第12話 そういうのは卒業したんだ、俺…
しなった
慣れれば、こういう風にも使えるというのは父に教わった護身術の一つだ。
「うぐぁっ」
出血する右目を抑えながらうずくまる先輩Aからアリスをかばいながら距離をとって、俺は腰のポーチから鉄礫を取り出す。
「半径20m以内なら、狙いは外しません。念の為に尋ねますけど……
「てめ……調子乗んなよ!」
激昂して小型のナイフを抜いた先輩Bに向けて、俺は鉄礫を発射する。
長距離なら回転を利用するところだけど、この短距離ならオーバースローで一瞬だ。
放たれた鉄礫は、先輩Bのナイフに直撃してそれを叩き折り、ついでに指の骨もへし折った。
「次は、頭を吹き飛ばします」
「ヒェ……」
小さく悲鳴を上げた先輩Cが、目の前から逃げ去る。
それにつられて、先輩Bも右手を押さえて走り去った。
残されたのは、目に傷を負ってうずくまったままの先輩Aだ。
……さて、どうしてくれようか。
「タキ君、もう十分だから!」
「そう? 俺達を積極的にどうこうしようって人だし、ここで徹底的に反撃しておいた方がよくない?」
これは、俺の人生の教訓だ。
こういった類の人間の多くは、穏便に済ませようとこちらが気を遣うと自分に正当性があると勘違いすることが多い。
ここで指す『正当性』とは『好きに暴力をふるっていい権利』だとか『相手の人生を考えなくていい権利』とかで、対象者の人権を無視するという正しさのことだ。
そんな正しさ、ありはしないのだけど。
さりとて、暴力による成功体験を得ると、彼等は
そのことを俺はよく知っているからこそ、ここで徹底抗戦しておきたい。
もしかすると、ただの八つ当たりなのかもしれないけど。
「オレの、オレの目が……」
「早いところ治療した方がいいですよ。手遅れにならないうちに」
「てめぇのせいで……てめぇがッ! オレが何したってんだよ!?」
何を言ってるんだろう、この人は。
自分から暴力を利用した脅しを行っておいて。
まさか、俺の投石紐の先端が脳にまで届いてしまったのだろうか?
「先輩。先に手を出して来たのはあなたですよ? アリスをさらうとも言いましたよね?」
「それは──お前らをちょっと反省させて……」
「なまっちろいこと言ってんじゃねぇぞ、クソが。頭にゴミでも詰まってんのか?」
おっと、思わず汚い言葉が出てしまった。
よくない、よくない。そういうのは卒業したんだ、俺は。
小さく深呼吸して、俺は先輩に語りかける。
「俺のことを悪く言うのはいいです。暴力を向けるのだって、まぁいいでしょう。でも、アリスを巻き込むのはよくない」
「お前が、お前が悪いんだろうが! 不正で資格を手に入れたって……」
「誤解です。文句があるんなら、校長か冒険者ギルドに直談判すればいいじゃないですか。──押し付けてきたのはあの人たちなんですから」
自分で言っておいて、少し腹が立ってきた。
こんなものを初日にさらっと渡されたばかりにこんなトラブルに巻き込まれるのだ。
何かしら理由をつけてと断っておけばよかったと後悔している。
「ゲルシュが言ってたんだよ! お前は反論しなかったじゃねぇか……!」
「妄言に呆れてただけですよ。少し考えればわかるでしょ?」
いや……それについて少しも考えなかったか、あるいはまったくわからなかったので、この人はいまこんな目に遭ってるわけだが。
そう思えば、この人もゲルシュ先輩の被害者と言えなくもない。
少しばかり哀れにもなってきた。
もう、いいか。
「とにかく、保健部にどうぞ。あと、今後は俺達に関わらないでください。次はありませんから」
「……」
「行こう、アリス。時間に遅れる」
「う、うん……」
アリスの手を引いて、階段を上る。
先輩Aに背後を見せるのは少しばかり緊張もあったが、ショックを受けたらしい彼は黙りこくったままその場から動かなかった。
このまま反省なりしてくれればいいと思う。
しかし、同時に「次はない」とも忠告した。
仏の顔は三度まであるそうだけど、俺の顔に二度目の慈悲はない。
「ごめん、アリス。巻き込んじゃって」
「ううん。タキ君のせいじゃないし。でも、さっきのタキ君はちょっと、驚いたかな」
「頭に血が上っちゃって。忘れてくれ……」
そうぼやく俺の顔をアリスが両手で包む。
「ちょっと、無理してるでしょ?」
「……ちょっとだけ。嫌なことを思い出したからかも」
「聞いていいこと?」
アリスの問いに、俺は一瞬詰まる。
出会って数日の彼女に打ち明けるには、少し踏み込んだ内容かもしれない、と思ったのだ。
だが、今日の俺の態度や口調は彼女にとって奇異に映っただろう。
友人として、話しておくべきかもしれないとも思う。
「ちょっと考えさせて。あまり、楽しい話じゃないから」
「わかった。でも、タキ君……覚えておいてね。わたしは、タキ君の味方なんだって」
「ありがとう、アリス」
「ハグしたげる!」
泣きそうになった俺の頭を、アリスが抱き込んでくれる。
いい匂いがして、柔らかくて、温かい。
おかげで、俺は心の奥から這い上がってきそうになった重苦しい思い出を、奥底に再びしまい込むことができた。
「ん? お二人さん、なんで往来で抱き合ってるんや?」
「バ、バルク……! これは違ってね! いろいろあったのよ」
「ほーん? まぁ、目立つから乳繰り合うんは部屋でやったほうがええで」
気の抜けたバルクの声に、俺はアリスに胸に顔をうずめたまま笑ってしまう。
「もう、タキ君まで! ハグ終わり! ほら、早く準備に戻るわよ」
「そうしよう。あ、でも……さっきのことは、誰かに報告しておいた方がいいのかな?」
「何かあったんか?」
「実は──」
俺達の説明に、徐々に眉を吊り上げていくバルク。
聞き終わったときには、もうすごい顔になってた。
「なんや、そいつら……おう、今から〆に行くで……!」
「もう終わったことだからいいんだよ、バルク。でも、次があったら助けてくれ」
「当たり前や、任せとけ。奥歯ガタつくまでしばいたるわ」
そう力強いポーズをとるバルクに、軽く笑って頷く。
実に頼りになりそうだ。
「ほらほら、もう面倒なことは忘れて……今日はいっぱい遊びましょ!」
笑顔のアリスに背中を押されて、俺は自室へと足を進めるのであった。
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