第17話 色々衝撃的過ぎた

 『冒険者基本行動演習』をつつがなく終えてから一週間と少し。

 俺も学園生活に慣れて、少しずつこの世界に馴染んできた。


 買い物だって一人でできるし、迷わずに自室にだって帰ることができる。

 ……こう書くとまるで子供のようだけど、俺にとって未知の世界だったのだから子供とそう変わるまい。


 そんな、ある日のこと──突然、親父が学園に姿を現した。

 そう、俺のことを転移初日に放り出してくれたネグレクティブ・パパのことだ。

 午後の講義がなかったので、そのまま学園の一角にあるカフェに引っ張ってきたが、どうも親父殿は反省が足りない。


「いやー、すまんすまん。ちょっとしたサプライズだったんだ」

「サプライズですむか! 路頭に迷うところだったぞ! 説明もなく異世界に連れてきやがって!」

「怒るなよ。楽しいだろ? レムサリアは」


 そう図星をつかれて、思わずぐっと詰まる。

 確かにこの二週間あまりで、俺はすっかりのこの世界が好きになってしまっていた。


「まあ、それなりに」

「素直じゃない奴だな。──だが、よかった」


 少し優し気に目を細めた親父が、小さくうなずく。

 顔つきは以前より何処か精悍さがあって、よれよれのスーツでサラリーマンをしていた時の父よりも、なんだか頼もしい。


「お前がどうしてもダメそうなら、日本に帰そうとも思ってたんだが」

「え、帰れるの?」

「来れるんだから帰れるに決まってるだろ?」

「異世界転移のセオリー無視するのやめてもらえますかね!?」

「バカ、お前! 砂糖とか胡椒の転売チートやってる作品ヤツだってあるだろ!?」


 なんだって我が親父殿は、こんなに異世界系ラノベに詳しいのだろうか。

 異世界転移者のくせに。


「ま、それは置いといて……どうする。帰るか? 父さんはこの先ちょっと忙しくなる。次はいつになるかわからんぞ」

「ここにいるよ。ここには、俺の居場所があるから」

「そうか。わかった」


 大きくうなずいた父が小さなポーチを一つ、テーブルの上に出す。

 俺の拳ほどの大きさの、本当に小さなポーチだ。

 おそらく、これも魔法の鞄マジックバッグ


「これは?」

「お前に渡そうと思って忘れてた生活費」

「そうだった……ッ! その件に関しては許してないぞ!」


 俺が生活費に困らなかったのは、本当にただの偶然だ。

 偶然にデスコルバスに遭遇し、なりゆきにこれを討伐し、たまたまそれが冒険者の仕事として認知されたので、何とかなったのだ。

 もし、あの日にあの事件がなかったら、大変のことになっていた。

 ……いや、デスコルバスのことは十分に大変だったけど!


「だから悪かったって。すっかり忘れてたんだよ。でも、一人で何とかなってるんだろ? さすがは父さんの息子だ」

「雑に褒めんじゃないよ。まったく」

「そう言うな、ちゃんと色付けといたから。あと、『投射弾スリングバレット』もいくつか入れておいたぞ」

「……『投射弾スリングバレット』?」


 俺の質問に、父は懐から何かを取り出す。

 ピンポン玉ほどの大きさをした真球のそれは、さまざまな色で……不思議な紋様が描かれている。


「お前のことは、先生方から聞いた。第八級冒険者になったのもな」

「おかげでガラのわるい先輩に目を付けられて、この間はケンカになったよ」

「おお、青春してるな! 結構結構」


 恐ろしい暴力沙汰になった話は聞いてないのだろうか。

 まぁ、顛末を聞いたところでそれを咎める様な父ではないが。


「それで、これは?」

「お前が投石紐スリングを使ってると聞いてな、父さんの商売道具を分けてやろうと思って」

「商売道具って……親父も投石紐スリングで何かしてんの?」

「まぁな。それについては今は話せん」


 親父がこう言い切る時は、『聞かない方がいい事』だ。

 俺とて、聞き分けのいい息子であるつもりはないが、父がこのように言うことを無理やり聞き出して、得をした試しがない。


「話を戻すぞ? これは投石紐スリングで使う専用の弾なんだ」

「そんなものがあるのか……!」

「レムサリアにはある。というか父さんが頼んで作ってもらったんだ」


 父曰く。


 赤い弾は【火炎】。

 当てた場所を激しい炎で包む効果がある。


 白い弾は【氷結】。

 先ほどとは逆に、凍結させる力がある。


 黄色い弾は【電撃】。

 小型の雷が入っていて、感電させる。


 鈍色の弾は【斬裂】

 発射と同時に小さな刃を発生して、切り裂く。


 ……うーん。

 どれもこれも、ファンタジックでやばい。

 しかも、ずっとだ。


「ま、学生の護身としてはこの程度あれば十分だろ。それに、お前自身も強くなってるはずだしな」

「……それだよ。こっちに来てから、少しおかしい」

「おかしかないさ。それが、お前本来のポテンシャルなんだ」

「どういうこと?」


 俺の問いに、少し間を置いてから父が重たい空気で口を開く。


「お前、母さんのこと覚えてるか?」

「……雰囲気はうっすらと。でも、もういないんだろ?」

「いる」


「──は?」


 親父の言ってることの中で、今日一番意味不明な言葉だ。

 子どもの頃、何度聞いても教えてくれずにはぐらかされていたのに。

 いまさら「いる」なんて短い言葉で、何だってんだ。


「お前の母さんは、この世界の人間だ。だが、今は会えない。その事情は、まだ話せないんだが……」

「もしかして、今回の『転職』に関係ある──?」


 黙ってうなずく父。


「わかった。話せるようになったら、話してくれ」

「やけに物分かりがいいな?」

「俺だってもうお子様じゃない。何か事情があることくらいわかってるさ」


 父が男手一つで俺を育ててくれたことは確かで、俺が大して不自由しなかったというのも確かなことなのだ。

 その父が、何か『仕事』があるとレムサリアに来て、それが俺の母に絡んでいるといって、それを深くは追及しない。

 必要なら、親父はきっともう口にしている。


「手伝えることがあったら言ってよ。俺じゃ、頼りにならないかもだけどさ」

「お前が楽しくやってくれるのが一番の助けだ……と言いたいところだが、野暮用を頼んでもいいか?」


 父の少し真剣なまなざしに、俺は「もちろん」と首を縦に振った。



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