第20話 迷宮研修

「それでは『迷宮ダンジョン研修』を実施する」 


 アケティ教官の言葉に、ざわつきは起きない。

 何故なら、今回はあらかじめ通知がなされていたからだ。


『入念かつ十全な準備を整えてくるように』

『あらかじめパーティを組むように』


 ……といった通知が数日前に出され、その時の方が大騒ぎだった。

 みんながみんな、俺達のように固定パーティを組んでいるわけではないのだ。

 教室で、寮の廊下で、食堂で勧誘や打診をする『冒険者科』の生徒を見かけたが、ついぞ俺のところには一人も来なかった。

 ゲルシュ先輩の流した噂が、未だに尾を引いているらしい。


「よっし、気合入れていくで! 選抜やなんやはどうでもええけど、単位はとらんとな」

「俺は迷宮ダンジョンとか初めてなんだ。お手柔らかに頼むよ」

「なんや大将、緊張せんでも大丈夫や。わいらやったらいけるいける」


 快活なバルクに引っ張られるようにして、俺の気持ちも少し上向く。

 一般の高校生男子が迷宮ダンジョンに挑むことなんて普通はないのだから、ここはいい経験ができると思って頑張ってみよう。


「ま、それなりに頑張るさ」

「おう。ほな、わいはちょっと離れるで。時間までには戻ってくるさかい」


 軽く手を振って、駆けていくバルク。

 あれはきっと、目当ての女子に向って走って行ったな。

 あんまり相手にされていないようだけど、アプローチは大切だ。


「作戦は、大丈夫? かな?」


 去ってゆくバルクの背中を微笑ましく見送っていると、装備の確認を終えたメアリー先輩が、俺の背を叩いた。

 今日もばっちりと忍び装束が決まっている猫人族フェルシーの先輩は、今回の『迷宮ダンジョン研修』で一番重要ともいえる役回りだ。


「メアリーが先行警戒をかけて、俺達は体力温存……だよな?」


 ──先行警戒。

 斥候役がパーティの先を行って、索敵、罠の発見・解除、進路確認などを行うことを指す言葉。


 迷宮というのは魔物が闊歩する危険な空間であると同時に罠や仕掛けが行く先を阻む。

 何が起こっても不思議ではない場所で、油断は禁物……というのは、アリスの言。

 そんな場所でパーティの目となり耳となり、先立って危険を排除するのが斥候役の『先行警戒』という訳だ。


「よく、できました。えらい、えらい」


 背伸びして俺の頭をなでるメアリー先輩。

 褒められて嬉しいが、相変わらずの距離感の近さに戸惑う。

 先日など、俺の部屋に潜んでいた。


 ……『迷宮ダンジョン研修』のことを話すついでだと言っていたが、アリスとのいい雰囲気を邪魔されてしまった。

 あのままなら──いけたかも知れなかったのに!

 キスだけじゃなくて、その先も!


