第31話 覚悟はもう決まっている
「……ッ」
息をのむ俺達だったが、そんな俺達を見て母が小さく笑う。
「でも、心配しないで。生まれ変わりではあるかもしれないけど、ルイス陛下の気配はしない」
「つまり?」
「魂は一緒でも、魔王ではないってことよ。ああ、よかった……陛下は、願いを叶えられたのね」
ほっとしたように、小さく涙ぐむ母。
その背中を父が優しく撫で揺すってうなずく。
俺は、さっぱり話が見えなくて困ってしまったが。
「あの、どういうことですか?」
「こんなことをあなたの前で言うのは少し憚られるけど、ルイス陛下は疲れてた。続く戦いに、死にゆく同胞に、疲弊していく大地に」
母の言葉に疑問が湧き上がる。
それは人類サイドとて同じであったはずだ。
なぜ、分かり合えなかったのか。
そうした考えが、思わず口をついて出た。
「じゃあ、なぜ死ぬまでやり合ったんだ?」
「タキ。お前は少し考えてから口に出せ。母さんにとっては、大事な人だったんだぞ」
「……ッ」
父が目つき鋭く俺に怒気を飛ばす。
わかっちゃいるが、口を出てしまったものは仕方あるまい。
「レンタロウ、怒ることはないわ。タキの言う通りなのよ。やめられなかったのよ、私達は。どちらかが大きな傷を受けて滅びるまで戦うようにしかできなかったの。そして、陛下はそれを受け入れた」
小さく息を吐きだしてから、母がアリスを見る。
「陛下の願いだったのよ。『魔王の座なんて受け継がず、ただ一人の娘として生きたかった』って何度も言ってたわ。──だから、きっと願いは叶ったのね」
「わたしは……」
混乱するアリスに小さく首を振る。
「あなたはあなたよ、アリスさん。ルイス陛下はもういない。それが、彼女の望みだったんだもの。あなたはあなた自身として、自由に生きるべきだわ」
「……はい」
「それに、タキの恋人なんでしょう!? 嬉しいわ! でも、気を付けてね。きっとレンタロウに似て女ったらしになるわ。しっかりと手綱を握らなきゃだめよ」
目を輝かせる母と、ジト目で俺を見るアリス。
いろいろ手遅れかもだが、これから気を付ければいいんじゃないかな! うん。
「さて、問題が一つ解決したところで……魔王軍のことじゃな」
「それとカルネージ将軍のこともな。どうする、モリアール校長。おそらくもう話は伝わってる。下手をすれば将軍が出張ってくるぞ」
「ふむ。どうしたものかの」
大人三人が、小さく黙り込む。
魔王軍の残党がここ学園都市の付近に潜伏し、アリスを狙っている。
ブラテノス男爵のような、魔貴族も他にいる可能性だってある。
俺達に、太刀打ちできるのだろうか。
「国に要請するか?」
「……そうすると、ミス・ミルフレッドの身柄を拘束されかねん」
モリアール校長の言葉に含むことは、俺にも理解できた。
拘束ですめば御の字、ヘタをすれば
「規模にもよるが、わしらで何とかするしかないのう」
「それしかないな」
父と校長が、頷き合ってから俺を見る。
「お前はどうする、タキ」
「俺?」
突然の問いかけに少しばかりたじろぐ。
さて、「どうする」とはどういう意味だろうか?
「俺達と一緒に来て戦うか、学生として安穏と暮らすかってことさ」
「どっちでもない、かな……」
それが、俺の正直な感情だった。
どちらも、少しばかりニュアンスが違うのだ。
「俺は、アリスを守るよ」
「あら! 私の息子ったらいい男ね。レンタロウ、あなたにそっくりよ」
そう母がにっこりと笑う。
その様子を見て、父が母にニヤリと笑い返した。
「当たり前だ。オレ達の子供だぞ。それで、どう守るつもりだ? タキ」
「俺にできることと言えば、
あえて、ここでは強い言葉を避けた。
母は魔族なのだ。であれば、その同族に殺意を向けているということを口にはしたくなかった。
だが、きっと──戦場に出れば、あのブラテノス男爵の時のように、俺は冷酷で非情な判断をすることになるだろうことは予想がつく。
そうしなくては守れないのだと、理解もしているつもりだ。
覚悟はもう決まっている。
「タキ、ダメよ。わたしの為に無茶しないで」
「アリスの為に無茶しないで、誰のためにするってんだ」
眉尻を下げるアリスに、俺は軽く笑って返す。
好いた女の為に命を賭けるのは、男のロマンだ。
きっと、親父もそうだったに違いないという確信がある。
「よし、モリアール校長。オレ
「任せてよいのかね? レンタロウ」
「あれも魔王軍ってならオレ達『元勇者』の仕事だ。かわりに、ラオニアはこのままさらって行くけど、いいよな」
父の言葉にモリアール校長が、深々とため息を吐く。
保護という名目で軟禁していた元魔王軍幹部を在野に解き放とうというのだ、ただではすむまい。
「そうなると思ったんじゃ。ま、止めるのも難儀なことじゃし、緊急事態じゃ。適当に誤魔化しておくとするかの」
「ごめんね、モリアールさん。そろそろ私も家族団欒を楽しみたいの。孫の顔も見たいし。それに──」
少し険しくした母が、窓に視線を向ける。
「私、少し怒っているのかも。ルイスお姉さまの願いを邪魔する輩に」
「ラオニア、腕は鈍ってないか?」
「どうかしら? でも、あなたと二人ならきっと大丈夫よ」
仲睦まじくて結構なことだ。
さて、俺も気合を入れ直さないとな。
「アリス」
「……うん。がんばろ」
その目には少しの不安も残っていたが、どこかすっきりした様子でもあった。
「わたしは、わたしだもん。
「ああ。なに、すぐに心配事なんてなくなるさ」
──俺が、そうしてみせると決めたのだから。
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