第19話 あぶないところだった

 さて、どうしてこうなった?

 俺は何やら面白そうな『迷宮ダンジョンコン』なるイベントについて尋ねたはずだったのだが、気が付けば俺の部屋にアリスがいる。


 いや、いいんだ。それはいい。

 以前、俺が「男子が女子の部屋に軽々しくは尋ねられないよ」などとヘタったことを言ったから、アリスが俺の部屋を尋ねるようになっただけの話なんだから。


 だが、だが……しかし。

 ちょっと、この状況はどうだ。

 隣で楽しげに話すアリスは、体のラインが出るキャミソールのような薄着に、太腿がちらちら見える短いハーフパンツの姿。

 しかも、なんだかとてもいい匂いがする。


「──……なのよ。って聞いてる? タキ君」

「はい、すみません!」


 右往左往する視線を、どうにかアリスの顔に向けて意識を集中させる。


「もしかして、眠かったりする?」

「だ、大丈夫! それで、えーっと……」

「もう、タキ君ったら。それじゃ、もう一回説明するわね」


 今度は真面目に説明を耳に入れる。

 曰く、『迷宮攻略ダンジョン・アタック』コンテスト』は迷宮の攻略速度、宝物回収、魔物討伐を点数化して、ゴールとなる三層目をクリアした時点での合計点数を競うスポーツマンシップ満載のコンテストであるらしい。


「それは面白そう。こう、ライブ放送とかで見たいよね。ポップコーン片手に」

「らいぶほうそう? ぽっぷこーん? タキ君からまた知らない単語が出てきた……」

「ライブ放送は俺の世界の娯楽。えっと、この『迷宮ダンジョンコン』の様子が、競技者視点で見られるような道具があるんだ」

「へぇー! すごい。そういう魔法道具アーティファクトないのかしら?」


 ありそうで怖い。

 この世界の魔法道具アーティファクトというのはわりと何でもありだし、作ってる人たちもどこか変人じみている。

 きっと「面白い」と思ったら、それなりに似たものを──いや、ファンタジーだけに現代日本よりも高性能なものを作ってしまうかもしれない。


「ポップコーンは、お菓子だよ。簡単にできるから、今度作ろうか?」

「ホント? タキ君の故郷のお菓子なんて、ちょっと楽しみ!」


 アリスは地球の文化に興味津々だ。

 特に、食べ物には目がない。


「ところで、それと俺達の『実践訓練』が何か関係してるのか?」

「コンテストと同じ形式でやって、成績優秀者は選手選抜になれるの。『迷宮ダンジョンコン』で優秀な成績を残せば、色んな徒党パーティ冒険社カンパニーにアピールできるし、結構な賞金も出るからみんな必死よ?」


 そりゃ、すごい。

 冒険者界隈の選抜という位置づけであれば、やる気を燃やす人も多そうだ。

 やはりこれは、ライブカメラ……いや、ボディカメラ系の魔法道具アーティファクトを開発してもらって、本選を観戦したいところだ。


「……他人事って顔してるけど、一番可能性あるのはタキ君なんだよ?」

「へ? 俺?」

「だって、『実践訓練』でも成績いいし、実際の資格持ちだもの。アケティ教官はきっと期待してると思うわよ?」


 いやいや、迷宮ダンジョンなんて入るのは初めてなのに、期待など寄せられては困る。

 普通、一般高校生は迷宮ダンジョンになど行ったことがないものだ。

 せいぜい、陽キャな人たちが廃墟に肝試しに行くくらいだろう。


「あと、レベルが高い」

「あー……それなぁ……」


 そう、俺のレベルは『3』だったはずなのだが、先日『保健部』に測定に行ったところ、『17』まで上昇していた。

 モミギ婆さんによると、デスコルバスや吸血山羊バンパイアゴートの討伐によって上昇したのだろう、とのこと。

 ちなみに、『冒険者科』の卒業生のレベルがおよそ『10』である。


 ちなみに、上がったからと言ってゲームのように能力値があがるわけではない。

 むしろ、逆だ。実績や本人の身体能力によってレベルが決定されているのだ。

 つまり、俺は客観的に見て『冒険者資格を持ち、レベルも相応にある若手』に映るという訳である。


「うーん、興味はあるけどそのコンテンストに出たいほどかっていうと、そうでもないなぁ」

「あはは、実はわたしも」

「ようやく慣れてきたところだ。少しのんびりしたい」


 これは本心である。

 俺の異世界は突然始まり、波瀾と危機に満ちて……最近、ようやく落ち着いてきたところだ。

 そのコンテストとやらに出るために、この平穏を崩したくない。


「バルクとメアリー先輩はどうだろう?」

「バルクは冒険者で身を立てるために学園に来てるんだし、出たいかもしれないわね」

「メアリー先輩は?」

「先輩はちょっとわかりにくいわよね」


 次の『実践訓練』である『迷宮攻略研修』も、パーティ『メルクリウス』として挑むことになる。

 もし、あの二人がやる気だとして、リーダーの俺がこんなに腑抜けていていいのだろうか?

 俺の意志はともかく、仲間の足を引っ張ることはしたくない。


「明日、聞いてみましょ。二人がやる気なら、わたし達だって本気で! でしょ?」

「そうだな。そうしよう」


 どうしてこう、アリスって女の子は俺の迷いを上手く解きほぐしてくれるのだろう。

 入学してからこの方、ずっと手を引かれている気分だ。


「どうしたの?」

「ああ、いや。こっちに来てからずっとアリスに世話になりっぱなしだなって思い返してた」

「また~? タキ君ったらわたしのこと好きすぎない?」

「まあ、ね。いまだかつて、こんな風に俺と話してくれる女友達はいなかったし」


 俺の返事に、アリスが少し驚いた顔をする。


「ほんとに? わたしが初めて?」

「うん。この通り、余り整った顔立ちもしてないもんでね」


 自嘲気味に飛ばしたジョークに、アリスが小さく眉を吊り上げて俺の顔を両手で包み、じっと見つめる。

 向けられるまなざしは、どこか怒った風にも熱っぽい風にも感じられて、俺はただただ吸い込まれそうな青い瞳を黙って見ていた。

 なんて、きれいなんだろう。


「タキ君は、十分かっこいいよ?」

「そうかな?」

「わたしが保証する。他の誰がなんて言ってもね」


 そう微笑むアリスに、俺も軽く口角を上げる。

 自信のない部分を否定して、認めてもらえるというのは嬉しいものだ。


「もうちょっと、自信つけちゃう?」

「え?」


 アリスが、ゆっくりと顔を近づけてくる。

 目を閉じて、ゆっくりと。吐息が、かかるくらいに。


「……そこまで、です」


 聞き覚えのある声がして、俺とアリスはぎくりと固まる。

 ふと見れば、俺達のすぐそばにメアリー先輩が立っていた。


「アリス。抜け駆けは、ダメ。です」


 眉を吊り上げたメアリー先輩が、アリスの手を引いて部屋を出て行くのを、俺は唖然として見送るしかなかった。

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