第8話 写す身
また一日空いてギルドにやってきた。
体作りのために訓練もしたいし、剣の戦いもおじじを見て学びたいし、フロンティアにも行きたい。
ついでに言えば明日は、冒険に使えるかもしれないので大学時代の部活を久しぶりにやってみることにしている。
「って感じですかね」
「す、凄いトレーニングしてるんですね」
そして今日はいつもの坂井さんがおやすみで、藤澤さんが対応をしてくれている。
聞いた所、ここのギルドはまじでこの2人だけが受付嬢やショップ店員として回しているらしい。
他には支部長が1人とその秘書兼事務員が1人、通常の事務員が1人。
たった5人で回しているが、それでも暇になるぐらいには、やることがないらしい。
悲しきは近くの大きめの街にもギルドがある田舎町かな。
そして今は、間が空くのに平日の朝に来ることを藤澤さんが不思議そうにしていたので、無職になったことと知人のところでトレーニングをしていることを話したところだ。
まあギルドの受付嬢としてそこまで踏み込んで良いものなのか、とは思うが、田舎だからこその距離の近さ的なあれそれで良いのではないだろうか。
「大学の時も近いっちゃ近いことしてましたからね」
「ええ……?」
ちなみにおじじの訓練は、軍隊とか自衛隊で使うような防弾チョッキみたいなやつの前面に15キロぐらいの重りを詰め込み、その背中に40キロぐらいの重りが入ったリュックを背負って山を行軍する訓練だ。
訓練始めたばっかりの頃はまだ半分ぐらいの重さだったんだが、俺が思いの外動けたので増やしたとかなんとか。
ついでに言えば、おじじは俺が必死で山をのぼっている間木刀でちょっかいをかけてくる。
俺は重たい装備をつけたままそれを躱しつつ、ひたすら山を登ったり降りたりしているわけだ。
控えめに言って頭の悪いというか、頭のおかしい訓練である。
が、俺はそういうのに憧れを抱くタイプのちょっと変わったオタクだし、冒険者やっていたおじじが必要と言っているのだから必要なのだろうと考えて続けている。
実際、冒険者として身体能力が上がっていること以上に身体が仕上がってきているのを実感している。
筋肉とかもともとあったのが引き締まって凄い密度みたいな感じになってるし。
「高杉さんって、本気で冒険者してるんですか?」
「冒険者してる、とは?」
哲学かな?
首を傾げると、藤澤さんは慌てて訂正してきた。
「す、すいません! あの、そうじゃなくて、冒険者をしてる方は皆さん本気なのはわかってるんですけど、本気で……なんて言えば良いんでしょう?」
「いや俺に聞かれても……どういう意味の本気を聞きたいんです? 真面目に冒険者やろう、とか、名前を売ってやろうとか、強くなってやろうとかあるじゃないですか」
俺が本気って聞いて想像するなら、その方向性だ。
本気で生活のためにやる、つまり真面目に冒険者をやる、か。
本気で冒険者としての自己を高める、つまり強くなる、か。
冒険者で得られるものを本気で目指す、つまり、金をたくさん稼いで、テレビに出るぐらいに名前を売る、か。
「それです! 何を目指して冒険者をしてるんですか? っていうのを聞きたくて……」
「ちなみになんで聞きたいんです? 気になっただけならそれで良いんですけど」
「その、冒険者で最低限生活費稼ぐとかならここでも普通に出来ると思うんですけど、もし上を目指すとかだったら他のギルドに行ったほうが良いんじゃないかなと思って……すいません、ギルド職員なのにこんなこと言って」
「いや、まあ言いたいことはわかる」
普通に、ここよりはショップも充実してて職員も多くて、ついでに他に冒険者もたくさんいてパーティーの募集もあったりするような場所の方が冒険者として成長するのに向いているのではないか、と。
「しばらくはここでやりますよ。ここの方が落ち着いてトレーニング出来ますし。あんま人多いの得意じゃないんで」
「そ、そうなんですか」
「はい。じゃあそういうことで、行ってきます」
「あ、いってらっしゃい」
根本的に俺は大勢の人間が得意ではない。
別にトラウマがあるとか恐慌に陥るとかではなくなんか気疲れする程度だが、ずっと接していたくはない。だからこそいい大学出てまで田舎に住んで働いていたわけだし。
藤澤さんに見送ってもらい、今日もまたゲートをくぐって《始まりの森》に降り立つ。
今日はここで、俺の持っているスキルの1つ、《写身》がどんなものなのかを実験してみたいと思う。
「《写身》スキル、だよな」
────────────────
《写身》
魔力を消費して、ゲートを初めてくぐった際の自分と同等の能力を持つ分身を作成できる。
分身を操作する際には意識を移す必要がある。
────────────────
ステータスカードを改めて確認する。
見る限りでは、自立しないタイプの分身を自分の意思で動かせるといったところだろうか。
ゲート周辺は基本的にモンスターが近寄らないので安全だし、早速写身を出してみることにする。
「写身……自分の分身が出来るイメージ、もう一人自分が隣に出現するイメージ、ぼんやりしていたのが形を持つイメージ」
オタクが講じた読書で培った想像力で、自分の隣に写身、分身が出現するのを想像する。
するとわずか数秒で、その効果を実感出来た。
俺の隣にもう1人俺がいる。
正確には、目を閉じて突っ立ったまま動かない俺の身体がある。
「おお……装備はそのままか? これも後で要検討、アイテムも増幅させたり出来るかどうか」
俺は目を開けてじろじろと観察しているが、写身の俺が動き始める様子はない。
触ってみると、肌は俺とまったく同じ柔らかさをしている。
本当に、動かない以外は全く俺と同じだ。
