第15話 冒険者の学校らしくなってきた!

「諸君、本日の『実践訓練』は冒険者基本行動演習である」


 背筋とびしっと伸ばしたアケティ教官の横には、移動式の簡易掲示板が立てられており、そこには付箋のような物がびっしりとピン止めされていた。


「この簡易掲示板には、学内、都市内、郊外それぞれの疑似依頼が貼られている。諸君らはパーティを申請し、一人一つ受ける依頼を選定し、それらを達成せよ。制限時間は今この時間から、明日の夕刻までである」


 アケティ教官の声に、ざわつく初年次生徒と落ち着いた様子の二年次生生徒。

 俺達は事前にメアリー先輩から聞いていたので落ち着いたものだったが。


「速攻で動いて、いい依頼を選ぶわよ」

「ああ。俺はアケティ教官にパーティを申請してくる」


 アリスに頷いて、俺はアケティ教官に駆け寄る。

 まだ、他の生徒は動いていないようだ。


「む、ネヤガワか。パーティを申請するのか?」

「はい。パーティ名は『メルクリウス』。メンバーは俺とアリス、バルク、それにメアリー先輩です」

「承知した。では『メルクリウス』、行動を開始したまえ」


 教官に頭を下げて、俺は生徒が殺到する掲示板へと向かう。

 そこでは、アリスとバルクがもみくちゃにされていて、なかなかの混乱っぷりだった。


「アリス、大丈夫?」

「うん。バルクと二人で、予定通りのを確保したわ!」


 アリスの手には、四枚の依頼用紙が掴まれていた。

 よし、予定通りだ。

 メアリー先輩曰く、この冒険者基本行動演習にはちょっとしたコツがあって、同じ目的地かつ、同時に進行できる依頼が好ましいとのこと。

 なので、休息日に出かけた際、事前に相談して決めておいたのだ。


「演習場所は郊外、目標は突撃羊チャージシープの角の納品、肉の納品、毛皮の納品──それと、ボーデン湖でキャンプ一泊!」

「さすが! ナイスだアリス!」


 予定通りのパーフェクトな動きに、思わずアリスと抱擁を交わす。

 柔らかな感触が胸に触れてから、俺はここが公の場所だということを思い出すに至った。

 視線が痛い。


「ほれ、イチャついとらんで行くで。メアリー先輩が待っとる」

「いちゃついてなんか……! でも、急ごう。アリス、バルク」

「うん。いくわよ!」

「腕が鳴るで!」


 いまだ依頼獲得と目的地に合わせたパーティ結成でもたつく同級生たちを横目に見ながら、その横を駆け抜ける。

 メアリー先輩は、すでに準備を整えて都市外への外出許可を門衛に取りつけているころだ。


 本来、この冒険者基本行動演習というのは、相当に意地悪な課題であるらしい。

 初見の初年次生が単位を獲得するのは相当な困難を極める課題で、いわば『始まる前から始まっている』タイプの課題。

 あらかじめ、入念な準備が必要なのだ。

 俺達にはメアリー先輩がいたので問題なかったが。


「きた、ね。外出許可、とってある、よ」

「さっすがメアリー先輩!」

「ふっふっふ」


 アリスとメアリー先輩がじゃれつく様子がかわいい。

 スマホ、何とか充電できないだろうか。

 この瞬間を、写真に収めたい……!


 おっと、欲望全開の思考をしてる場合ではなかった。

 つつがなく依頼をこなさないと。


「よし、いこう。安全に、確実に」

「うん。ここまで順調だし、頑張ろう!」

「いけるやろ。さっさと終わらせるで!」

「大丈夫、ボクが、ついてる」


 四人でうなずき合ってから、学園都市の城門を出る。

 依頼内容から、見つけて倒さなくてはいけない突撃羊チャージシープの数は、三匹。

 前回の『実践訓練』で討伐された突撃羊チャージシープが六匹という事なので、ボーデン湖に到達するまで、注意深く探せば見つけられるはずだ。


「日が落ちるまでに、ボーデン湖の結界野営地まで移動しよう。突撃羊チャージシープは最悪、明日の帰りに確保してもいいから」

「ふふっ」


 俺の確認の言葉に、隣を歩いていたアリスが小さく笑う。

 あれ……もしかして俺ったら、また何か素っ頓狂なことを言ってしまったのだろうか?


「タキ君が、ちゃんとリーダーしてる」

「え、あー……ごめん。ウザかったか?」

「マイナス思考すぎ! かっこいいなって事! あんなに驚いてたのに、ちゃんとリーダーしてるんだもの、びっくりするじゃない?」


 そうアリスが笑うので、俺も思わずつられて笑う。


「ちょっと慣れたかも。このヘンテコな場所に」

「ヘンテコなのはタキ君だよ。ね。みんな?」

「タキは、ちょっと、ヘンテコ」

「わいはコメントを差し控えるで。タキがへんてこなのは認めるけどな」

「差し控えてないじゃん……!」

「ええツッコミや。ドワーフ都市でもやっていけるんちゃうか」


 からからと笑うバルクに俺は少し首をかしげる。


「その関西弁ってドワーフ訛りなの?」

「カンサイベンはようわからんけど、わいのはドワーフ訛りやな。なんせ、わいはドワーフやし」


 衝撃の事実判明。

 しかし、どうも俺の知ってるドワーフとバルクは随分と乖離がある。

 ずんぐりむっくりでひげもじゃで……というのが一般的なドワーフ像だし、午前講義のクラスメートにだって、そういうドワーフがいる。

 バルクは背も俺より高いし、どちらかというと角のない鬼人オーガーみたいだ。


「ん? さてはわいがドワーフらしくないと思ってやろ?」

「……はい」

「正直モンは好感度高いで! わいは、突然変異なんや。まあ、それで故郷を追い出されたおんだされたんやけどな! ガハハハ」


 はつらつと語りにくそうなことを口にするバルク。

 無理してる様子も、悲しそうな様子もないが……些か踏み込み過ぎた気がしないでもない。


「何や、引かんでもええがな。おかげで人間族と勘違いしてもらえるから、気楽なもんやで」

「そういうもん?」

「そういうもんや。学園都市に来てからの方が肩ひじ張らんでええから楽やわ」


 そう話すバルクを見て、俺はどうかと考える。

 さっき、アリスに「ちゃんとリーダーしてる」と言われた俺は。


「だから、大将。あんさんも、もうちょい肩の力ぬきーや」

「……そうだな。善処するよ」


 軽く笑って見せて、俺はうなずく。


「お、そうも言ってられんで。最初の羊発見や」

「言ったそばから! 肩の力が抜けない! まずは俺が牽制するから三人とも、頼んだぞ!」


 すでにこちらを見つけて足を踏み鳴らす突撃羊チャージシープに向けて、俺は投石紐スリングを回転させる。

 発射された石ころは、見事に突撃羊チャージシープの頭を粉々にカチ割り、武器を抜いた仲間たちをすっかり脱力させるのであった。

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