第25話 バルク、お前は後で覚えてろよ!

 バルク曰く、『二つ名』なるものがある。

 特別な功績を上げた者や特別な地位にある者につけられる、あだ名のようなもの。

 簡単に言うと「名は体を表す」というヤツだ。


 それが、いつの間にか俺についているらしい。


「それ、誰がつけたの?」

「どっかの記者やない? 知らんけど」


 そう言いながら、荒い紙が数枚束になったものを俺に差し出すバルク。

 見た目は完全に新聞。まさか、異世界に高度な印刷技術があるとは驚きだ。


『学園の新星 “魔弾の射手〟タキ・ネヤガワ、魔貴族をブチ抜く!』


 ……と、でかでかと事実と異なる見出しがついたそれは、そうみてもゴシップ系スポーツ新聞のそれである。

 内容についても、伝聞に伝聞を重ねた結果のようで事実と異なる部分が多い。

 いつから俺は、『西の国ウェストランドに旧くから続くある名家の長男』になったのだろう。


「これは抗議に行かないと」

「やめとけやめとけ。乗り込んでいったら逆に根掘り葉掘り聞かれるだけやで」


 バルクに言われて、なるほどと思い至る。

 これは学園側がある程度の情報封鎖を行ったからこその事実の乱れだろう。


 学園都市に魔貴族が侵入したことも、それによって講義中に負傷者が出たことも、学園としては公表せざるを得ない。

 それにどう対処したかも、だ。

 この新聞の頒布規模がいかほどかは知らないが、詳細な部分とそうでない部分がこうもはっきりと分かれるのは、学園なりに俺について隠した結果なのかもしれない。

 あるいは、あの狸な校長が、俺をまたダシに使ったか……だ。


 立場的に、あの狸ジジイは俺の素性を知っている可能性が高い。

 探られても素性の出てこない俺は、魔貴族の頭をブチ抜いた〝魔弾の射手〟とやらに据えるのにちょうどよかったのだろう。


「しかし、なんで訓練用迷宮ダンジョンに魔族がおったんやろな」

「俺も気になってたんだよな。わりとその辺、ザルだったりするのか?」


 俺の言葉に、バルクが首をひねる。

 返答の早い彼にしては、少し珍しい。


「学園都市は、研究機関も集まる町やさかい、魔族や魔物モンスターの出入りは相当難しいで。なんせ、そういう結界も張ってあるさかいな」

「でもデスコルバスとか、魔貴族とか入って来てるだろ?」

「デスコルバスは研究用やったらしいけどな。まあ、なんせ正規の手続きを踏まんと入られへんで。もちろん、わいらもな」


 確かに。

 郊外に出る時も、必ず学生証の提示と出入りの許可申請が必要になる。

 それにしたって結構に手間なことで、前に郊外に課題に出た時もメアリー先輩に先だって許可を取りに行ってもらっていた。

 そう考えると、この学園都市ウォンスの警備はかなり厳重なのかもしれない。


「つまり……誰かが、手引きした?」

「大将、思ってても外では言わんこっちゃで」


 人差し指を口の前で一本立てて、バルクが首を振る。


「最近いろいろキナ臭い。わいら学生が首突っ込んでええ領分やないことかもしれん」

「そうだな……。しかし、俺のよくわからん中二ネームについては、撤回してほしいところだ」

「ちゅーにねーむ? はようわからんけど、二つ名のことやったら、冒険者ギルドに正式登録されるのも時間の問題ちゃうか?」

「え、公式になるってこと?」

「せやで?」


 ……なんて恐ろしいことをしてくれる!


 俺はこう見えてもう高校二年生(日本時間/地球)なんだぞ!

 もう中二病わかげのいたりはとっくの昔に寛解して、心の黒歴史資料館に特別収容プロトコル付きで封印済みだというのに、それをこんなところで引っ張り出されてたまるか!

 いくら異世界だって、やっていいことと悪いことがある!


「どこに行けば止められるッ!?」

「いや、もう手遅れやって。学園中……いや、この調子やと、学園都市ウォンス中で知れてるやろ。かっこええやん? 〝魔弾の射手〟。タキにぴったりやで」


 おいおい、嘘だろ……!

 異世界だって色んな文化の差を見に感じてきたけど、今日ほど俺の心をざわつかせたことがあったか? いや無い。


「あきらめなはれ。それに二つ名持ちがおったら、わいら『メルクリウス』にも箔がついてお得やん?」

「そういうもの?」

「タキの故郷ではそういうんないんか?」


 そう問われて、しばし考える。

 思い至るのは野球や格闘技などの選手が『ハンカチーフプリンス』だとか『なにわのマシンガン』だとか呼ばれている場面。


「ないことはないけど……俺はそんなんじゃないからさ」

「謙遜もええけど、実際注目の的やしな。モテるで……!」


 相変わらずドワーフは好色脳であるらしいが、今日の俺はそんな言葉に惑わされたりしない。

 俺にはアリスがいるのだから!


「──……アリスの、匂いが、する」


 背後、しかもかなりの近距離から声をかけられて俺は椅子に座ったまま数センチ垂直に飛ぶ。

 まさか、こんな漫画的カートゥーンな挙動が可能だなんて、自分でも些か驚いたが。


「メアリー先輩、驚かさないでくれ……」

「タキから、アリスの匂いが、する……!」


 いつにないプレッシャーを放ちながら、俺の隣に腰を下ろすメアリー先輩。

 これは怒っているのだろうか。


「──えっちな、匂いが、する」

「……ッ」

「朝まで、いっしょ、だった、ね?」

「……ッ!?」


 ダメだ、メアリー先輩の追求から逃れられない!

 バルク! 今だ! 「あかんで!」の出番だぞ!


「……」


 どうした、バルク?

 そんなにそのポテトサラダが美味いのか!?

 何とか言ってくれ!


「バルクは、買収、済み。ボクに、お約束ルールは、通用しない……!」

「なん……だ、と」

「ボクを、さしおいて……! ずるい」


 猫耳をぴこぴこと動かしながら、メアリー先輩が俺の腕をぐいぐい引っ張る。

 珍しく強引な様子に、少しばかり驚きながら俺は立ち上がる。


「ちょ、待っ……メアリー先輩? 俺をどこに連れて行くんです?」

「二人っきりに、なれる、とこ?」

「バルク!」

「すまんな、大将。ランチチケット30枚の前に、わいは無力なんや……」

「嘘だろ?」


 男の友情はランチチケット30枚よりも薄い。

 世知辛い異世界の真実をまた知ってしまった。


「んっふっふ……! ボクからは、逃げられない、です」

「いいや、逃げる! 話はまた後で聞くから! バルク、お前は後で覚えてろよ!」


 そう捨て台詞を残して、俺は食堂から全速力で撤退した。

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