第11話 あかん。それはなんかあかん気がする

 波乱の『実践訓練』から三日。

 異世界の学園生活にもややこなれてきた俺だったが、別の問題が顕在化し始めた。

 そう、アンチの出現だ。


 こんな風に言うとまるで俺が著名人になってしまったかのような話で語弊があるが、この世界に来て一週間もたたないうちに俺は一部の人間に酷く嫌われてしまったようだ。


 とてもショックだ。

 もしこれで、アリスやバルク、メアリー先輩がいなければ不登校になってしまったかもしれない。

 ……学園内に住んでるのに不登校というのもおかしな話であるが。


 それで、だ。

 その急先鋒というか中心人物というのが、ゲルシュ先輩である。

 曰く、「タキ・ネヤガワは親の七光りの特別待遇で冒険者資格を得た。不正だ」という話を吹聴して回っている様で、先日の吸血山羊バンパイアゴートについても、「オレが単独で撃破した。タキ・ネヤガワは後から来て手柄を横取りした」と主張している。


 季節外れに現れた謎の転校生が、初日に特例で冒険者資格を取得した……という噂は、それなりに知られているようで、成績不振な生徒を中心にゲルシュ先輩の与太話は広まりを見せているらしい。


 ……どうにも厄介な話だ。

 そもそも、なんだって俺はあの先輩にそこまで嫌われてるんだ?


