第4話 卒業おめでとう

「ガァァァァッ!」

「う……っるせぇ!」


 再び突進の体勢に入ったデスコルバスに向かって、俺は投石紐スリングを素早く振る。

 鋭い風切り音と共に発射された拳大の石は、狙いたがわず巨大カラスの頭部を直撃した。

 巨大で黒いくちばしが一部割れて、空を舞う。


「ガァガアアッ……!」


 突然の反撃に驚いたのか、デスコルバスが後退るように一歩下がる。

 その間に、俺は石をさらに一つ拾い上げた。


「なめるなよ、鳥類。俺の投石は20メートル圏内はヘッドショット確定だぞ……!」


 弾丸初速120km/時以上、有効射程およそ300メートル。

 狩猟道具から発展し、有史以来、戦争で人間を殺し続けた効率的殺人兵器の一つ。

 それが、投石紐スリングである。


 その投石紐スリングに充分な回転を加えて、遠心力の乗った二射目を頭部めがけて放つ。

 即座に鈍い音が響いて、カラスが悲鳴を上げた。

 たたらを踏んだデスコルバスだったが、殺意ある目でこちらに向き直る。


「ガアアガアアッ!!」


 怯んで逃げてくれればと思ったが、どうやら異世界の烏というのは少しばかり頭が悪いか傲慢であるらしい。

 こともあろうに、デスコルバスは俺に向かって突進してきたのだ。

 だから、俺は即座に三射目を放った。正確に、殺意を込めて。

 それは狙いたがわず大ガラスの頭蓋を即座に破壊して、その命を奪い去った。


「すごい……」


 薬草園を血に染めながら倒れるデスコルバスを見て、アリスがそんな風に呟く。

 俺は、いまさらに恐怖に膝が笑いだしてへたり込んでしまったが。


「あー……怖かった。アリスさん、無事? 怪我は?」

「大丈夫。ちょっとひっかけただけだから」


 俺のそばまで歩いてきて、笑顔を見せるアリス。


「びっくりしちゃった。タキ君って強いんだね? レベル3だなんて、ウソみたい」

「たまたま何とかなっただけだよ。はぁー……しかし、初日からこんなだなんて、俺ってここでやっていけるんだろうか」

「大丈夫じゃない?」


 アリスが小首をかしげて笑いながら、頭部を砕かれてピクリとも動かなくなったデスコルバスを指さす。


「あれ、『冒険者科』の単位になるよ」

「え」


 アリス曰く。

 ウォンス学園は単位制の学校であるらしい。

 つまり、日本の大学のようなシステム。


 年次制ではあるが、各年次で何単位とるかは学生の自由で、卒業に必修の単位を取得すればいくつかの冒険者資格を取得した上で、晴れて卒業できる……という訳だ。

 それでもって『冒険者科』は魔物の討伐も単位になるらしい。


「初日でデスコルバス討伐なんて、才能あるよ!」

「そうかな?」

「うん。投石紐スリングもすっごく様になってた。あんなに正確に投擲できるなんて、〝ギフト〟持ち?」


 また知らない単語が出てきたぞ。

 〝ギフト〟?


「もしかして、タキ君の世界には〝ギフト〟なかった?」

「俺は聞いたことないかも」

「〝ギフト〟持ちの人はね、特別な能力が備わってるの。すごく早く動けたり、たくさんの魔術をいっぺんに使ったり、怪力を出したりできるんだよ」


 少し考えてみるが、俺のはそれにあてはまらなさそうだ。

 趣味と遊びを兼ねた訓練によって得た技術だから。


「俺のは違うよ。最初はてんで真っすぐに飛ばなかったし」

「じゃあ、練習でできるようになったの? それはそれですごすぎるよ!」

「そ、そうかな」


 わりと特殊でマイナーな趣味なので、こんな風に褒められる少しこそばゆい。

 とはいえ、役に立ってよかったと親父に少しばかり感謝した。

 俺に使い方や練習方法を教えてくれたのは親父だったし、この投石紐スリングをプレゼントしてくれたのも親父だからな。


 俺のことを置き去りにした親父に感謝するのもどうかと思うが、それはそれだ。

 そう自嘲して苦笑する俺の前にしゃがみ込んで、アリスが笑う。


「ありがとう、タキ君。助けてくれて」

「いやいや、最初に助けてもらったのは俺の方だから」

「ううん。タキ君は命の恩人だよ」

「それは俺も同じだろ?」

「……」

「……」


 少し黙り込んでから、二人で笑い合う。

 こんなところで譲り合ったって仕方ない。

 今はお互いに無事なことを喜び合えばいいのだ。


「それよりさ、アリスの怪我を診てもらわないと。血が出てる」


 俺の言葉に少しきょとんとしたアリスが、満面の笑みを浮かべる。

 はて、俺は何か変なことを言っただろうか?


