第23話 それを想定してないと思ったのかよ!

「先生を離せやッ!」


 あっけにとられる俺とは裏腹に、青筋を立てたバルクが戦斧を手に駆ける。

 それを目にした俺も、すぐさま投石紐スリングを腰から抜いた。

 あれが何者であれ、ピルポ先生をあのようにした相手であれば『敵』であることは間違いない。

 この状況に置いて、そんな当たり前がすっぽ抜けるあたり、俺はまだまだ平和ボケした日本人なのだろう。


「おっと、礼儀がなっていないな」

「ピルポ先生をやっといて抜かすなや!」


 バルクが全身を使って横なぎの一撃を放つ。

 だが、それをひらりと躱して魔人は話を続けた。


「君達に聞きたいことがある。少し話をしようじゃないか」


 連続するバルクの攻撃を、涼しげな顔でいなす魔人。

 素人目にだってわかる。こいつは、手練れだ。


「この学園に、魔王陛下がおられるだろう? 連れてきてほしい」

「あいにくとそんなヤツは存じ上げないな」


 投石紐スリングを回転させながら、俺は注意深く魔人を見すえる。

 会話が成立するなら、このまま撤退させることもできるかもしれない


「『混ざり者』の気配がするな? お前は──何者だ」


 『混ざり者』?

 どういう意味だ?

 異世界人と地球人のハーフという意味だろうか?


「俺か? 俺はタキ。タキ・ネヤガワ。パーティ『メルクリウス』のリーダーをしている者だ。あんたは?」

「名乗りには応えねばなるまい。我はカルネイジ将軍旗下第二軍団所属、ブラテノス・オルグワート男爵である」


 魔人の名乗りに、背後でアリスとメアリー先輩が息を飲んだのがわかった。

 そういえば、午前の座学で教わった魔族の概要で聞いた気がする。

 魔族にも人間のような貴族制度があって──それは、単純に強さを示すものでもあると。


 つまり、このブラテノスのやらは魔族の中でもボス級の相手ってことだ。


「今日のところはお前たち薄汚い人間に用はない。魔王陛下のお迎えに参じただけなのでな」

「だから、見当違いなんじゃないのか?」

「いいや、おられる。我らが麗しきルイス魔王陛下の魂を継ぐお方がな」


 その自信はどこから出てくるのやら。

 そんなことを考えながら、俺は注意深く魔人を観察する。

 バルクの猛攻を易々といなしながら、魔人はこちらを見据えている。


 実力差がありすぎるな。

 あれは、いつでもこちらを殺せるという余裕だ。


「む……?」


 そんな魔人ブラテノスが、小さく目を見開く。

 その視線は、俺を通り越してその背後に向けられていた。


「え、ボク?」

「穢れた獣人風情が調子に乗るな」

「──……ショック」


 表情を変えないまま、メアリー先輩が小太刀を構える。

 しかし、その横で本当にショックそうな顔をしているのはアリスだ。


「わたしを見ている……?」

「気にするもんじゃないさ、アリス」


 そう言いつつも父に『野暮用』を頼まれた時のことが脳裏によみがえる。

 すでに生まれているはずの魔王の転生体を探せ──それが、父からの頼みだった。

 しかし、それがアリスである可能性なんてこれっぽっちも考えていなかったし、ありえない。


 だってアリスは快活で社交的、そして優しい人間なのだ。

 父が言っていた『魔王たつ力の片鱗』なんてものも見たことがない。

 それらのことから考えて『このブラテノス男爵なる魔人は、何かしらの勘違いをしているのだろう』と俺は結論付けた。


「アリス、というのか。確認したことがある。……こちらにきてもらおうか」

「魔族の言いなりにはならないわ」


 小剣の切っ先を向けて、俺の隣に並ぶアリス。

 その隣にさらにメアリー先輩が並ぶ。


「余計な手間をかけさせないでもらおうか。我の勘違いでなければ……」

「くどい……!」


 アリスが魔光剣を発動させて、空に浮かせる。

 そんなアリスの前に一歩踏み出て背にかばいつつ、俺も投石紐スリングに鉄礫を準備した


「魔王陛下の現身であれば手荒なことはしない」

「わたしはアリス・ミルフレッド。〝迷宮貴族〟ミルフレッド一家の娘よ! 魔王なんかじゃないわ」

「では、遺憾ながら力づくとさせていただく……!」


 赤い肌の魔人が、にわかに殺気をみなぎらせる。

 足がすくむような重みあるそれだったが、幸いなことに俺の体は思った通りに動いてくれた。


「……ぬ」


 動き出そうとしていたブラテノス男爵が、体をこわばらせてぴたりと動きを止める。

 俺の放った鉄礫が頬をかすめる様にして、彼の背後の壁を穿ったから。


「何であれ……俺の仲間を連れ去るってなら、阻止させてもらうぞ」

投石紐スリング使いとは面白い。かつての勇者の一人を見ているようだ」

「それがどこの誰だか知らないけどさ、この距離なら外さないぞ」


 軽い脅し文句を添えて、ブラテノス男爵を睨みつける。

 人型の生物を撃つのは初めてだが、誰にでも『初めて』はあるものだ。

 それが、この瞬間だって別におかしくはない。

 目の前の魔人は敵で、俺達を殺してアリスを攫おうとしているわけだし。


「ちょっと素早いはしこいみたいやけど……わいの攻撃をいなしながら大将の一発をよけられるんか?」

「ボクも、いる、です……!」

「当然、わたしもる気でいるわよ」


 そんな俺達に向かって、ブラテノス男爵が口角を小さく上げる。

 あからさまにバカにした態度。

 力あるものの優越感が、その顔に歪んで浮かび上がっていた。


 そして、次の瞬間……それは、憎悪に似た怒りの表情へと変化し、叫びを伴って殺気を膨れ上がらせた。


「愚かにして無知蒙昧……ッ! 貴様らごときが、このブラテノスを止める気かァ!」


 ブラテノス男爵が高速で踏み込み、バルクを力任せにつかみ上げて投げ飛ばす。

 巨躯で鎧も着込んでいる、あのバルクをだ。


「ぐぅッ」


 壁に叩きつけられて膝をつくバルク。

 あんな風に叩きつけられたら、俺なんてぺちゃんこになるかもしれない。

 そして、そのことはブラテノス自身も考えていたことのようだ。


「距離を詰めれば、投石紐スリング使いなど──」


 俺との距離、数メートルを一瞬で詰める魔人。

 だが、その顔がメキリと陥没して……鋭利な歯が数本、青色の血と共に宙に舞った。


「──ァがッ!?」

「それを想定してないと思ったのかよ!」


 鉄礫の入った投石紐スリングを高速で回転させながら、もう一撃お見舞いする。

 驚いて動きが止まったらしいブラテノス男爵は、それを側頭部にまともに受けて膝をつく。


──『投石紐スリング殺法』。


中国拳法にある『流星錘』と、アメリカ禁酒時代に生まれたストリート・ギャングの武器『スイング・ボール』の技術を応用した、親父殿オリジナルの近接戦闘術。

 投石紐スリングの弱点を補うための技術であれば、当然、俺だって習得している。


「ぐ、ぬ……」


 脳が揺れて立ち上がれぬままのブラテノス男爵から少し距離を取って、俺は投石紐スリングを回転させる。

 ここにいたって情けなどかける気はないし、あの膂力を見るにそんな余裕を持てる相手でもない。

 それに、『殺意には殺意で以て応えねばならぬ』って、うちの爺さんも言ってたしな。


 つまり、俺は一般高校生に似つかわしくない明確な殺意を以て、投石紐スリングから鉄礫を発射した。


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