第6話 軍曹なんていなかった
集合場所──学園の正面ゲート入り口には、『冒険者科』の生徒があつまり、ざわついていた。
今回は初年次と二年次の生徒が『実践訓練』に出ることになっているらしい。
「おお、こうして見ると壮観だな」
「だねー」
集合場所には様々な種族の者が、思い思いの冒険装束で集まっている。
ちょっとしたお祭りを見ている気持ちだ。
「お、来よったな? 転校生」
「えっと……?」
声をかけてきたのは、背が高くがっしりとした体つきの少年だ。
どことなく陽キャ風味の空気は俺を警戒させる。
「おいおい、午前は同じクラスやろ?」
「そう言えば……。すまない、まだ名前を聞いてなかった」
「わいはバルク・モゥ。あんさんと同じ冒険者科の初年次生や」
そう言って、やや大ぶりな片手斧を持ち上げるバルク。
見た目通りにパワフルらしい。
「アリスはタキとパーティを組むんか?」
「うん。バルクは?」
「正直、困ったとるんや。他のやつはもうみんな組んでしもてるみたいやし」
ちらりとアリスが俺を見たので、小さくうなずいて返す。
「よかったら、わたし達と組まない?」
「ええんか? すまんな、そんなつもりやなかってんけど」
「同じクラスの仲間だし、俺も気楽でいいよ」
「そうか? おおきに! ほんま助かるわ」
ニカッと笑うバルク。
思ったよりも話しやすい。悪いやつではなさそうだ。
「なぁ、アリス。パーティって何人で組むものなんだ?」
「だいたい四~五人ってところかしら。今日のところは三人でもいいと思うけど、訓練が進んだら人数が必要になると思う」
さすが、現役冒険者の娘は詳しい。
俺にはそもそも予備知識が全然足りないのだ。
やはり、勉強は重要だな、うん。
「じゃあ、今日はこの三人で頑張ろう。よろしく、二人とも」
「うん。がんばろうね!」
「よろしゅうな!」
三人で軽く拳を合せたところで、誰かがパンパンと拍手を打って合図した。
「注目! 私語は慎むように!」
スキンヘッドにカイゼル髭の男性が、声を張り上げる。
なかなか威厳ある声に、思わず背筋がピンとなる。
「当方は『実践科目』を担当するアケティ・ラケティである。これより、今年度初めての『実践訓練』を執り行う」
一度言葉を切って、鋭い視線を巡らせるアケティ教官。
この後「お前たちは言葉を話す糞だ!」とかって罵倒が始まるのだろうか。
始まるに違いない。映画で見たことがある。
きっと俺達は「サー・イエッサー」しか言えなくなるに違いない。
俺は詳しいんだ。
「よし、欠員はないな。体調の悪いものはここで申し出るように。諸君らの安全が最優先である」
優しい言葉に心の中でずっこけながらも、少しばかり安心した。
軍隊形式の訓練だと、俺はきっとついていけない。
「本訓練はパーティを組織しての団体行動が好ましい。まだ、誰とも組めていない者は挙手を」
ぱらぱらと手があがる。
そして、手を挙げた生徒を指さし確認しながら、アケティ教官はパーティ結成を指示していく。
どうやら、得物や性別、種族をバランス良く配置しているようだ。
いかつい見た目とは裏腹に、なかなか気遣いの行き届いた指導をする先生らしい。
「パーティは暫定である。『実践訓練』のたびに組み直してもよいし、気の合うものと固定化してもよい。だが、いざ冒険者として旅立てば、パーティとは諸君らの家族である。学生のうちに己の課題を把握しておくように」
そう宣言して、再び拍手を打つアケティ教官。
「本日の課題は近郊にあるボーデン湖畔への移動。道中、
「はい」
俺の隣でアリスが手を上げる。
「何かな? ミルフレッド」
「戦闘判断は各自で行うのですか?」
「その通り、サポートはするが自分の身は自分で守るのが基本である。
そう言ってから、アケティ教官は視線を俺に動かす。
「もっとも、君のパーティには第八等級冒険者がいる。心配はいらないだろう」
過剰な期待を寄せてもらっては困る!
あんなビギナーズラックなぞ二度目はきっとないし、初日くらいは行楽気分で外の世界を見てみたい。
「それでは出発。二年次生が先行だ。ひよっこどもの露払いをしてやれ」
「いくぜー! 一番乗りは俺らだ!」
「遅れるな! 先行有利だぞ!」
教官の掛け声に、元気よく出発していく二年次生。
なかなかのはしゃぎぶりだが、何かあるのだろうか?
「先行すると、何かいいことがあるのか?」
「なんや知らんけど、現地で場所取りがあるらしいで」
「場所取り?」
目的地に何があるかわからないが、先行有利ってことか。
とはいえ、土地勘のない俺が急いでも怪我をするだけだし、手堅くいこう。
おそらく、山登りと一緒でペースが重要になる。
「俺としては様子を見ながら行こうと思うんだけど、二人はどう?」
「初めての『実践訓練』だし、それでいいと思うわ」
「わいも構わんで。リーダーの方針には従うもんやしな」
二人とも、俺に合わせてくれるようなのでありがたく厚意に甘えることにして歩いていく。
そもそも、俺はウォンスの町の中すら不案内なのだ。
「そうや、タキ。
「そうね。わたしは
アリスが取り出したのは、投げナイフのような形をした石。
透明度の低い水晶のような素材だ。
「お、水晶魔術かいな。珍しいやん」
「うん。母さん直伝よ」
水晶魔術は、昨日の午前授業で習ったぞ。
たしか、魔導水晶というものに魔力を込めて使う魔術で、応用の幅の広い魔法だったはずだ。
「これは魔光剣専用だけど、他にもいくつか持ってきてるわ」
「これは頼りんなるで。なぁ、大将」
「俺?」
「リーダーやから大将やろ」
快活に笑うバルクが、次は自分とばかりに斧を取り出す。
彼の持つ片手斧は戦闘に特化した物のようで、無骨ながらよく手入れされている。
「わいの得物はこれや。資金不足で盾は買えんやったが、故郷ではこれで
「戦闘経験者だなんて、頼りになるなぁ」
「大将もやろ。デスコルバスなんて大物を仕留めといてよう言うわ」
バルクの言葉に、俺は苦笑する。
あの時の俺は、いろいろ必死だったのだ。
きっと、アレは火事場の馬鹿力というやつだろう。
「それで、大将は?」
「俺はこれ」
腰からするりと
何を出されたのかわからずに、首を傾げられてしまったけど。
「
「けったいな武器やなぁ。これでどうやってデスコルバス倒したん?」
「頭に石を少々。でも、まぁ……
「む。わたしだって今回は大丈夫だもん」
頬を少し膨らませたアリスが、俺をジト目で見る。
これは失言だった。
「じゃ、二人ともよろしく頼むよ。できれば、
そんな風に言っていたのに、俺達はあっさりと出会ってしまったのだ。
……魔物と。
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