第27話 魔王軍め! ぶっ潰してやる!

「それをどこで──!」

「ピルポ先生から極秘での。やはり、知っておったか」


 自分の迂闊さを自嘲しつつ、俺は校長先生をじっと見る。


「……アリスは違います」

「ふむ、その心は?」

「親父から魔王の転生体は強力な力を有していると聞いています。アリスは一般的な水晶魔術の使い手で、魔族とは関係ありません」

「よく勉強しておるのう。こちらの世界に来て一ヵ月ほどとは思えぬほどじゃ」


 やはり俺のことも把握していたか。

 まあ、それは予想の範囲内なのでいい。

 今は、アリスのことだ。


「わしとて、生徒を疑うことはしたくない。特に、ミス・ミルフレッドは優秀で勤勉な生徒じゃ。さりとて、情報がある以上は精査せねばならぬ。リスクマネジメントというやつじゃ」

「どうやって確認するんです? アリスになにか危害を加えるような方法なら、全力で止めますよ?」

「〝魔弾の射手〟は意外に喧嘩っぱやいのう」


 小さく笑いながら、興味深げに俺を見るモリアール校長。

 底が知れない。さっきの政治家よりもずっと腹芸が得意そうだ。


「ま、もう一点問題があるんじゃがな」

「?」

「タキ君は、そこらへんがちょっと抜けとるのう。ラノベ系主人公であればテンポの為にここはピンときてもらわんと」

「俺のことを得体のしれないチート連中みたいに言わないでください」


 俺というヤツは、十七歳の一般的な高校生に異世界を一つまみ加えただけの人間なのだ。

 それ以上の能力を求められては困る。


「件の魔族が知っておるということは、他の魔族にも知れておるという事じゃよ」

「あっ……!」


 反省だ。

 ここはピンと来るべきところだった。

 たとえ俺が、ラノベ系主人公などという胡乱な存在からほど遠いとしても、だ。


「此度の件、男爵とはいえ魔貴族クラスが関わっておるとなると、内部で情報が共有されとる可能性は高い。ここだけの話じゃが、都市近郊に魔族の前線基地も見つかっておるのよ。おそらく、そこに連れ去るつもりなのじゃろう」

「わかりました。すぐに壊してきます」

「若いのう。さては最近、ねんごろになったのかの?」


 校長の言葉にやや詰まって黙る。

 この爺さん、一体どこまで知っているんだろう。


「よいよい。そのようにすればよいと言ったのはわしじゃしの。さりとて、お主一人が張り切ればよいという話でもない。現実として、彼女の身柄を奪うべく魔王軍の残党が可能性があるというのは覚えておいてほしい」