「どうした?」

「ヒミツ。じゃ、保健部まで引き返そっか」

「あ、ああ」


 怪我をしているのになんだか上機嫌なアリスに手を引かれて、俺は立ち上がる。

 膝の震えは、もうなくなっていた。


 ◆


 ──翌日。


 俺は、少しばかり有名人になっていた。

 というのも、あのデスコルバスは違法業者によって学園都市に持ち込まれたもので、管理の隙をついて逃走したものらしい。

 それで、町の憲兵隊(警察組織のようなものらしい)や依頼を受けた冒険者が探し回っていたのだが、あの頭のいい大ガラスはそれを警戒して人気の少ない学園の植物園に侵入しており、そこに俺達が出くわした……というのが一連の経緯である。


 そんなデスコルバスを『冒険者科』の転入生が仕留めた、というのだから大きな噂になり、加えていくつかの問題が発生した。

 憲兵隊と冒険者たちの顔は丸つぶれだし、学園も魔物モンスターの侵入と学生への襲撃を許したという責任話にもなる。

 あの時、下手をすれば死者が出る事故になっていてもおかしくない状況だったのだ。


 そんなざわつきの中、俺は朝から校長室に呼ばれていた。


「……ということで、タキ君。君は今日から第8等級冒険者じゃ。卒業おめでとう」

「待って?」


「まさか二日目に卒業とはの、わが校始まって以来のタイムアタック記録じゃよ」

「待って?」


「今後も当校の『冒険者科』卒冒険者として活躍してほしい」

「待ってくださいって!」


 俺の言葉にようやく言葉を切る校長先生。

 立派なひげを蓄えた魔法使いのような姿の老人が、口角を上げて俺を見る。


「どういうことなんです?」

「デスコルバスはなかなかに危険な魔物モンスターでの。それを単独で討伐できるなら、素質十分ということで冒険者証の発行許可が下りたのじゃ」

「嘘でしょ!?」


 叫ぶ俺に、校長先生が米軍の兵士がつけているようなタグを取り出す。

 真新しく銀色に輝くそれには、確かに俺の名前が刻印されていた。


「嘘なものか。冒険者になるために『冒険者科』に入ったのじゃろう? ばりばり働き給えよ。冒険者階級をごりごり上げ、金髪のかわいこちゃんと所帯を持って、がんがん子を作るといいじゃろう」

「何を言って……! それに、アリスとはそんなんじゃなくって」

「ミス・ミルフレッドだとは一言もいっとらんがの?」


 どうしよう、この爺さんの髭を根こそぎぶっこ抜きたい。

 いいや、頭髪もいっぺんに引っこ抜いてくれる。


「まあ、半分は冗談じゃ。これは特例措置での、大人のちょっとした汚い事情がある」

「事情?」

「ワシらが後手に回った結果、生徒にけが人が出た。いやさ、死人が出るところじゃった。そんな状況を打開したお主に注目を集めることで、話題の変換を図ろうという浅はかな手よ」

「裏事情っぽいのに、やけに正直に話しますね?」

「隠すより、つまびらかにした方が納得できるじゃろ?」


 狸ジジイめ。

 しかし、利用されるのは癪だが、客観的に見れば確かにいい手かもしれないとは思う。

 俺のような素性のよくわからぬ転校生が、いきなり魔物モンスターを叩いて資格持ちになるなんてラノベ的展開、自分ですら当事者じゃなきゃ意識を誘導されてしまうだろうと思う。


「すまんが……ここはひとつ、貸しにしといてくれんか」

「わかりましたよ。でも、いきなりこんなことになって俺はどうすりゃいいんです?」

「なに、学園生活を楽しむといいじゃろう。特例で冒険者資格を取得したとはいえ、卒業に必要な単位はまだまだあるからの」


 それを聞いて少しばかり胸をなでおろす。

 異世界転移二日目で、いきなり実社会に放り出されるなど勘弁してほしい事態だ。

 俺はラノベ主人公のようにメンタル逞しい人間でなく、一般高校生だからな……。


「では、俺は戻ります」

「うむ。呼び立ててすまなかったのう。お主に楽しい学園生活があらんことを」


 そう笑う校長先生に軽く会釈して、俺は校長室を後にするのだった。

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