第24話 昨日の夜なんだけど
「──……ガ、ァッ!」
鉄礫が強かに魔人の頭部を撃ち据える。
鈍い音と同時に青い血が宙に舞って、ブラテノスが直立したまま後ろに倒れこむ。
『
しかし、これで終わったと考えるのは甘かったようだ。
俺の目の前で、魔人がふらりと立ち上がる。
「貴様ァ──」
右眼窩をぶち抜かれたまま、こちらを睨みつけるブラテノス男爵。
そんなブラテノスにアリスの魔光剣が放たれる。
「チィ!」
まるで羽虫を払うかのように、それを打ち払った魔人が鬼の形相で吼える。
「おのれ……おのれェ! 矮小な人間どもがよくも我にこのような!こうなったら、皆殺しにしてくれるッ! 手始めに、貴様だ!」
大きく腕を振り上げて、タメをつくるブラテノス。
全速で来られたら対応できるだろうか。
そう身構える俺だったが、ブラテノスが踏み出す瞬間、その横っ腹に何かが直撃してよろめく。
魔族の腹に深々と食い込んだそれは、バルクの戦斧であった。
「わいの事、忘れとんちゃうぞ……アホウめ!」
「貴様ァァァ!」
激昂し、俺から視線を外すブラテノス。
素人の俺が言うのもなんだが、それは些か迂闊ではないか? 魔貴族様よ。
「シッ…!」
父が【斬裂】と呼んでいたそれは、放たれると同時に円盤状に変化して……魔貴族の頸をスパリと斬って裂いた。
驚愕の表情を張り付けたまま、ブラテノスの頭部が静かに床へ転がる。
どこか非現実的な光景に息を飲んでいると、魔貴族の生首がけたたましい笑い声をあげた。
「クハハハッ! これで終わったと思うなよ! すでに、確信はもたらされた! 次に会う時、この我が魔王様を手に入れるだろう!」
「何度来たって同じよ。わたしは魔王
アリスの返事に小さく口角を上げて……そのまま、動かなくなるブラテノス男爵。
それをやや呆然と見ていると、その死体が霧のように消え失せた。
異常な状況にややドン引きしつつも、俺は背後を振り返る。
とりあえず危機的状況は脱した。考えるのは後だ。
「バルク! 無事か?」
「問題なしや……って言いたいところやけど、ほうぼう折れとるわ。しゃべるんもきつい」
「重傷だな。でも、少し待ってくれ」
「わーっとる」
うなずくバルクに、こちらもうなずきを返してピルポ教官に駆け寄る。
頭から血を流し、ぐったりと顔色を悪くしているが、確認すると呼吸はあった。
不幸中の幸いというべきか。
「アリス、回復魔法を頼む」
「……」
「アリス?」
アリスは、何処か呆然とした様子で立ち尽くしている。
あの魔人の言葉は、アリスにとって些かショッキングなものではあった。
しかし、妄言の域を出ないそれに惑わされる事はない。
「アリス、あの男爵なにがしの話は妄言だ。気にしちゃいけない」
「! ……うん。そだね」
ハッとした様子で立ち上がったアリスが、こちらに駆け寄ってきて小型の水晶を取り出し、ピルポ先生に癒しの光を注ぐ。
彼女の水晶魔術は事前準備が必要とは言え、攻撃から補助、回復まで幅広く応用できる万能魔術だ。
アリス曰く『一般的な詠唱魔術ほどの力は出ない』とのことだが、異世界に来てもまるで魔法を使えない俺としてはとても羨ましい。
……俺だって下級魔法で森を焚き払って「あれ、なんかやっちゃいました?」みたいな顔をしてみたかった。
「大丈夫みたい。見た目ほどひどい傷じゃないわ。でも出血が多いから、はやく保健部に連れて行かなくっちゃ」
「終わったらわいも頼むわー……」
背後でバルクがいつにない情けない声をあげる。
おそらく、我慢しちゃいるが相当に辛いのだろう。
「あ、ごめん! いま行く」
俺にピルポ教官を託して、アリスが座り込んだままのバルクの元へ向かう。
彼女の背中を見送った視線をそのまま横に動かして、俺は床に転がったままのブラテノス男爵の死体を見つめた。