「俺がアリスを守ります」

「よい男の目をする。若人はそれでよい」


 うなずいたモリアール校長が、どこからかペンと便箋を取り出す。

 触れることなくペンを素早く走らせ、最後には便箋を鳩に変えて窓の外に放つ校長。

 魔術師というより、魔法使いといった風情の姿に少しばかり目を奪われる。


「何をしたんです?」

「信用のおける者に便りを出した」

「それでアリスが危険になったらどうするんです!」

「そのためのお主と、わしであろう?」


 小さく口角を上げて、指を振るモリアール校長。


「もし、ミス・ミルフレッドが魔王ルイスの転生体だったとして……生徒としてここにある限りは彼女を守るのがわしの仕事じゃ。約束しよう。信じられるかね?」

「生憎、父親以外の大人を深く信用しない性質なんです」


 特に、この狸親父には面倒な『大人の事情』とやらを押し付けられた経緯もあるのだし。

 手放しで信用に足るとは些か言い難い。


「これは手厳しいの」

「手痛い目に遭いもすれば、警戒しますよ」

「ふむ、そこはわしら大人の不徳の致すところじゃな」


 眉尻を下げて肩を落とす校長に、俺は軽く笑って見せる。


「だからって自分が子供のままであるとも思っていません。ここは先生を信頼します」

「重たい信頼じゃ。決して裏切らぬと、誓わせてもらおう」


 深々と頭を下げるモリアール校長。

 その姿には誠意があり、少なくとも日本で俺を嘲笑った大人たちとは違うと感じさせた。

 今のところはそれで十分だ。


「それで、どうするんです?」

「なに、あとは任せてもらおう。君達は普段取りに学生生活を送るとよい」

「俺に何かできることは?」

「勇気のある者の言葉じゃ。さりとて、今は身構えておるだけでよい」


 どこか悠然とした笑みを浮かべて、モリアール校長が笑う。

 それに頷いて、俺はアリスのことを想う。

 任せきりにするのではなく、俺が近くで守るのだと。


「ところで、時間はいいのかの?」

「あ──そうだった!」


 この時間なら、アリスとの待ち合わせにぎりぎり間に合う。


「何かあればすぐに伝えよう。ミス・ミルフレッドによろしくの」

「ええ。これで失礼します」


 軽く頭を下げて、俺は校長室を駆け足気味に後にする。

 階段を下りるだけで一苦労なのだ、ここは。


「お主なら、あるいは──」


 そんな言葉が聞こえたような気がしたが、校長室の扉はもう閉まっていた。



「おまたせ! アリス!」


 寮近くにある芝生の中にポツリポツリと置かれたベンチの一つ。

 そこに座るアリスを見つけて俺は駆け寄る。


「お疲れ様、タキ君。呼び出し、誰だったの?」

「知らないおじさんだった」

「有名人だもんねー……」


 アリスが苦笑しつつ、俺の手を取る。

 柔らかな手の感触に誘われるまま、恋人の隣に腰を下ろした俺は小さく息を吐きだす。


「お昼、間に合ってよかった。今日はわたし特製のお弁当です。じゃーん」


 ご機嫌そうにバスケットを開けるアリス。

 中にはいろんな種類のサンドイッチがぎっしりと並んでいた。

 なかなかの迫力である。


「おお、うまそう」

「あはは、このくらいしか作れないんだけどね。はい、どうぞ」


 サンドイッチを受け取り、かぶりつく。

 トマトと厚切りハムのそれはシンプルながら、気疲れした俺に沁み渡るうまさだった。


「どう?」

「うまい。最高だ」

「よかった。料理なんて久しぶりだったから」


 そう言えば、アリスは迷宮伯なる冒険者貴族のお嬢様だと聞いている。

 もしかすると、料理自体あまりすることがないのではないだろうか。

 そんな彼女が俺の為に……と思うと、それだけでこれが世界一のサンドイッチだと言い切れる。


「あ、でもあんまり食べ過ぎない方がいいかも」

「え、全部食いたいんだけど」

「午後の実践訓練、野営時のための調理実習って言ってたから」


 なるほど、それは必要なことかもしれない。

 一応、干し肉や硬パンのような保存食もあるにはあるが、あれがずっと続くのは精神衛生上よくないかもしれない。

 なにせ、レムサリア──学園都市での食事は、日本出身の俺が困らぬ程度には美味い(多少の異国感はあるが)。


「じゃあ、のこりは……夜に一緒に食べるっていうのは?」

「タキ君の部屋で?」

「食堂の方がいい?」


 少しばかりの意地悪を言ってみる。

 アリスは少し「むっ」と詰まってから、耳まで赤くしながら小さな声で「タキ君の部屋にする」と答えた。


 ……見ろ!

 こんな可愛いのが、魔王の転生体なわけないだろ!

 魔王軍め! ぶっ潰してやる!


「ごちそうさま! これで午後からも頑張れる!」

「そう言えば、この間の野営の時は食堂で作ってもらったお弁当で済ませちゃったけど……タキ君って料理できるの?」


 伊達にソロキャンプを趣味になどしていない。

 ジビエだってお手の物だ。

 ……そうだ、あれがある。あれにしよう!


「ちょっと期待してて。このサンドイッチのお返しに、俺も故郷の料理をふるまうよ」

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