第14話 パーティ名、決定!

 夕暮れまで学園都市観光を楽しんだ翌日。

 やや、けだるい雰囲気で始まったその日は(異世界でも月曜日という概念が存在するのかもしれない)、ややスキャンダラスなスタートで迎えた。

 学生寮の学内掲示板に、生徒数名の謹慎処分が告知されたためである。


 俺とアリスを襲撃してきた先輩A、先輩B、先輩Cは二週間の謹慎。

 そして、ゲルシュ先輩は一ヶ月の謹慎及び半年間のボランティア活動。


 細かくは違うが、日本の学校風に言うと『停学』に似たものらしい。

 その間は午前も午後も講義に参加できず、当然、その間に行われた講義に関しては単位を取得できない。

 それが卒業に致命的になることは少ないものの、手痛い経歴となるのは確かなようで、卒業時に発行される卒業証明書にはしっかりと賞罰の旨が記載されてしまう。

 つまり、場合によっては選べない進路も出てくる可能性があるのだ。


 アリス曰く、「『冒険者科』だと上級ギルド職員試験は受けられないわね」とのこと。


 ちなみに処分理由は先輩A-Cは『学園内における暴力行為および恫喝』、ゲルシュ先輩は『事実と異なる虚偽の流布および扇動』となっていて、ゲルシュ先輩のペナルティの方が重い。

 しかし、それには深い理由がある。


 『冒険者科』という風土、若さ、そして人種や種族の坩堝となっている学園であれば些細なことから暴力沙汰など起きて当たり前だ。

 平和な日本でだって、そう言った事件はときおり起きる。


 しかし、ゲルシュ先輩アマチュアが資格持ちであるプロに対して、手柄を横取りすべく風聞を吹聴して先導するというのは、些か問題が大きすぎたのだ。

 プロの冒険者になった時、それは時に大きな混乱をもたらして被害を拡大する危険性がある。

 今回のことだって、不満がたまっていたとはいえゲルシュ先輩に原因があるといっても過言ではない。


 そういったことを加味して、彼の処分は重くなってしまった。

 卒業後も影響を及ぼす可能性がある処分内容なので、自業自得とはいえ些か同情の念を禁じ得ない。


「しかし、処分がスピーディーだな……」

「ええことやん。これで鬱陶しい噂話も聞かんで済むんやし」

「まあ、そうだな」


 朝食を食みながらそう相槌を打つものの、周囲の視線は簡単には変わらない。

 今回の事は別の噂となって、俺への近寄りがたさと憶測を加速させただけのように思う。

 一度沁みついた悪評というのは、なかなか拭えないものだ。

 それが事実と異なっていたとしても。


「もう、そんな話よりも今日の『実践訓練』のことを考えましょ」

「せやな。結局……パーティ名は決まったんか?」

「うーん。いろいろ考えたんだけど、思いつかなくて。何かいい案があれば教えてくれない?」


 俺の提案に、二人が首をひねる。

 なかなかいい案が浮かばぬまま、唸っていると俺の隣にすとんと誰かが腰を下ろした。

 部屋着姿のメアリー先輩である。


「おはよう。なに、してるの?」

「パーティの名前が決まらなくって、みんなで案を練ってるところです」

「『メルクリウス』……とか?」


 すぱりと軽やかに出たメアリー先輩の発案に、アリスとバルクが目を見開く。

 俺としては、何処かで聞いたことがあるような、ない様な……と首をかしげてしまったが。


「ああ~……悔しい! その手があったかぁー!」

「ええやん、ピッタリや。さすがはメアリー先輩やで!」

「ふっふっふ」


 満足げに独特の笑い方をしたメアリー先輩が、俺に腕を絡ませる。


「これで、タキは、ボクのもの……!」

「そういうゲームでしたっけ!?」

「ちがった、か」


 くすくす笑いながら、離れるメアリー先輩。

 この人はなんだか不思議な距離感の人で、俺の中で印象がころころ変わる。

 先輩らしいかと思えば、何処か姉のようでもあり、かと思ったら甘え上手な妹にも見えて、幼馴染のような気安さもある。


「ところで、メルクリウスって?」

「神話上の英雄の名前なの。〝長い腕のルー・メルクリウス〟。虹の投石紐スリングを使って〝邪眼の魔王バロール〟を倒したって逸話があって、タキ君にぴったり」

「タキの投石紐スリング射撃は、ほんまに神がかっとるしな」


 褒められると悪い気はしないが、そんな大仰なパーティ名をつけてもいいんだろうかという不安もある。

 だが、迷いに迷ってる中、せっかく出た安打という葛藤もあるので……迷う。


「いい、思うよ? タキのパーティに、ぴったり」

「うん。わたし、それがいいな」

「ほな、決まりやで!」


 みんながいいなら、いいか。

 俺だって、みんなが納得できる名前の方がいい。


「じゃあ、午後の時にそれで申請するよ。メアリー先輩もそれでいい?」

「また、先輩、ついてる。タキは、学習しない、です」

「周囲の目があるからさ……」


 俺の立場というのは『生意気な特別扱いの転校生』なわけで、先輩までおざなりにしていると思われるのは、少し良くない気がする。

 メアリー先輩にだって迷惑が掛かってしまうかもしれないし。


「じゃ、二人きりの時は、ね」

「……!」


 突然、耳元でそう囁かれて俺は背筋がピンと伸びてしまう。


 二人きり?

 二人きりってなんだ!?

 先輩と、二人きり……!?


 ──ふた、り?


「タキ君! 鼻の下が伸びてるわよ!」

「はっ……!? ち、違うんだ、アリス」

「何が違うのよ! タキ君のバカ!」


 慌てて否定するが、後の祭り。

 アリスは頬を膨らませているし、メアリー先輩はしてやったりと含み笑いしているし、バルクは我関せずと飯を食っていた。


「大将はモテモテでよろしいな。さぁ、気乗りせん午前講義に行こか」

「ほんと、気乗りしないわ……」

「いって、らっしゃい。ボクは午前講義、休講だから、もうひと眠り、する」

「「うらやましい」」


 アリスとバルクの声が重なる。

 ふーむ、どうしてそこまで座学が嫌いなのだろうか。

 俺としては、今のところ非常に楽しく講義に参加しているが。

 知らないことばかりで、どの時間も興味が尽きない。


「そういえば、大将は座学が得意やんな? 故郷でも頭よかったんか?」

「どうかな? そんなにじゃなかったけど……」


 日本では中の上くらいの成績だった。


 このレムサリア世界が学力的には少し遅れているように思う。

 例えば、二人が不得意な算術はおよそ基本的な四則演算──つまり、小学生レベルのものだし、言語の講義も読み書きが中心で、『生活にあまり困らない』ことに重点が置かれてる感じは強い。

 二年次や別科の午後講義ではもっと専門的なことをするのかもしれないが。


「ねえ、タキ君。算術のレポート手伝ってよ。ちんぷんかんぷんなの……」

「いいとも。さ、とりあえず行こう。メアリー先輩、また後で!」

「うん。午後は、一緒、だね」


 本日の午後講義『実践訓練』は、また二年次生と合同なので、パーティ『メルクリウス』の初活動となる。

 そう考えると、少しばかり心が高揚しないでもない。

 俺もこの世界に、随分と慣れてきたという事だろうか。

 最初、親父に置き去りにされた時はどうなるものかと思ったが、意外にやれてることに驚く。


 ……そう言えば、その親父殿はどこで何をしているのだろうか?

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