この大量に青い血痕がこびりついた死体が、俺のやったことの結果だと思うと、膝が軽く震えてしまう。
あの瞬間、確かに俺は殺意を以て『人』を殺したのだ。
そんな俺の肩に、メアリー先輩がそっと触れる。
「落ち着いて、タキ。もうすぐ、教官が、くる」
「ああ、【震え胡桃】を割ったからか」
「ん。あの魔族の事は、タキの判断が、正解、だった。気に病まなくて、いい」
「そんなことは──いや、そうかも」
言い澱んでから、俺はそれが卑怯だと首を振る。
そう、事実として俺は殺したのだ。
言葉による意思疎通可能な人型の生物──いや、『魔族』なる別種族というだけの『人間』を。
あの赤い肌の魔人が敵であったことは確かで、俺達に害意を持っているのも確かだった。
しかし、ここにきて俺は……血に濡れたブラテノス男爵を思い出して恐ろしくなってしまったのだ。
やらなくてはいけなかった。
ああする他なかった。
自分達だって危なかった。
言い訳じみた『事実』が脳裏をかすめる。
結果として、俺は殺人者となることを選択したのだ。
……普通、一般男子高校生は殺人などしやしないものなのに。
それが、異世界にはしゃいでいた俺を
「タキは、正しいことを、した」
「でも」
「こっちを、見て。ボクを、みて」
俺の頬を両手で挟んで、メアリー先輩が俺に顔を近づける。
「ほら、生きてる。キミの、おかげ」
「俺の?」
「そう。タキが、頑張ったから、ボクらは生きてる」
メアリー先輩が、俺の額に唇を軽く触れさせる。
「ありがとう、タキ。ボクは、命拾いした」
「そうか。……なら、いいか」
「ん」
もう一度、俺の額にキスをしたメアリー先輩が微笑んで立ち上がる。
「これ以上は、アリスに怒られちゃう、から」
ちらりと視線を上げると、メアリー先輩の後ろでアリスが仁王立ちしたまま眉を小さく釣り上げていた。
おっと、これは……剣呑だな。
「わたしが頑張ってる間にイチャイチャしちゃだめでしょ!」
「あはは……そんなつもりじゃあなかったんだけど」
「してたでしょー!」
そう頬を膨らませるアリスは、普段と変わらぬ様子で俺をほっとさせる。
これこそが俺の日常であろう、と。
そう考えると、膝の震えはもう治まっていた。
◆
「お、大将。おはようさん」
波乱まみれだった『ダンジョン研修』の翌日。
けだるい体のままうすぼんやりと食堂で朝食を食む俺の肩を、バルクが叩いた。
「おはよう、バルク。もう傷はいいのか?」
「おう、アリスさまさまやで」
親友の口から出たアリスの名前を聞いて、俺は軽く固まる。
そして、妙に勘のいいこの長身ドワーフは「はーん?」と口を軽く弧にして目を細めた。
「なんや怪しいな」
「……怪しくないとも」
「男同士、隠し事はなしで行こうや、大将」
ニヤつくバルクが身を乗り出したので、俺は仕方なく口を開く。
「──……ええと、だな。昨日の夜なんだけど」
そう、昨晩のことだ。
一連の事件の事情聴取を終えてくたくたになった俺は、部屋でごろりと横になっていた。
そんな俺の部屋にアリスが尋ねてきて――
「あかんで!」
「あかんのか?」
「それ以上はあかん。誰にってわけやないけど、怒られそうな気がする」
まぁ、確かに朝から詳しくする話でもない気がする。
それに、うっかりと勢いで話し始めてしまったが、俺としてもしばしは胸中に余韻を秘めておきたい。
「それよりも大将。なんや国のお偉いさんが学園に来よるらしいで」
「まあ、大騒ぎになったもんな」
バルクが飯を食みながら、ため息を吐く。
「なにを他人事みたいに。たぶんやけどお目当ては大将やで」
「は? なんで?」
「いまや噂の〝魔弾の射手〟やからな」
なにそれ聞いてない。
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