第29話 こんなえっちなこと……!
──調理実習から一週間後。
俺達は比較的平穏な学園生活を送っていた。
『冒険者科』であるが故に日々スリリングではあるのだが、日常と言えば日常だ。
ゲルシュ先輩は、無期停学になった。
謹慎中に俺を襲うなどという愚行を侵したために、『反省・更生の余地なし』と判断されたのだと思う。
何だってあの人が、俺にこだわったのかというと……どうも、ゲルシュ先輩という人は女癖がひどく悪い男だったようだ。
いや、語弊があるな。
女好きの非モテだった、というのが正しい表現か。
中央議会議員の三男坊である彼は、モテるという理由で『冒険者科』を志し(あの素行と成績では『法政科』に入れなかったという見方もあるが)、不良プレイ&家柄ベースの上から目線マウントを周囲に取っていた。
実際、何度かはうまくいっていたのであろう。
味を占めたゲルシュ先輩は増長し、一年前の彼はそれはそれはひどかった……というのはメアリー先輩の言。
多額の仕送りをあてにした金払いの良さもあって取り巻きも多くなったが、在籍半年を超えるころにはその素行の悪さに眉を顰める者もかなり増えていた。
それに苛ついたゲルシュ先輩は、取り巻き以外から徐々に避けられるようになっていく。
そして彼の転落を決定づけたのが、何を隠そうメアリー先輩だったらしい。
なんてことはない、彼はフラれたのだ。メアリー先輩に。
何度も言い寄るゲルシュ先輩を、事実と正論で拒否するメアリー先輩の姿は学園のいたるところで目撃され、噂になった。
最終的に取り巻きと金を握らせた下っ端に悪評を流させて、彼女を孤立させるに至り(気分の悪くなる手段だ)、それでもなびかぬメアリー先輩に焦りを募らせたゲルシュ先輩は、次なるターゲットを初年次生に定める。
それが、アリスだ。
そこだけはわかる。
アリスは可愛いから。仕方ない。
ゲルシュ先輩でなくても、機会があればお近づきになりたいと思ってしまうだろう。
今現在だって、俺は時折やっかみの視線を投げかけられることがあるくらいだ。
これには気を付けよう。
ここはファンタジー世界──マジで爆発する可能性がある。
実際に、魔術師の中には爆裂魔法なるものを得意とする者もいるのだとか。
魔力消費が多すぎて実用的ではないらしいが。
……それはともかく。
先輩風を吹かせつつアリスに近づき、関係を築こうとしたゲルシュ先輩の目論見はやはりうまくいかなかった。
何故なら、俺が現れたから。
彼にしてみれば『トンビに油揚げをさらわれた』心情だったのかもしれない。
しかも、メアリー先輩にまで言い寄られる俺を見た彼は怒り心頭。
何とか俺を排除しようと躍起になったが、そもそも頭もよくなければ詰めも甘い上に、自分の実力すら自覚していなかった彼は、自ら勝手にイエローカードを収集し自滅した。
……というのが顛末である。
「なんやわいの知らんところでいろいろあったんやなぁ」
「まぁ、それはいいさ。それより、彼女とはうまくいってるのか?」
「おう。体の相性もようてな──」
おっと、これは俺が「あかんで!」としなくてはならない場面だろうか?
関西を離れてずいぶん経つが……俺にできるのか?
キレのいい「あかんで!」を放つことが。
「──……って感じなんや。今度、タキもアリスかメアリー先輩にやってもろたらどうや?」
「マジか……? そんな、
「試してみ、飛ぶで」
結局、バルクの話を最後まで聞いてしまった。
こんなえっちなこと……公衆が行きかう場所で聞いてしまってよかったのだろうか?
「ええんやで」
「ええんか?」
「ええんや。たぶん、うまい事バレん感じになってる気がする」
バルクがそう言うなら大丈夫だろう。
こいつの勘の鋭さは、ときどき異次元だからな。
「……ん? なあ、バルク。なんでメアリー先輩なんだ?」
「ん? まだ抱いてないんか? まあ、でも時間の問題やろ」
メアリー先輩に好かれているのはありがたいことだが、時間の問題ということもないだろう。
俺にはアリスがいるし。
「他言無用でお願いする。ただでさえ、みんなの目が厳しいんだからさ……」
「ドワーフ的には大声で喧伝してええ事やねんけどなぁ。美女をものにするんは英雄の資質やで。わいに言わせたら、大将は英雄の素質の塊みたいなもんやし、恥ずかしがることあらへんで?」
「俺はほぼ一般人だし、英雄じゃないからな。彼女がいるってだけでも十分妬まれるんだよ」
こちらの世界の人間族がどういう恋愛観なのかイマイチ掴めてはいないが、ドワーフほどに奔放でないことくらいわかる。
メアリー先輩が目を見張るような美少女であることは俺も認めるところだが、アリスがいるのにもう一人とはならない。
少なくとも俺は日本の一般的な男子高校生のままだし。
「お、言うてたら来はったで」
朝食というには大量の皿を積み上げたバルクが、俺の背後を指さす。
ちらりと振り返ると、アリスとメアリー先輩がご機嫌な様子でこちらに歩いてきていた。
「おはようさん」
「おはよう、バルク」
「おはよ」
二人は自然な様子で、俺の両隣に腰を下ろす。
そこが初めから定位置だったかのように。
「何の話してたの?」
「……次の『実践訓練』について?」
「これは、ウソをついてる、匂い」
バレるのが早過ぎる。
「男二人で朝から猥談してたんじゃないでしょうね?」
「タキは、えっち、だから」
「認識に齟齬がある気がする……!」
そりゃ一般男子高校生として、それなりに健全な肉体と精神を持ち合わせちゃいるし、アリスと迎える朝はいつだって最高だが!
「大将、顔に出とるで。朝からお盛んなことやな」
「タキったら、まだ足りないわけ?」
「やっぱり、えっち……」
三人の言葉に項垂れつつ、俺は「そのうち爆発するかもしれない」と余計な不安を募らせるのであった。
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