冒険に憧れる心と、強さを目指す思いが前に出てしまっている。


「やっぱり狂ってるわあ」


 俺の思っていた通り、やはり俺は少しばかり狂っている。




******





 しばらくそこで寝転がっていた俺は、今日の冒険は切り上げることにしてロビーに向かった。


「あ、おかえりなさい。って顔どうしたんですか!?」

「え?」

「顔色酷いことになってますよ!? すごい、青、白、血の気が引いてますけど!?」


 どうやら今の俺は随分と酷い顔をしているらしい。

 自分が死ぬ感覚を味わったのだ、そうもなろう。


「あー、大丈夫です。ちょっと疲れただけ。それよりこれお願いします」

「え、ええ? ほんとに大丈夫ですか?」

「大丈夫です」


 いやほんとに。多分もう精神的に落ち着いているし。

 もしかしたら夜夢に見たりフラッシュバックしたりはあるかもしれないけど。


「はい、武器を預かります。ドロップアイテムは……?」

「今日は色々身体動かしただけなのでドロップアイテムは無いです」

「あ、そうなんですね。わかりました。それでは武器とステータスカードを預かりま゛っ゛!?」


 おい、なんか可愛くない声出てたぞ? 見た目は若くて可愛らしい女性なのに。


「高杉さん、あのこれ……」

「はい?」


 藤澤さんがわなわな震えながら俺に示してきたのは俺のステータスカード。

 今日は戦ってないから変なことはないはずだ。


──────────────────

名前:高杉謙信

レベル:3

職業:剣士

スキル

 《剣術Lv.1》

 《斧術Lv.1》

 《学習効率Lv.3》

 《斬撃耐性Lv.2》

 《火炎耐性Lv,2》

 《魔法耐性Lv.2》 

 《死亡耐性Lv.1》

 《写身》

──────────────────



 変なことあるわ。


 なんだこの耐性系スキルの数!?


「え、なにこれ」

「え、高杉さんも知らないんですか!?」

「知らない知らないてか《死亡耐性》とか物騒すぎるでしょ」


 しかも生えた耐性系スキルのレベル高いな? 高レベルのスキルがいきなり生えることは基本的に無いとネットの信頼できそうなサイトでは言っていたが。


「高杉さん、実は大火傷してたりしますか? それか幽霊?」

「なんで????」

「え? だって《火炎耐性》スキルがあるから……?」


 互いに首を傾げてしまう。

 至って健康でピンピンしてますが?


「ちょ、ちょっと待って。まず耐性系スキルの取得条件教えて貰って良い? ですか?」


 思わず敬語が吹っ飛んでしまった。こりゃ失敬。


「え、っと、基本的にはその種類の攻撃をたくさん受けるとか、です。毒耐性なら何回も毒を受けたら発生するらしいですけど……ちょっと調べます」


 たくさん攻撃受けたら発生する、か。

 いやでもそんな攻撃──


「あ」

「何か思い当たりましたか?」


 思い当たる節はある。でもその前にこれを確認しておかないと。


「それって、一回で発生することってあります?」

「耐性スキルがですか? 一回は聞いたことないですけど、一応攻撃が強いほどスキルを取得しやすくなるっていうのは研究でわかってます」

「弱い毒なら10回必要でも強い毒なら2回で出ることもある、ってこと?」

「はい。普通そんな簡単には出ないらしいですけど……。後は通説レベルですけど、レベルが低いところに威力が強い攻撃を受けるほど耐性スキルが取得しやすくなるみたいです。タンク系の人とかがそうらしいので……」


 それだわ。

 

 UP

 レベルが低いところに強力な攻撃を受けたことで、一発で耐性スキルが生えた。

 

 そう考えると辻褄が合ってくる。


「てことは経験値共有か……?」

「え? 何か言いましたか?」

「ああ、いや。こっちの話です」


 今回取得したスキルを確認してみよう。


 《斬撃耐性》。鋭いものによる攻撃、が多分そうだよな。刺突耐性と斬撃耐性が別みたいなめんどくさいことになってない限りは。

 となると、あれは斬撃の一種だろう。

 俺の手足に脇腹は、あの蛇龍モンスターの牙によって切り裂かれた。


 《火炎耐性》。

 最後に意識が途絶えた瞬間の青いの、あれドラゴンのブレスか。

 いや、他の耐性スキルと合わせて考えると、魔法かもしれない。


 《魔法耐性》。

 青い光で気がついたら全く違う場所の室内にいた。

 あるいは、最後に見えた炎。おそらく俺の写身を焼き尽くすか、あるいは消滅させた攻撃か。


 《死亡耐性》。

 そりゃ出ますねえ! だって写身に意識が最後までバッチリ残ったまんま死にましたからねえ!!


 ていうか今あらためて思い出したけど、あれだけのことがあったらまず《苦痛耐性》が生えてもおかしくないだろ! 

 なんでそこだけ出てこないの?


