第16話 男同士の会話

「ほーん、なるほどな。親父さんについてこっちきたんか」


 ──夜。

 結局五匹の突撃羊チャージシープを仕留めた俺達は、ボーデン湖畔にある結界野営地でキャンプを張っていた。

 結界野営地は魔物が近寄りがたい結界が常時存在する比較的安全な場所になっていて、冒険者の野営は基本的にこういった場所でするのだという。


 ただ、魔物が絶対に侵入しないという確約があるわけでもなく、野盗なども防ぐことができないので、見張りは必要とのこと。

 なので、俺達は男女二交代制で夜の見張りを立てることにした。


 ちなみに、見張りはアリスとメアリー先輩が先にやったので、俺とバルクは後組。

 このまま朝まで見張りをして、学園に帰還する予定になっている。


「わいも学園都市に来て半年くらいやけど、もうだいぶ慣れたわ」

「俺も。この短期間でいろいろ起こりすぎて、慣れるしかなかった」


 バルクが俺のぼやきに軽く笑う。


「生活は何もかも変わったけど、俺はこっちの方が性に合ってる気がする」

「よかったやん。合わへんでしんどいよりはええで。にしても、何で急にこんな話したんや?」

「バルクの素性にちょっと踏み込んじゃったからさ」

「気にすんな言うたやん。そりゃあ、わいも故郷くにでは散々に言われて凹んだもんやけど……こっち来て考えが変わったわ」


 広がる星空を見上げて、バルクが小さく笑う。


「わしは、人間のサイズでドワーフの膂力が扱えるんや。つまり、鍛えたらどんなドワーフよりも強なる可能性がある。持てる武器だって、他のドワーフに比べたら多い。ドワーフは背が低いさかいな」

「確かに。バルクなら人間サイズの武器だって自由に使えるものな」


 コンプレックスを強みに変えたバルクに、少し眩しいものを感じる。

 俺はどうだろうか?

 なにか変わったりしたのだろうか?


「なぁ、話し全然変わるけど、大将は──」

「うん?」

「アリスとデキてるん?」


 突然の質問に、すすっていた紅茶を吹き出す。

 男同士の恋バナは、些か唐突がすぎないだろうか。


「いや、いやいや……俺、こっちに来てからまだ一週間だぞ?」

「それも、そうやな。なんかずっと友達やった感じするから、忘れてたわ。んでも、仲ええやん?」

「アリスには初日から仲良くしてもらってるよ。ずいぶん助けられてる」


 本当にこれは感謝しかない。

 自分で「まだ一週間」と言ったが、アリスがいなければこの一週間はなかったと思う。

 学園のこと、部屋のこと、生活のこと、それに『冒険者科』のこと。

 この世界に来てからの俺は、アリスなしには語れないことばかりだ。


「べっぴんやし、悪い気はせんねやろ? そこんとこどうなんや」

「え、えーっと……」


 俺のカップに新たな茶を注ぎ入れながら、バルクがちらりとこちらを見る。

 興味津々といった感情を隠しもしないな、お前は!


「まあ、それは……うん。でも、わからないんだよね、実際。故郷での俺は、女の子と話すこともあまりなかったし。アリスみたいな距離感で付き合ってくれる女友達は初めてで、ちょっとびっくりしてる」

「距離感近い言うたら、メアリー先輩も大将にべったりやもんな。羨ましい限りやで」

「メアリー先輩は、俺も本当になんでだかわからない……」


 メアリー先輩との付き合いはさらに短い。

 それに俺は初年次生で、先輩は二年次生。接点が多いという訳ではない。


「メアリー先輩は猫人族フェルシーやさかいな」

「?」


 いま、バルクが何か『常識』を語った気がするが、俺にはわからない。

 ううむ、アリスは寝てるし……どうすれば。


「ん? その顔はわかってない顔やな。故郷くに猫人族フェルシーはおらんかったんか?」

「俺の故郷は人間族しかいない感じだったかな」

「なんや、えらい歪んだとこに住んでたんやな……」


 バルクの言葉に、苦笑を返すしかない。

 確かに、このレムサリアに比べれば、地球は多様性が些か足りない気がする。


「それで、メアリー先輩が猫人族フェルシーだから何だって?」

「ああ。猫人族フェルシーはなんちゅーか、ちょっと惚れっぽいんや」

「そうなの?」

「いや、ちょい語弊があるか。猫人族フェルシーにはなんや言う特別な感覚があるらしゅうてな、それにピンとくると運命を感じるらしいで。しらんけど」


 鵜呑みにしていいものか迷う情報だ。

 かと言ってメアリー先輩に面と向かって確認する勇気もないので、このことは忘れることにしよう。


「ま、モテるんはええことや。男があがる」

「男があがる?」

「ドワーフは一夫多妻制やからな。優れた男が、たくさんの女を娶るんや。守るもんが多いほど男は強くなるから、ますますモテるって構図やな」


 なんて単純明快で残酷なシステムなんだ!

 いや、まぁ……イケメンばかりがモテるのは日本も同じか。


「大将は人間族やから、そんな事もないんかなぁ」

「まぁ、守るものがたくさんあればそれだけ強くならなきゃってのは、俺にもわかるよ」

「十分強いけどな、大将は。今日かて、一人で三匹仕留めてるし」

「自分でも驚いてるよ、こんな才能があったなんて」


 右手を見て、呟くように答える。

 投石紐スリングを長年使っていたことによる、独特のタコがある俺の手。

 日本では投石機射撃スリングスローなんて、競技にもならないマイナーな『遊び』だけど、俺にとっては大切な父親との絆だった。

 それが、この世界でみんなの役に立っていることがなんだか誇らしい。


「そんで、大将……どっちが好みなんや?」

「まだ続けるの!?」

「暇やし、ここで男同士の交友を深めとこうや」


 からからと笑うバルクだったが、その顔が徐々に凍り付く。


「どうした、バルク?」

「ちゃ、ちゃうねん……」


 何が違うのだろうか?


「どっちが」

「好み、です?」


 背後に気配を感じたのは、柔らかな衝撃があってからだ。

 寝間着代わりの短いチュニックを着たアリスとメアリー先輩が、俺に後ろから抱きついている。


「起きてたの!?」

「さっき目が覚めたのよ。楽しそうだったから、ね?」

「ボクは、忍者、なので?」


 背後の圧がすごい。

 完全にバックアタックを仕掛けられた俺はバルクを窺うが、長身ドワーフは小さく首を振って応えるだけ。

 話を振ったのはお前だろうに!


「どこから聞いて……」

「『この短期間でいろいろ起こりすぎて、慣れるしかなかった』あたりから?」

「ほぼ最初からじゃないか……!」


 ずっと聞き耳を立てられていたなんて、しくじった。


「それ、で? ボクとアリス……」

「……どっちが、好みなのかなー? ──タキ君は」


 両耳元でささやかれ、俺は固まる。

 だから仕方なく、俺は当たり障りのない答えを口にした。


「二人とも好きだよ、俺は──もちろん、仲間として」

「……」

「……」


 一瞬の沈黙の後、二人は俺の前に回り込む。

 そしてジト目で、こう言った。


「その答えはずるい!」

「逃げは、よく、ない」


 残念ながら誤魔化せなかった俺は、そのまましばらく説教を受ける羽目になった。

 そして、朝が来る頃……ようやく解放された俺は、バルクをちらりと睨む。


「モテる男はつらいで。ガハハハ」


 発端となった友人は悪びれた様子もなくそう笑うのだった。


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