「これに意識を移す。また想像か?」
念のために座って想像してみると出来た。
意識が写身の方に移り、突っ立った状態から座った本体を視認できた。
「うわ……これ凄いけど気づかんかったのまずいな」
写身に入ってまず第一に思ったのは、身体と寸分違わないとか普通に動けるとかではなく、『この身体偽物なんだな』という感覚と、『あそこにあるのが本物なんだな』という感覚だった。
「すごい違和感だな。けどこれなら本体どっちだ!? とか絶対ならんか」
いや、むしろ意識を移す前に気づいておくべきだったのか。
自分が分身であることを理解できない分身というのは非常に危険なのだ。
その点この《写身》スキルは、どういう形でかはわからないが、本体と写身の認識を感覚や本能にたたきつけてくれる。
「ちゃんと普通に動く……ゲートを初めてくぐったときの自分と同等の能力、って書いてるけど、身体的能力とかスキルの話で装備は今のを再現してる感じか? ステータスカードは、本体の数値のままだな」
軽く身体を動かしたり、荷物やステータスカードの観察をすませるが、筋肉が今の本体より少し少なく身体が重い点以外は全て一緒だ。
「うーん、わからんな。使い道。やっぱり肉弾偵察か?」
戦闘能力が多少なりとはいえ育った俺の本体に劣るのは感じている。
となると戦闘向けのスキルではないだろう。使えても弱い能力でちまちま削るぐらいしかない。
そうなるとやはり、危険な場所の肉弾偵察とかだろうか。
「その前に普通に戻れるかどうか、とこっちの身体が怪我したとき本体がどうなるか見とくか」
まずは一度意識を本体に。この段階でも写身は消えずにそこにあった。
スキルを解くイメージをすると写身がモンスター同様光の粒になって消え、再びスキルを使うイメージをすると現れた。
そして今度は写身に入り、剣で指先を軽く切って血を流させる。
「……本体に傷なし。後は戻って怪我が反映されるか……反映されないな」
写身が怪我をしても、怪我したまま本体に戻っても傷は反映されなかった。
となると、いよいよ写身は安全なラジコンというのが正確な評価に思える。
「……よし。それじゃあ取り敢えず、これで道の終点を確かめてきてみるか」
偵察に使ってみようと決めて、写身に乗り移ってリュックを降ろし、ゲート正面から続く道沿いに走っていく。
走っている感じも、偽物感以外は至って普通の肉体で、むしろ違和感がそれしかないのが気持ち悪いぐらいだ。
「ほんとにまんま俺の身体のコピーか。鍛えてたら違和感出てきそうだな」
まあその時に考えよう。
周囲を観察しながらしばらく走り続ける。
道中モンスターと遭遇しつつ、道沿いの最低限の敵とだけ戦ってその他は放置して道沿いに進み続ける。
ゴブリンやスライムは足が遅いのでそもそも走れば普通に振り切れるし、ウルフは追いついてくるが遭遇率が低い。
結果、ほとんど移動の邪魔をされることなくランニング程度のペースで走り続けることが出来た。
「様子変わんねえ……」
森がどこまで広がっているのか。
地図を見る限りではところどころ小さな湖があるぐらいで、一般的に販売される範囲の地図は全部森を示している。
ちなみに今持ってるゲート周辺の地図の外側の部分の地図は少々値が張るらしい。
が、少なくとも2時間走り通した程度で到達出来るほど地図の描写エリアも狭くはない。
「そろぼち引き返すか……」
ちょうど腕時計で2時間が経過したところで足を止める。
ゲート周辺ならともかく、わざわざこのすぐに次に進むことになる『始まりの森』でこんなところまで来る人はいない。
道も、30分ぐらい走ったところから人通りが殆どないのか消えかかったものになっている。
「湖か……行ってみるか」
地図を開いて、道沿いの杭と現在地を確認すると、少し行った先に道の脇に湖がある。
折角なのでその湖を見て、それから帰ろう。
そう考えたのが、油断だったのだろう。
「……は?」
湖自体はいたって普通のもので、縁から手をつけてみるとただの水。
だが、俺がしゃがみこんだ直後、その湖の水が中央部から勢いよく盛り上がった。
慌てて湖から離れようとしたが、身体が痺れるようで動かない。
加えて、何故か一気に頭痛がし始めた。
「ぅぐ……」
そうしているうちにも、盛り上がった湖の水がザバーっとこぼれ落ちて、水中から現れた巨大なものがその姿を顕にする。
湖から溢れて水が身体を濡らすが、身体は痺れて動かないままだ。
「モン、スター?」
頭痛に頭に手を当てつつ視線をあげると、それは全長20メートルはある巨大な……蛇?
背中ら3対の翼が生えているように見えるし、顔つきは蛇というよりドラゴンとかの方が近そうだが、その身体は細長い。
モンスターの眼が4つある顔がこっちを向いて──
視界が青い光に包まれた。
******
「~~~~~~!!!」
熱い。
身体は動く。
だが手足が動かない。
いや、動いているのか?
もがれた感覚が脳みそに焼き付いている。
10分? 20分?
「~~~~ああああっ!!」
上がらぬ悲鳴を上げながら転がり続けてようやく、喉から声が出た。
「うっ……ぐぅううう」
脳内の感覚が落ち着いてきた。
同時に、痛みを引き起こした記憶を思い出す。
「なん、だ、あれ」
まだ痛み。
いや、痛みはない。
もう無い。
けれど感じた痛みへの恐怖はある。
だが、いつまでもここで悶えていることは出来ない。
つい先程も、悶える俺を奇妙な物を見る目で2人ほど冒険者が見ながら通り過ぎていった。
俺は、まだ痺れているように感じる足を引きずって、ゲートをくぐってギルドへと戻った。
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