第5話 アリスと一緒で嬉しいなって思って
「うーむ……」
デスコルバスを撃退してから翌々日の昼。
午前の座学を終わらせて部屋に帰還した俺は、頭を悩ませていた。
午後から始まる専攻科目、『実践訓練』とやらはどうやら町の外に出るらしい。
正直、気が付けば町の中にいた俺なので、町の外がどうなっているのかは興味がある。
ただ、『武器携行、防具もつけてくること』なる注意事項が俺を緊張させた。
デスコルバスような化物が町の外にはうようよいるのかと思うと、少しばかり恐ろしくもある。
「準備、できた?」
悩んでいると、アリスが部屋を覗き込むようにして顔を見せた。
すでに準備を終えたらしい彼女は軽装の鎧装束姿で、腰には小剣を下げている。
「どうしたの?」
「何がいるのかわからない……」
「えーっと、とりあえずタキ君の場合は
ベッドに広げた荷物からてきぱきと選んでくれるアリス。とても助かる。
慣れぬ防具の着付けを手伝ってもらいながら、俺は尋ねた。
「町の外に出るんだよね? 危なくないの?」
「大丈夫だよ。デスコルバスみたいなのは滅多にいないから」
「滅多にってことは、たまにいるって事だよね?」
「うーん、まあ。たまに? でも、冒険者科の教官もいるし、先輩も一緒だから大丈夫だと思うよ?」
やや不安はあるが、護衛付きの野外訓練みたいなものか。
山登りやソロキャンプで野外活動にはそれなりに慣れちゃいるけど、どこまで『冒険者』として通用するのか怪しいところだ。
「わたしは楽しみ。やっと外での訓練だもの」
「はりきってるなぁ」
「そりゃはりきるわよ! ずーっと座学ばっかりだったんだもの!」
そう言って大きく伸びをするアリス。
俺の不安とは裏腹に、彼女は『実践訓練』を本当に楽しみにしているようだ。
そんなアリスのアドバイスを受けて準備を整えた俺は、『冒険者科』の食堂へと向かう。
食事はなんと朝、昼、夕、夜の一日四回体制。
何と言っても食べ盛りの若者ばかりで、種族も多種多様なのでこのようになっているらしい。
食べるも食べないにも自由なので、俺は基本的に一日三食だけど。
「オゥ、おめーら」
昼からの『実践訓練』に向けて少しばかり肉多めの定食を書き込む俺達のテーブルに、ゲルシュ先輩が腰を下ろした。
「こんにちは、ゲルシュ先輩」
「嫌味か? テメェ」
どうして俺は挨拶をしただけで睨まれているのだろう。
まだ二回目の邂逅なのに、嫌われ過ぎでは?
「おい、アリス。昼からの『実践訓練』、オレのパーティに入れや」
「え、どうしてです? わたし、タキ君とパーティ組むんですけど」
「こんなラッキーで資格とった奴なんてやめとけって」
さて、どうも話が見えないな。
パーティというのは、やっぱりファンタジー系ラノベでよく登場する
「怒りますよ、先輩。タキ君は実力でデスコルバスを倒したんです」
「捕獲されて弱ってたンだろ? そんなもン、オレだって簡単に仕留められるっつーの」
おっと、なんだか険悪な雰囲気だぞ。
しかし、あんな化物を簡単に仕留めらるなんて、ゲルシュ先輩はなかなかのやり手らしい。
「おい、先輩の言うことはありがたーく聞いとくもンだぜ?」
「ありがた迷惑です。わたしはタキ君と組みますから」
「チッ。可愛げのねぇ。……てめぇもあンま調子にのンなよ?」
そう言い残して、ゲルシュ先輩は去っていく。
一体俺が何をしたというのか。
どうも、よくわからない敵愾心を抱かれている気がする。
「もう。わたし、あの人のことがきらいよ」
「俺もあんまり好きになれそうにない。でも、何だってこんな風に絡んでくるんだろう?」
「わたしが可愛いから?」
「なるほど。納得できる」
「ちょ、ちょっと……そこは、ツッコミを入れるところでしょ?」
本人は冗談のつもりだろうが、紛れもない事実である。
少なくとも、十七年間生きてきてアリスよりも可愛らしい女の子に会ったことはない。
「まあ、でも……わたしがウザ絡みされてるのは確かなのよね。ごめんね、タキ君。巻き添えにしちゃって」
「なんてことないさ。アリスにはいろいろ親切にしてもらってるし、友達だからね」
実際の話、初日にアリスが気を使ってくれなければ、俺はきっと孤立してしまっていただろうと思う。
そう思えば、彼女のちょっとした事情に巻き込まれるくらい大したことはない。
「それで……パーティって?」
「あ、言ってなかった。えっと、『実践訓練』は冒険者稼業の予行演習みたいなので、実際に町の外でいろいろな活動をするの。それで、その時に一緒に動くグループの事をパーティっていうんだよ」
やはり、俺が考えていたパーティと同じ意味であるらしい。
アリスとパーティだなんて、なんだかラノベの主人公になった気分だ。
異世界で出会った美少女とパーティを組んで冒険……ああ、俺は今まさに『ラノベの主人公』してる!
「どうしたの?」
「アリスと一緒で嬉しいなって思って」
俺の素直な感想に、アリスが小さく顔を赤くして俯く。
そのピュアな反応に俺も少しばかり頬が熱くなるのを感じた。
どうも、柄にないことを口走ってしまったような気がする。
「えへへ、ちょっと嬉しいかも。タキ君に断られたらどうしようって思ってたから」
「断るわけないだろ。もう少し信用してくれ──って言っても、まだ会って三日だもんな」
なんだかずっと友達のような気がしているけど。
この異世界レムサリアに来てから、そしてアリスに出会ってからまだ三日しかたっていないというのに、どうも感覚がおかしい。
初日の衝撃がデカすぎたせいで、順応力がバグってるのかもしれない。
「信用してるよ?」
「え」
「わたし、タキ君のことちゃんと信用してるよ?」
小首をかしげるアリスに、少したじたじとなりながら俺はうなずく。
たったの三日、されども三日。アリスのことは俺だって信用している。
「じゃあ、今日もよろしく。アリス」
「うん。じゃあ、とりあえず申請するときのパーティリーダーはタキ君でいいよね?」
「俺ッ!?」
驚く俺にアリスが笑う。
どこか悪戯っ子のような顔で、アリスが人差し指を立てる。
「だって、タキ君は冒険者資格持ちなんだよ。立場的には『冒険者科』の学生の中では上位陣なんだから!」
「勘弁してくれ。俺ったら、ペーパードライバーもいいところなんだぞ」
「ぺーぱーどらいばー? はよくわかんないけど……いざとなったときに、資格持ちの方が色んな申請が通しやすいの」
なるほど、そういうこともあるのか。
まあ、うっかり手に入れた冒険者資格がアリスの役に立つなら、それもいい。
この可愛らしい友人にはたくさんの借りがある。
「わかった。暫定ってことで引き受けるよ。でも、俺は右も左もわからない一般人なんだ。サポートはたのむよ?」
「まっかせて! 決まりね!」
満面の笑みを浮かべるアリスが手を差し出す。
それ手を握り返して、俺はうなずく。
「よろしく、アリス」
「こっちこそ」
そうして、俺達は二人きりのパーティを結成したのであった。
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