第3話 レベル……だ、と……!

 程々に荷ほどきを終えた俺は、アリスの案内で学園内を回る。

 最初こそ挙動不審だった俺だったが、途中から少しテンションが高まってしまった。

 なにせ、いま俺が立っているこの場所は正真正銘の『剣と魔法のファンタジー世界』なのだ。

 これに心躍らぬオタク系男子はいるまい。


 一通り回り終えたところで、アリスが思い出したように振り返った。


「あ、そうだ。『レベル』計りに行く?」

「レベル……だ、と……!」


 ああ、なんて心躍るワードだろうか。

 もしかして異世界転移系ラノベのお約束展開があったりするに違いない!

 こう、計測器が爆発して、俺の隠された力が明らかになって、「俺なんかやっちゃいました?」とかって展開に──……!


 ……なりませんでした。


「普通と言うか、むしろちょっと貧弱なくらいじゃの」

「ぐぬぬ」


 俺のレベルはたったの『3』。

 どこかの戦闘民族が見たら「たったの3か、ゴミめ」と吐き捨てられるところである。


 能力値は敏捷さと器用さ、そして知力が少し高いだけで、残りは一般人の平均以下。

 おのれ、余計な妙なところで現実的な!


「能力値偏差は斥候やシーフ向きじゃな。これ、そう落ち込むでない。これから訓練すればよいのじゃから」


 そう励ますのは、学園の結構と能力値を管理する保健部の司祭であるモミギ婆さんだ。

 続いて、アリスも俺に笑いかけてくれた。


「そうそう。わたしも手伝うからさ」

「ほんとに?」

「もちろん。友達でしょ?」


 ありがたい。もう全力で拝みたい。投げっぱなし五体投地したい。

 まさか異世界にした最初の日に、こんな親切な友人ができるなんて。


「ありがとう、アリス」

「いいってことよー……なんちゃって。じゃ、能力値偏差がわかったところで、今度は冒険者科の購買部にいかないとね」

「購買部?」

「うん。明後日からは午後講義もあるし、実践訓練もあるから……自分用の武器とか冒険道具も揃えておかないと」


 アリスの言葉に頷いて、俺はモミギ婆さんに頭を下げる。


「ありがとうございました、モミギさん」

「またおいで。トレーニング方針なんかにも影響があるから、こまめにレベルチェックに来なさい。大変だと思うけど、頑張るんじゃよ」

「はい」


 検査室を出ていくモミギさんを見送って、俺達も保健部の建物をでる。

 そして、歩きながらあることに気が付いた。


 ……ここ、SUICAは使えるのだろうか?


 いや、わかってる。きっとダメだって。

 海外でだって使えないのに、異世界で使えるわけがない。

 まてよ? それ以前に俺の生活費はどうなるんだろう?

 親父は消えてしまったし、これはまずいのでは?


「どうしたの? タキ君」


 顔色を悪くする俺に気が付いたアリスが、不思議そうな顔をする。


「いま重大なことに気が付いたんだけど……俺ったら一文無しだ」

「そうなの? 食事は寮で出してもらえるけど、お金がないのは困るね?」


 もちろん、とても困る。


「まいったな、親父は俺を置いて消えちまったし、何処かで働かないと生活費すらないぞ」

「実践訓練で使う武具とか道具もいるし……何か手持ちのはある?」

「えーっと、持ってるように見える?」

「見えない」


 正直なアリスの感想に、俺はうなずく。


「そもそも武器なんて使ったことないし──いや、これならあるけど」

「何かあるの?」


 不思議そうにするアリスの前で、俺は腰に巻いていた革製の紐を抜き取る。

 俺が使える武器の類と言えば、これくらいだ。


投石紐スリング? 珍しいね」

「うん。子供の頃にはまってさ、ずっと遊んでるうちにこれだけはちょっと得意なんだよね」


 小さいころ、河原にキャンプに行った時に親父がこれを使って魚や鳥を獲っていて、教えてくれとせがんだのだ。

 おかげで、いまでは俺もそれなりにうまく投石紐これを扱える。

 まぁ、日本ではソロキャンプの時に魚を獲ったり獣を追い払ったりするときくらいしか使わなかったけど。


「でも、それってタキ君っぽくてなんだかいいね」

「俺っぽいかなぁ……?」


 購買部のあるという建物に向って歩きながら、俺は首をひねる。

 とはいえ、俺が使えそうな武器というとこれくらいしか思い浮かばないし……実際、これなら多少は護身として使えるだろうという自信がある。

 このファンタジーあふれる世界で通用するかは別問題としてだけど。


「……ところでアリス。あれって何だろう?」

「へ?」


 植物園らしい場所に差し掛かったところで、目に入ったものについて質問する。

 見たことのない物が多いが、これは今日一番驚いたかもしれない。

 薬草園らしいところの真ん中に、大きめの鳥がいたのだ。


 全高、およそ二メートルほど。

 青みがかった黒色をした大きめのカラスのような姿で、十数メートル先からこちらをじっと見ている。

 さすが異世界の生き物はスケールが違う。


「デスコルバス……!」

「学園で飼ってるやつ?」

「ううん、人を襲う魔物よ! どうしてこんなところに!?」


 アリスの様子をからして、どうも俺達は緊急事態にでくわしたらしい。

 それにしても人を襲うって……普通のカラスだって危ないのに、こんなサイズのに襲われたら怪我じゃすまないぞ。


「ガァァァッ!」


 俺達に向かって、濁声の鳴き声を上げる巨大カラス。

 どうにも嫌な雰囲気だ。


「逃げよう、タキ君!」


 アリスがそう声を上げた瞬間、巨大カラスがこちらに向かって突っ込んできた。

 かなり、速い。突然の行動にあっけにとられた俺をアリスが押す。


 ぎりぎりをかすめる様にして、通り過ぎたデスコルバスは反対側にあった薬草畑を荒らして止まったが、俺の視線は倒れたアリスに向けられていた。

 右肩からは血を流しながら、小さく呻くアリス。


「アリス!」

「逃げて、タキ君。誰か呼んできて!」

「できるわけないだろ!」


 ここで俺が去れば、きっと彼女が犠牲になってしまう。

 異世界で初めてできた友達を初日に見捨てる?


 ……冗談じゃない!


 小さく、そして長く息を吐きだして、俺は腰の投石紐スリングに手を伸ばす。

 それをするりと抜いて、俺は覚悟を決めた。


「タキ君……?」

「アリス、立てる? 俺が足止めするからさ……助けを呼んできてよ」


 そう告げて、俺は足元の手ごろな石を拾い上げた。


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