「どう、したの? 調子、悪い?」


 朝食を食みながらため息を吐く俺を心配してか、もう一人の先輩──メアリー先輩がこちらを覗き込むようにしてみる。

 どこか日本人っぽい顔つきのメアリー先輩は、目にするとなんだか安心するタイプの美少女だ。


「最近、どうもまわりの視線がトゲついてて」

「よし、よし」


 小さく苦笑しながら、俺の頭を撫でやるメアリー先輩。

 なかなかの深いママみを感じて、心が安らぐ。


「タキは、目立つ、から」

「俺ってそんな目立つのかな? 自分じゃ、そんなつもりないんだけどなぁ……」

「結果を、出してるから。みんな、タキが、羨ましいの、かも?」


 羨ましいといわれても、俺ったらなりゆきに流されてるだけなのに。

 異世界学園に転校というだけでもお腹いっぱいなんだから、せめて穏やかに過ごさせてほしい。


「あー、いた! タキ君ったら起こしに来てよ!」

「アリス。俺の故郷では女の子の部屋に気軽に踏み込んではならないという、法律おきてがあるんだ」

「友達なんだから気にしないわよ。それより、わたしを置いてメアリー先輩と一緒なんて……先輩、ずるいですよ!」

「んっふっふ。早い者勝ち、です」


 俺の隣に腰を下ろすアリスが、頬を膨らませて俺に向き直る。

 怒っていてもアリスは可愛いなぁ。

 美少女というのはすごい。何をしていても様になる。


「明日は、起こしに来てね」

「前向きに検討し、善処します」

「それ、絶対起こしに来てくれないヤツでしょ……」


 しょんぼりするアリスに、俺は少し笑う。


「ノックくらいはするさ。それでいい?」

「えー、起こしに来てよー。お願い」

「大将、おはようさん。朝からようさん目立っとるな」


 はす向かい、メアリー先輩の隣に大盛りのパンと共に腰を下ろしたのは、バルクだ。


「おはよう、バルク。例の噂でね」

「けったいな話やで。タキのことを何も知らんくせに」


 そう眉を顰めてくれるバルクがいるから、俺は「困ったなぁ」なんて苦笑ですんでいる。

 ありがたいことだ。


「んで、今日はどないするん?」

「ん? どういうこと?」


 首をひねる俺に、三人が顔を見合わせる。


「いや、今日は休息日やろ? タキ連れてどっか行くんかなって」

「日曜日みたいなもの?」

「タキ君の故郷ではそう言うんだね」


 一瞬「しまった」と思ったが、アリスのアシストで事なきを得た。

 やはり事情を知るアリスがいてくれないといろいろ危険だな、うん。


「学園都市、案内は、どう?」

「ありがたいかも。俺、こっちに来てからあんまり学園の外にも出てないし」

「じゃあ、決まりね! 今日は四人で出かけましょ」

「せやな。パーティリーダーには、いろいろ知っといてもらわないかんし」


 満場一致で今日の予定が決まった。

 しかし、異世界にも定休日があるなんて少しばかり驚いた。

 もしかすると、思ったよりも近代的な思想であるのかもしれない。


「そういえば、タキ君。パーティ名は決めたの?」


 思い出したように、話題を振ってくるアリスに俺は首を振る。


「決まってない……。パーティ『ネヤガワ』じゃダメなのか?」

「うーん、エキゾチックな響きでそれも嫌いじゃないけど。何か意味のある言葉を込めたほうがいいかと思って」


 アリスの言葉に「なるほど」と俺はうなずく。

 このままでは『田中班』とか『佐藤班』みたいな感じで、ちょっと味気ないものな。


「それじゃあ、メアリー先輩が幸運の四枚目ってことで『クローバー』はど──……」

「あかんで、大将」


 バルクが俺の肩を掴んで、こちらをじっと見る。


「あかんのか?」

「あかん。それはなんかあかん気がする。別の名前にしよか」


 ちょうど四人だし、いい案だと思ったのだがなんだか強い意志で以てダメ出しをされてしまった。


「うーん。何とか考えてみるよ。案内してもらってるうちに、何か閃くかもしれないし」

「そうだね。それじゃ、三十分後に玄関ホールで待ち合わせましょ」

「大急ぎで食って行くわ」


 立ち上がる俺達にバルクが軽く手を振って応える。

 あの量を平らげて、準備してって……あいつは三十分で足りるのだろうか?

 まぁ、少し遅れたところで気にすまい。急に決まったことだし。


「じゃ、ボクは、こっちだから。また、後で、です」

「バルクがああだし、少しゆっくりでもいいよ」

「ん。了解」


 メアリー先輩に軽く手を振って別れる。

 その様子を隣で見ていたアリスが、小さくむくれた表情をのぞかせる。


「メアリー先輩と仲良すぎない? タキ君」

「そうかな?」

「そんな気がする……! 一番の友達はわたしなんだからね?」

「もちろん。アリスは、レムサリアでできた俺の最初の友達だもんな。頼りにしてるさ」

「そういうんじゃ、ないんだけどなぁ」


 何か返答を誤ったらしい俺に、アリスが眉尻を下げて苦笑する。

 そもそも、俺ってやつはこれまで女子とあまり接点を持たなかった──もとい、持てなかった人間なので、女心というものへの理解が圧倒的に不足している。

 この優しい友人に、どう接したらいいのかいまだに距離感が掴めないでいるのだ。


「アリス、その……ごめん」

「もう、なに謝ってるのよ。気にしないで」


 アリスが笑いながら俺の手を取る。

 その柔らかさに、少しどきりとしながら俺は彼女に向き直った。


「すごく感謝してるんだ。これだけは、アリスに──」


 そこまで言ったところで、背中に強めの衝撃。

 たたらを踏んだ勢いでアリスを抱え込み、数歩よろついたところで後ろを振り向くと見知らぬ顔の生徒が三人いた。

 制服につける印章からしておそらく二年次生。


「ちょっと! あんたたち何するのよ!」

「おい、ちょっと顔貸せや不正野郎」


 不正野郎とはもしかして俺のことだろうか?

 何とも不名誉な呼ばれ方に、思わずがっかりと肩を落とす。


「待ち合わせがあるので、何か用事ならここで聞きますけど」

「は? なめてんのか? お前の予定なんて関係ねーし。来いっつったら来るんだよ!」

「チャラチャラ女といちゃつきやがって。それでどうせそいつもお前と一緒で甘い汁吸ってんだろ?」

「おい、その女ごと連れて行こうぜ。不正野郎には勿体ねぇ」


 少しばかりカチンと来た。

 俺のことをどうこう言うのは、いい。

 事実として、俺は初日に諸事情でいろいろなところをすっ飛ばして、ある意味では不正じみた特別待遇を受けてしまったことは認める。

 だが、アリスを侮辱するのは……ちょっと許せないな!


「アリス、先に部屋に戻ってて」

「タキ君?」

「少し話をしてくる。……それでいいですか?」

「は? なに仕切ってんだ、テメェは。もう一発、蹴りが欲しいってか?」


 ガラの悪い先輩Aが動いた瞬間、俺は腰の投石紐スリングを抜き放った。

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