「ダメ、です」

「なにが!?」

「ボクの前で、アリスのこと、考えてた、でしょ。えっち」

「なぜバレた……!」

「におい?」


 異世界の住民はにおいで思考を読む。

 これ、マメな。


「何してるの?」

「メアリーにダメだしされてた」

「え、タキ君の何がダメだっていうのよ?」


 新品の白い革鎧に身を包んだアリスが、小さく眉を吊り上げる。

 赤と白を基調にしたいでたちは、相変わらずセンスが良くてこのまま街にだって繰り出せそうだ。


「ボクに黙って、浮気、するとこ?」

「タキ君はメアリー先輩のじゃないでしょ!」

「いずれ、ボクのモノに、なる……!」


 なるのか。

 俺自身は特にそれを了解した記憶はないのだが。


「ならないもん!」

「なる……! 絶対に、して、みせる……!」


 メアリー先輩。

 何だか熱血系の主人公みたいなこと言ってるけど、恥ずかしいのでやめてください。

 これから『実践訓練』だってのに、気がそぞろになってしまいます。


「パーティ『メルクリウス』! 進入準備に入れ!」


 アリスとメアリー先輩がにらみ合う中、教官から集合がかけられる。

 教官の声を聞いたらしいバルクもダッシュで戻ってくるのが見えた。


 このタイミングで出発とは……正直助かった。


 ◆


「これが迷宮ダンジョンか……!」


 学園の一角に作られた石造りの建物。

 内部に入って少しばかり階段を下りると、そこはもう迷宮ダンジョンだった。

 床と天井は石造り、壁は煉瓦造りになっていて、内部は薄暗いながらにそれなりに見える。

 どうも、この壁の煉瓦がうっすらとした光を放っているようだ。


「あの扉を、開けたタイミングから、タイムが計られる、です」


 メアリー先輩が指さす先には、木製の扉が一つ。

 俺達がいるこの小部屋は、仮に『準備部屋』と呼ばれているそうだ。

 つまり、本番はあの扉を開けてから。


「扉を開けたら、ボクが先行する。合図をしたら、移動。これを守って、ね?」

「オーケーやで」

「了解。よろしくね、メアリー先輩」

「わかった」


 お互いにうなずき合って、扉の前まで移動する。


「それじゃ、いく」


 静かに扉を開けたメアリー先輩が、するりと音もなく通路を駆けていく。

 注意深く、それでいて素早く移動する先輩の姿はまさに忍者そのものだ。

 まさか、異世界に来て本物の忍者に出会うことになるとは。人生わからないものだ。


「先頭はわい、中央にアリス、殿が大将やったな。……ふと思ってんけど、殿は大将でええんか? 接近戦も一応できるアリスのが良くようないか?

「いざとなれば、多少の心得はある。それよりも唯一の魔法使いを守ったほうが建設的だろ?」

「そうかいね? まぁ、大将がそない決めたんならええか」


 バルクの心配ももっともだが、投石紐スリングは何も投げるだけが能ではない。

 古来のこれは、打撃武器でもあったのだ。

 もちろん、そのような使い方も父に教わっている。

 ……これまで、使う機会がなかっただけで。


「あ、メアリー先輩からの合図よ。行きましょ!」


 通路の奥で、メアリー先輩がカンテラを揺らしている。

 進行の合図だ。


「よし、行こう。ちょっとドキドキしてきたぞ」

「わたしも。初めてだし、慎重にいきましょ」

「せやな。でも、わいらにはメアリー先輩とアリスがおるから有利やで」

「確かに」


 通路をやや急ぎ足で歩きながら、俺はバルクに同意する。

 『冒険者科』に所属する人間は多種多様な技術や特技を所持しているものが多いが、最も数が多いのは『戦闘職』と呼ばれる者たちだ。

 魔物退治や護衛を請け負うことの多い冒険者にとって、最も求められるスキルでもあるためその数が多いのは当たり前と言える。

 しかし、そういった武力だけで冒険者はやっていられない。


 魔術の力で問題を解決する『魔術職』。

 奇跡や祈祷、魔法薬などで傷や病を癒す『癒手職』。

 先行警戒で危機管理を担う『斥候職。』


 ……など多彩な知識と技術を持った者が徒党パーティとなって、依頼に当たるのが冒険者というものなのだ。

 何事もパワーと暴力で解決できるものではない。


 ただ、これらの戦闘職以外の技術を持つ人間は、『冒険者科』においては少ない。

 魔術を極めたい者は『魔術科』に行くし、奇跡の力を得た者の多くは学園でなく神学校に行く。

 斥候職はそれらに比べれば多いとはいえ、やはり人数は少ない。


 そんな状況の中、『メルクリウス』には近接戦闘も可能な準魔術師と斥候がいるのだ。

 これを有利と言わずして何とする、という話である。


「罠は、ない。小型の疑似魔物モンスターは、不意を打って、排除。この先の部屋に、『居つき』がいる」

「『居つき』?」

「部屋を根城にする、魔物モンスター。ちょっと、手強そう、だった。通路は、その先」


 なるほど。

 迷宮ならではの専門用語も、今度覚えないとな。


「じゃあ、やっつけないとな。みんな、気合入れて行こう」


 俺の言葉に、仲間たちがうなずいた。

 

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