第7話 脱皮直後だったに違いない

「二人とも、ストップ。あれ、魔物モンスターじゃないか?」


 街道を少し進んだところで、俺はアリスとバルクを止める。

 かなり遠いが、草原地帯の先に白い点がポツリと見えた。

 野生の山羊か羊かと思ったが、それにしては大きすぎる。


「目ぇいいんやな。わいにはわからんわ」

「うん。普通の羊より、大きいね」


 バルクは首をかしげたが、アリスは大きくうなずいた。

 この草原に生息する突撃羊チャージシープは繁殖力旺盛な生物で、魔物モンスターでありながらポピュラーな食肉動物として認識されている。

 さりとて、あれも人を襲う魔物モンスターであることに違いなく、街道をゆく荷馬車を頭突きで破壊したり、見かけた人間に怪我を負わせたりすることも多い……と、授業で習った。


 つまり、突撃羊チャージシープは学園と冒険者ギルドに恒常依頼の討伐対象として認知されているという訳だ。


「仕掛けるんか?」

「うーん。戦闘はできれば避けたいけど、見つけちゃったからなぁ」

「わたし達でやらなくても、後ろの誰かがやると思うけど……タキ君に任せるよ」


 ちらりと後方を振り返れば、まばらに『冒険者科』のパーティが見える。

 現地まで到着することが課題なので、ペースも様々だ。


「ちなみに、やっつけるといいことある?」


 俺の質問に、二人が頷く。


「まず、単位が認定されるわ。突撃羊チャージシープだと大したことないけど、実績にはなるもの」

「それと、討伐対象やから正規の報酬がある。まあ、小遣いもええとこやけどな」

「あと、食肉の優先権があるわよ。美味しい希少部位は討伐者が剥いじゃうから食卓には上がらないのよね」

「肉やら毛皮やらも買い取ってもらえるから、わいらにとってはぼちぼちええ相手やな」


 ふむふむ……魔物モンスターと戦うリスクに対して報酬はきちんとあるわけだ。

 デスコルバスの報酬金はいろいろと必要なものを揃えるのに使って目減りしてしまったし、ここで多少なりとも財布にコインを増やしておきたい。


「よし、やろう」

「タキ君ったら、怖がってた割にやる気ね?」

「俺もこっちに慣れなくちゃいけないしな」


 俺の言葉にバルクが不思議そうな顔をする。

 しまった。いまのは少しばかり失言だったようだ。

 今日まで事情を知るアリス以外とろくにコミュニケーションをとってこなかったのが裏目に出たな。


「まぁ、ええわ。大将がやる気なら、問題あらへん」


 戦斧を構えてバルクが目つきを鋭くさせる。

 おお、なかなかの迫力だ。

 俺も冒険者としてこういう感じになったほうがいいのだろうか?


 ……無理そうだから自然体で行こう。


「向こうも気付いた、来るよ!」

「上等や! ひき肉にしたらぁッ!」


 かなり遠くにいたはずの突撃羊チャージシープが、こちらに向かってきている。

 なるほど、あんな速度の体当たりを受ければ荷馬車も横転するか。


「先制する」


 足元の石を拾い上げ、俺は投石紐スリングを回転させる。

 動いている動物を狙うのはなかなか難しいが、突撃羊チャージシープの動きはイノシシとそう変わらない。


 ──イノシシなら、幸い何頭か獲ったことがあるぞ!


「シッ!」


 軽く気合を入れて、投石紐スリングから石を発射する。

 向こうから突っ込んできているのだ、直撃すればそれなりの衝撃になるはず。

 うまく突進が止まるかすれば、アリスとバルクが仕留めてくれるだろう。


 ……そう考えて放った俺の一撃は意外な結果をもたらした。


「は?」

「え?」

「なんやて?」


 50メートルほど先で、頭部を失った突撃羊チャージシープが数歩足を動かしてからゆっくりと倒れる。

 なかなか凄惨ゴアな情景に、俺は思わず息をのんだ。


「タキ君、何したの?」

「いや、俺は……いつも通りに、石を飛ばしたんだけど?」

「嘘やろ? なまくらな剣やったらひん曲げるほどの硬さなんやぞ、突撃羊チャージシープの頭っちゅーんは」


 そんなことを言われたって、俺にもわからない。

 石ころも拾ったやつだし、投石紐スリングだっていつも使っているものだ。


「……ははん、わかったぞ。あの突撃羊チャージシープ、脱皮直後だったに違いない」

「お、大将。いかれたんか?」

「タキ君、羊は脱皮しないのよ……」


 なんだかバルクにひどいことを言われた気がする。

 まあ、それは置いておいて……この奇妙な結果はどうしたことだ。

 デスコルバスに対した時は、こんなことなかったのに。


「考えるんは後にして、回収しに行こか。血の臭いで別の魔物が寄ってきよるかもしらんし」

「あ、ああ。そうだな」


 さくっと気を取り直したらしいバルクに、頷いて倒れた突撃羊チャージシープに向かう。

 近寄ってみれば、見事にそれの頭は割れていた。実にグロい。


 もしかしたら拾った石に何かあったのかもしれない。

 なにせここは、剣と魔法のファンタジーが幅を利かせる異世界である。

 そこらの石ころが、ファンタジックな殺傷力を備えていたって、不思議ではない。


「大将、誰の鞄にいれとこか?」

「俺の背負い鞄には入らなさそうだ……」

「んん? もしかして【魔法の鞄マジックバッグ】持ってないんか?」

「? なにそ──」


 『れ』を言い終わる前に、俺の口は背後から塞がれた。

 背中に触れる柔らかな感触に、思わず息が止まる。


「バルクの鞄に入れてもらっていいかな。タキったら【魔法の鞄マジックバッグ】を忘れてきちゃったみたいで」

「お、おう。了解や」


 不思議そうにしながらも、バルクは腰に下げた鞄を開く。

 すると、突撃羊チャージシープの死体がするりとその中に吸い込まれた。

 吸引力の変わらない掃除機みたいに。


 ……ってこれ、あれだ!

 『アイテムボックス』ってやつじゃない!?

 ラノベでよく見るやつ!

 父さん! 『アイテムボックス』は本当にあったんだ!


 ……ってはしゃいでる場合じゃなかった。


 俺はまたしても、うっかりと無知による素性暴露を行うところだったのだ。

 アリスのおかげで助かった。


「……タキ君、ごめん。説明するの忘れてた」

「……いいんだ。ありがとう(いろいろな意味で)」

「……いま、えっちなこと考えてなかった?」

「おおーい、何をこしょこしょしとるんや? そろそろ行くで」


 ナイスだ、バルク。

 これで追及を逃れられる。


「あ、ああ! 張り切って行こう」

「ちょっと、タキ君! 答えなさいよー!」


 軽くじゃれ合いながら、街道に戻る。

 そんな俺達を遠くから見る視線があることに、俺は気付きもしなかった。

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