第18話 魔王の事はもう忘れよう

「魔王の、生まれ変わりかぁ……」


 親父と別れてカフェから寮に戻る道すがら、『野暮用』について考える。

 なんともまぁ、剣と魔法のファンタジーにぴったりな世界の危機なことだ。


 親父曰く、このレムサリアにはかつて魔王がいたらしい。

 魔族という強力な勢力をまとめ上げ、他種族の領域を塗りつぶさんとした極悪人。


 ──『魔王ルイス』。


 それは勇者パーティとやらに討伐され、魔王軍も散り散りになったそうなのだが……その魔王が、復活しちゃったらしい。

 ただ、完全復活という訳でなくその因子を受け継いだ者が、転生体として十数年前に生まれ落ちたというのだ。


 なんでそんなことがわかるかというと、情報源はある元魔王の側近。

 今は条件付きで人間側にされているとのことだが、その元側近によると「魔王の転生体はすでに生まれていることを、魔王軍は掴んでいる」とのこと。


 それでもって、その転生体とやらが……西の国ウェストランドに存在しているらしい。

 男か女か、種族は何かもわからず、わかっているのはおよその年齢だけ。

 それが、俺と同年代くらいなのだと。

 つまり、この学園にいる可能性もあるということだ。


 親父から頼まれた『野暮用』というのは、それだ。

 魔王というのは非常に強力な力を持った存在で、転生体であってもそれは変わらない。

 もし、学園にいれば何らかの片鱗を見せている可能性がある。


 それを、それとなく観察してほしいという事だった。

 もちろん、このことは、教師陣にも共有されてはいる。

 だが、学生という学生を全て秘密裏にチェックするのは困難きわまる。

 ──特に自立性を重んじるこの学園に於いては、学生側にも事情を知った監視者ウォッチャーがいたほうがいいだろう、というのが親父の言だった。


「ま、気楽にやるか。そこまでアテにされてるわけでもなし。ここにいるとも限らないしな」


 魔王の転生体くらい才能豊かなら学園にいたっておかしくはないが、西の国ウェストランドは広い。

 そう簡単に見つかりはしないだろう。

 親父は、上と協力して事件が起きた各地を調べて回ると言っていた。

 まぁ、居場所も告げられずに置き去りにされた二週間前よりはずっとマシだ。


 ……渡された生活費もあるし。


 これで少しばかり、豪遊しても構うまい。

 『メルクリウス』のみんなに飯でも奢るか。

 そんなことを考えながらダラダラ歩いていると、前からアリスが金の髪を揺らしながら走ってきた。

 美少女は何をしても様になるなぁ。


「おーい! タキ君!」

「悪い、待たせたか」

「ううん。迷ってないかと思って迎えに来たのよ」


 さすがにカフェから寮くらい一人で戻れるとも。

 だが、アリスと一緒に歩くのも悪くはない。

 というか、あのキャンプの夜以来……少し意識してしまっている自分がいる。


 我ながら青臭いことだと自嘲するが、こうも可憐な女の子に距離を詰められて平常心でいられるのは、ラノベの主人公くらいのものだ。


「お父さん、何だって?」

「なんだか、重要な仕事をしているみたいだった。昔から秘密主義な人だったけど、今日は輪をかけて秘密が多かったな」

「気にならないの?」

「気にしたって仕方ないさ。それに、俺は親父の事を信用してる」


 俺の言葉に、アリスがにこりとする。


「お父さんと、仲いいんだね」

「悪くはないさ。アリスは? なんだか、いいところのお嬢さんって聞いたけど」

「まぁねー。うちは迷宮伯だから。おかげであんまり会えないんだけど」


 手をぶらぶらさせて、歩くアリス。

 彼女から振られた話題とはいえ、余り踏み込むべき話題ではないのかもしれない。

 『迷宮伯』については、後で調べておこう。


「ま、おかげで好きなことできてるんだけど」

「そりゃよかった。でも、そうじゃなきゃアリスと出会えてなかったんだから、俺にとっちゃ幸運なことかも」

「なにそれ! うーん。でも……そだね。タキ君に会えたから、学園に来たのはわたしの選択はミスじゃないって思えるかも」


 この前向きさがアリスのいいところの一つだ。

 ころころと変わる表情にいつも振り回されるけど、そんな彼女はとてもかわいい。

 さりとて、恋だなんだと判断するにはまだ、時間が必要かもしれない。

 出会ってから、まだたったの二週間やそこらなのだ。


「次の『実践訓練』、楽しみね」


 やや強引に話題を変えたアリスが、俺を見上げる。

 不意打ち気味に青い瞳と目が合ってしまって、思わずどきりとしてしまった俺は、答えが遅れてしまった。


「楽しみじゃないの~?」

「いや、楽しみだよ。次は何をするのかな」

「今度は、迷宮ダンジョン研修だったはず」


 これはまた実にファンタジーみのある言葉が出てきた。

 もちろん、俺も大好物だ。


迷宮ダンジョンかー……やっぱり罠とかあるのかな」

「うん。疑似魔物モンスターと威力を落とした罠を使った研修施設が地下にあるんですって。元は本物の迷宮ダンジョンだったけど、制圧して今はただの地下迷路よ」

「そりゃ興味深い。それをクリアする訓練か」


 怪我の心配がないなら、アトラクションみたいなものだ。

 本場ファンタジー世界の迷宮ダンジョンをじっくりと楽しませてもらおう。


「聞いた話によると、予行演習みたい」

迷宮攻略ダンジョン・アタックの?」

「えっと、来月に『迷宮ダンジョンコン』があるでしょ?」

「……なにそれ?」


 初めて聞く単語すぎて、思わず目が点になる。

 なにコンだって?


「あー……なんか最近のタキ君ったら自然すぎて、この世界の人じゃないって忘れちゃいそうになるよ」

「そうかな? そうだといいんだけど。それで『迷宮ダンジョンコン』って?」

「えっと……隣のアルメリア王国で毎年ある、各国『冒険者科』で迷宮攻略を競う大会? みたいな感じ。正式名称は『迷宮攻略ダンジョン・アタック』コンテスト」

「そりゃ面白そうだな!」


 異世界ならでは、そして冒険者ならではの、なかなかぶっとんだ競技だ。

 ポップコーンを抱えて大画面で観戦したい。


「その選抜メンバーを決める予選みたいな感じかな」

「へぇ、じゃあその『迷宮ダンジョンコン』ルールで迷宮に挑むわけか」

「多分そうなると思う。あとで、詳しく教えるね」


 ふと気が付けば、俺達は部屋の前まで戻ってきていた。

 どうやら、おしゃべりに夢中になり過ぎたようだ。


「じゃあ、後で! わたし、少しシャワー浴びるから」

「ああ、また後で」


 軽く手を振って、お互いの部屋に入る。

 扉を閉めてから、俺はあることに気が付いてギクリと身体を固まらせた。


 ──この後、シャワーを浴びたアリスが部屋にくる……!?

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