第30話
しばし学園の日常を過ごしていた俺だったが、またしても校長殿から呼び出しがあった。
以前にモリアール校長が話していた『精査』についての話だろう。
なにせ、同じく呼び出しを受けたと思われるアリスが前を歩いていたから。
それにしたって、たった2ヶ月以内の間に、三度目の呼び出し。
いくら何でもイベントを詰めすぎだ。
緊張した様子で俺の制服の袖を軽くつまんで、隣を歩くアリス。
不安なんだろう。あのナントカ男爵の言葉が向けられたのは、他ならぬ彼女なのだから。
様々な講義室を備えた『学園塔』の中央大階段を並んで上る。
教員なら
さすがに十階以上も登らされるのは辟易するが、アリスにとっては心を落ち着かせるいい距離かもしれない。
それでも、そう長い時間とはならなかったけど。
「ついたね」
「俺がノックするよ」
重厚な校長室の扉前。
こわばった表情のアリスの頬に軽く触れて、小さくうなずいてから扉を軽くノックする。
「タキ・ネヤガワです」
「開いとるよ。入りたまえ」
声に従って校長室へと足を踏み入れると、そこには先客が二人いた。
「それで、校長先生……俺達に話があると伺ったのですが」
「そう急くこともない。二人とも、よう来た。さぁ、まずは冷えた茶を飲むとよい」
俺達をソファに促したモリアール校長が、手ずから茶を注いでくれる。
そんな校長よりも、気になることがある。
俺達の正面に座る人物のことだ。
一人はよく見知った顔──俺の親父殿。
そして、もう一人は褐色の肌に銀の髪が映えるグラマラスな美女。
広いソファでにあって二人は、お互いの体が触れあうほどに近く座っており、かつどこかいちゃついた雰囲気すらある。
言うなれば、『異世界キャバクラ』みたいな雰囲気というかなんというか。
……息子が来てるんだぞ、鼻の下を伸ばすのはやめたまえ。
「呼び出してすまなんだな」
「いいえ。それで、どうして親父がここに?」
「諸事情あってのことじゃ」
モリアール校長の言葉に、親父が小さく噴き出す。
「モリアール先生、生徒を含みのある言葉ではぐらかすのは変わらないな」
「そう言うでない。わしとてこの場をセッティングするのは骨が折れたわい……」
笑う父と、ため息を吐く校長。
やはり二人は知り合いであったらしい。
「それで、そちらの方は?」
俺は美女に視線を移す。
人族ではなさそうだ。耳は少し尖っていて、瞳孔の形も違う。
美しい銀髪などはエルフ族に似るが、エルフ族というにはやや野性味がつよい。
「お前の母さんだ」
「──は?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
しかし、校長室に呼び出されたと思ったら、理由もわからず生き別れになったとだけ聞いている母親と対面した俺はどんな反応をしたらよかったのだろう。
「大きくなったわね! 母さん、嬉しい」
「ストップ。タイムだ、タイム。俺に思考の時間を与えてくれ」
「ラオニア・ヘンデ・キャロライン元伯爵。今は、ラオニア・ネヤガワ。正真正銘、あなたのママよ」
怯んで膝をついた冷静を脳内で励まして、俺は思考を巡らせる。
元伯爵。
人族ではない、元伯爵……もしかして、魔族?
「あなたが、人間側についた元魔王の側近?」
「レンタロウぅ……タキが他人行儀だよぉ……」
「こら、タキ。ダメだぞ!」
しょんぼりするラオニア元伯爵の肩を抱いて、キリリと俺を叱る父。
もちろん、イラっとする。
「そんなものでよろしいじゃろう? レンタロウ、ラオニア殿」
「ま、家族団欒は後に取っておくさ。それで……そちらが?」
「うむ。こちらがアリス・ミルフレッド嬢じゃ」
「ア、アリス・ミルフレッドです! タキ君とは仲良くさせていただいてます」
緊張の為か黙りこくっていたアリスだったが、勢いよく立ち上がって頭を下げる。
俺の手を握ったまま。
「ミス・ミルフレッド、こちらはレンタロウ・ネヤガワ。かつて魔王討伐に際して召喚された勇者の一人じゃ」
「え、親父って勇者だったの?」
「実は父さん、勇者だったんだ」
「しがない平社員だったのに?」
「それをいうな。現代日本は色々世知辛いんだ」
まぁ、それは身をもって知るところだったけど、息子的にはこういう時どんな反応をしたらいいのかわからない。
なにせ、勇者というのがあまりにも中二病っぽい響きがすぎる。
「……話を続けるぞい。レンタロウの隣に座っておるのが、ラオニア殿。元魔王ルイスの側近だったお人じゃ」
「よろしくね」
にこりと笑うラオニア元伯爵。
この柔らかな笑顔には、なんだか見覚えがあるような気がする。
「それで、今回二人を呼んだのは……訓練用
「わたしが、魔王の生まれ変わりだって、あの話ですか?」
「左様。ラオニア殿は、魔王ルイスの血縁でな、気配がわかるんじゃよ」
モリアール校長の言葉に、ラオニア元伯爵が困ったような笑みを浮かべる。
「母さんは超強いんだぞ。父さんは何度も煮え湯を飲まされたよ」
「あら、あなたこそ会うたびに強くなって困らされたわ。あの頃のあなたったら、すっごく荒々しくって、向こう見ずで……」
息子の前でいちゃつくのはやめてもらおうか。
とはいえ、しばし見ていると自然と彼女が母と思えてくるのが不思議だ。
仕草や声、笑顔にどことなく見覚えがある気がしてしまう。
「それで……結局どうなんだ?」
「そう、そうね。それを確認するためにここに来たんだったわね。
優しげに笑ってから、ラオニア元伯爵──母がじっとアリスを見る。
アリスは緊張した様子で背筋を伸ばして、俺の手をぎゅっと握ってきたので俺も軽く握り返して応えた。
しばしして、母はゆっくりと頷く。
「結論から言うと──あなたはルイス陛下の生まれ変わりで間違いないわ」
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