「心当たりありました」

「そうなんですか!? こんなにたくさんの耐性スキルの!?」


 藤澤さんは信じられないとばかりに身を乗り出してくる。

 が、この件をつつかれると俺にとって少し都合が悪いかもしれない。


 少なくとも、俺のスキルなどに関してちゃんと調べてからでないと。


「ダンジョン内で何があったかって、自分だけの秘密にしてても良いんですよね?」

「え? 一応、そうですけど。よほどのことがあれば情報提供を求められることはありますが、普通はプライバシーなので」

「じゃあ、ちょっとコレは一旦黙秘でお願いします」


 ちょっと帰って調べよう。

 後シンプルに精神的に疲れたので間を置きたい。


「わ、わかりました。それじゃあこれ、預かっておきますね。冒険者証今から持ってきます」

「はい。ありがとうございます」


 取り敢えず秘密にしておいてもらって、今日のところは家に帰ることにする。


 あ、シャワー……嫌な汗かいてるけど、家に帰ってからでいいか。





******





「なんだったんだろ……」


 本当に数少ないギルドの利用者の方を見送った私は、手元のステータスカードに視線を落とす。


 表示されている色んな種類の耐性系スキル。

 ベテランの人でも耐性系スキルを持っている人はそんなにいないらしい。

 

 そもそも、耐性系スキルが取得できるほどダメージを受けたり負傷した人は、冒険者を継続できないことがほとんどだ。

 身体的な怪我で続けられないこともあれば、苦痛による精神的なダメージもそう。


 噂では、何十万円もするポーションを使えるトップクラスの冒険者の人が、耐性系スキルのために自傷したりとか、毒を使うモンスターに対抗するために自発的に毒を飲んで毒耐性スキルを取得しているって聞いたこともあるけど、それだって簡単に出来ることじゃないはず。


 もし簡単に出来ることなら、犠牲になる冒険者の人を減らすためにもっと普及してないとおかしい。


「でも、じゃあなんで……?」


 そんな耐性系スキルがステータスカードにたくさん表示されていたのは、つい最近うちのギルドに来るようになった新人冒険者さんだ。

 会社が無くなるから無職になったらしい、20代なかばぐらいの男の人だ。


 結構鍛えられた身体つきをしている。

 背も180センチぐらいあるし、顔だってすごく、ってわけではないけどかっこいい部類に入ると思う。


 じゃなくて。


 そんなまだ冒険を初めて数日の人が、耐性系スキルを取得するほどの経験をしたの?

 でもそんな怪我をしているようにはとても見えなかった。

 

 希少な回復系のスキルを持っている人は自分で怪我も治療出来るらしいけど、そんなスキルは持っていないはずだし。


「藤澤さん」

「は、はい!?」


 ああっ! 急に声かけられたから変な声出ちゃった!

 振り返ると、神経質そうな顔に眼鏡をかけた、細身のスーツの男性。 


「し、支部長さん」

「はい、支部長です」


 普段は3階の執務室で仕事……仕事? をしているこのギルド支部の支部長。

 坂井さんはギルマスって呼んでるけど、そんなかっこよくは見えない。


 じゃなくて。


「あの、どうしてこちらに?」

「いえ、今日は新しい冒険者の人が来てくれたと記録にあったので、一目見ようかと」


 なんと。普段執務室からそうそう出てこないし、仕事以外のことをやりたがらない人が出てくるなんてびっくりした。


「私の勘は結構あてになりますから」

「は、はあ。でももう帰っちゃいましたけど」

 

 勘? 何を言っているんだろうこの人は。


「なんと。そうでしたか。では何を……? ん? それはステータスカードですか?」


 何やら顎に手を当てて独り言を言っていた支部長が、私の手元のカードに目を向ける。


「あ、これは、その──」

「失礼」


 遊んでいたわけじゃないんです!

 冒険者さんのことで気になることがあっただけで──


 そう云う前に、支部長はすっとステータスカードを取ってしまった。

 ぬるっとしてるのに、速い?


「……ふむ。なるほど」


 何やら頷いた支部長は、ステータスカードを私の前に戻すと、眼鏡を外して胸ポケットから出した布で拭き始めた。


「藤澤さん」

「は、はい!」


 支部長いつも急に行動するからびっくりしちゃうんだよね!


「その人物の動向については、逐一報告をお願いします」

「え……え? でも冒険者の管理って支部長さんたちがしてるんじゃあ……」

「ええ。ですが、受付窓口での言動までは管轄外です」

「え!? 動向ってそこまでですか!?」

 

 てっきりどんなアイテムをどこで取ってきたか、何時間かかったかとかかと思ったら会話とか世間話までってこと!?


「はい。彼の言葉の一言一句。もし難しければ録音して提出してください」

「は、はい。録音の方が楽そうなのでそうします」


 私がそう答えると、支部長は眼鏡をかけなおして、『結構』と一言だけ言って去っていった。


「なんだったんだろ」


 結局何が言いたかったのかわからなかった。

 ああでも。

 

 あの蛙か何かを見ているような冷めた目と表情、やっぱり苦手だなあ。

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