第26話 この出来事が一番ファンタジーだよ!

「それで? 君が〝魔弾の射手〟タキ・ネヤガワかね」


 朝の座学講義を終えて昼休憩。

 俺は呼び出された応接室で見知らぬ男性と対面していた。


「……?」


 やけに太ましい中年男性の問いを、さらっと無視して俺は校長に視線を向ける。

 いくら俺が若輩とはいえ、挨拶もなしに素性を尋ねるような不躾な人間に返事をするべきかどうか迷うところだ。


 そもそも、こちらの予定も聞かずに呼び出すなんて横暴が過ぎる……と、俺は少しばかりおかんむりである。

 昼食はアリスと一緒に食べる予定だったのに。


「あー……タキ君。この方は中央議会からいらっしゃったヘンリク・ゴッグナー上級議員殿じゃ」

「はあ。ええと、それで何か俺に御用ですか?」

「ヘンリク殿が、君と話をしたいと仰られての」


 ちらりと視線をやると、当の上級議員殿は俺の態度が気に入らないのか憮然とした表情をしている。

 その顔をしたいのは、俺の方なんだけど。

 とはいえ、俺だっていつまでもガキじゃない。

 わざわざお上の偉い人が出張ってきたんだ、ここはぐっとこらえて用件を聞こうじゃないか。


「では、改めまして。俺がタキ・ネヤガワです。お話とは?」

「この短期間に次々と功績を上げている学生がいると耳にしてね。単刀直入に聞くが……君が魔王の転生体かね」


 本当に単刀直入だな。

 俺が何の事情も知らないただの学生ならどうするつもりだったんだ、この人。


「言っている意味がよくわかりませんね」

「質問に答えたまえ。君と関係者の命がかかっている。真摯な対応をした方がいいぞ」


 肥えた身体に似合わぬ眼光をこちらに向けるゴッグナー上級議員。

 政治家というのは普通、もう少し腹芸が得意なものではないのか。

 これでは警察か何かのようだ。


「ゴッグナー殿、学生をそのように脅されては困りますぞ」

「黙っていろ、モリアール校長。突然現れた素性も知れぬ者が、デスコルバスを討伐し正規冒険者となったかと思えば、今度は魔貴族を仕留めただと? このたった一ヶ月の間にだ」


 そういえば、まだ一ヵ月なのか。

 レムサリアの生活は濃すぎて、時間の感覚がバグるな。


 ──待てよ?

 つまり、異世界に来てたった一ヶ月で大人の階段を上ったってことか?

 アリスのような美少女を相手に?


 なんてこった……この出来事が一番ファンタジーだよ!

 

「何とか言ったらどうなんだね、タキ・ネヤガワ」

「あ、すみません。聞いてませんでした」

「バカにしているのか!」


 激昂するゴッグナー上級議員に、俺は小さくため息を吐く。


「いきなり呼び出しておいて、人を犯罪者か何かのように。俺がもし魔王の転生体とやらなら、きっとこの場でひどいことになってますよ」

「言葉には気を付けるんだな、お前などどうとでもできるんだぞ?」


 上から目線の脅し。

 それに、俺の心が少しばかり軋んだ。

 日本でもこういう手合いが俺と俺の友人たちを乖離させ、居場所を奪った。

 俺が新たな居場所と定めたここでも、俺はまた奪われて失うのだろうか。

 そう考えると、心の奥底が冷えたまま煮えたぎった。


「なんだ、その目は? 『メルクリウス』だったか? お前たち全員を今すぐ犯罪奴隷にすることもできるんだぞ?」

「あんたこそ言葉には気を付けろよ? この距離なら魔法障壁があっても即お前の頭をぶち抜けるぞ?」


 気が付けば、そんな言葉が口をついて出ていた。

 脅しでもなんでもない、ただの事実だ。

 この男がそのようにするというなら、それらしく振舞ってやろうというだけの話である。


「タキ君、落ち着くのじゃ。ゴッグナー殿……いまの言葉は看過できませんぞ」


 割って入った校長が、眉を吊り上げてゴッグナー上級議員を睨みつける。

 そのおかげか、少しばかり冷静さを取り戻した俺は一歩下がって息を整えた。

 頭に来たからとて、殺害予告はやり過ぎだぞ。落ち着け、俺。


「モリアール校長、逆らうつもりかね。たかが一都市──その学園長の首など、私の要請一つでいつでもすげ替えることができるんだぞ?」

「では、そのようになさるとよかろう。すぐさま、ここを去られるがよい」


 校長先生が、大きなため息を吐く。


「このような脅しを生徒にするためにあなたを招いたわけではないぞ、ゴッグナー上級議員。これについては、正式に抗議をさせていただく」

「この私によくもそのような口を……! たかが、『学園』の校長ごときが」

「あなたはご存じないかも知れんがの、パルスマー議長も、テイノルズ副議長も、ザッカルス顧問もみな、わしのかわいい生徒であった」


 校長先生の言葉を聞いたゴッグナー上級議員の顔が見る間に青くなる。


「あなたの所属する『西の国労働党』のカルスマス党首などは、学生時代はなかなかの悪ガキでの……人の在り方について、なんども話し合ったものじゃ」

「私を脅すつもりか……!?」

「権威をかさにわしの生徒を害するというならば、あなたも同じように覚悟めされよという当たり前の話をしておる」


 厳しい口調でそう告げた、校長が扉を示す。


「お帰りはこちらじゃ。タキ君にあなたを紹介した失態をこれから取り繕わねばならんのでの。早々に出て行ってくれまいか」

「……ッ」


 そう促されたゴッグナー上級議員は、表情を硬くしながらどすどすと部屋を出ていく。

 それを見送った校長先生が、扉を閉めて俺に向き直った。


「すまぬな」

「ホントですよ。何だったんです? あの人は」

「この国の中央議会で口を開ける政治家の一人よ。魔王の転生体を確保しようと躍起になっておる、な」


 俺に椅子を勧めながら、校長は超能力者のようにポットを浮遊させて茶の準備を始める。

 普段ならなかなかファンタジックな光景だとはしゃぐところだが、あの傲岸不遜な何某議員のせいでそんな気分でもない。


「ま、あの男のことは忘れるとよい。あとで大きめの拳骨を落としておくのでな」

「まあ、それで手打ちとしますよ。俺も少し尖った暴言を吐いてしまいましたし」

「自覚があることと、それを省みる余裕があるのは君の才能の一つじゃな」


 過去に痛い目に遭ったからですよ、ということは黙っておく。

 今、必要な話はそれではない。


「さて、ここからは秘密の話をしようかの」


 お茶を俺の前にお差し出しながら、校長先生が向かいに座る。

 にこやかで緊張感のない表情とは裏腹に、その目には何か決心じみたものがありそのちぐはぐさは、俺を不安にさせるに十分な違和感だった。


「アリス・ミルフレッドが、魔王ルイスの転生体として名指しされたのは……本当かの?」

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