第2話 二人だけの秘密
「ようこそ! ウォンス学園『冒険者科』に!」
午前中にホームルームと軽い座学を終えた俺は、金髪美少女なアリスに学園を案内してもらう運びとなった。
それで、最初に案内されたのがここだ。
どでかい石造りの要塞か城みたいな建物。
窓の配置からしておそらく四階建て。
規模としては前に通っていた学校の校舎二棟くらいの大きさだ。
「アリスさん、ここは?」
「アリスでいいよ! えっと、ここは今日からタキ君が生活する冒険者科の寮です!」
「これが? 寮?」
「すっごいでしょ? いざとなったら
これは専攻科の選択を誤ったか。
自宅に魔物が攻めてくるなんて聞いてないぞ!
「あはは、安心して。あくまでそうも使えるってだけ。学園案内するにしても、まずは部屋を押さえて荷物を置かないと、落ち着かないでしょ?」
「そりゃ、まあ」
天真爛漫の化身といった風情のアリスに手を引かれ、要塞のような建物へ足を踏み入れる。
おお、内部もなかなかファンタジーだ。
全部石造りかと思ったら、意外と木材が使われている部分も多い。
ただ、華美な様子は一切なく、本当に要塞のような質実剛健な作り。
建物の中にはまさに『冒険者』って感じの格好をした人達が忙しく動き回っていて、これも俺の感動を後押しした。
が、そんな興奮もものすごく目つきの悪いお兄さんが俺達の方へ向かって歩いてきたことで少ししぼんでしまった。
「オゥ、アリス。なンだ? そのモヤシ小僧は」
「転入生のタキ君です」
「はぁン? 転入生? この時期に?」
少し驚いた様子の緑髪の青年が、俺に向き直って目つきを悪くする。
おお、ヤンキーだ! この人、絶対にヤンキーだ!
ジャンプしたって小銭なんて持ってないぞ! 俺はSUICA払い派なんだ!
「タ、タキです。よろしくお願いします」
「オゥ。オレはゲルシュ。ゲルシュ・バックマン。お前、そのひょろさでうちの科いけンのか?」
「えっと、どうでしょう……」
鋭い視線にたじたじとしていると、アリスが間に割り込んだ。
「ゲルシュ先輩、ダメですよ! タキ君は親元を離れて田舎から出てきたばかりなんですから」
「はン、甘ちゃんが。迷惑かけンじゃねぇぞ」
大変態度の悪いゲルシュ先輩は軽く舌打ちをしてその場を去る。
その背後に向かって、アリスがベっと舌を出していた。
大変かわいいが、それよりも気になることがある。
「……死ぬことがあるの?」
「まあ、場合によっては? 大丈夫よ、気を付けていれば」
なかなか軽い返事だが、裏を返せば気を付けていないと死ぬという事ではないだろうか。
どうやら親父殿は、俺をとんでもないところに連れてきたらしい。
「ここ、ここ。タキ君のお部屋はここにしよう」
しばし寮内を歩いた先、二階通路一番奥にある角部屋の一つ手前を指さして、アリスがにこりと笑う。
「勝手に決めていいの?」
「空き部屋は早い者勝ちがルールだし。ここ使ってた先輩、少し前に卒業しちゃったんだよね」
「じゃあ、失礼してっと。おお、結構いい感じ」
広さは一人暮らしにちょうどいいワンルームくらい。
日当たりもよく、机とベッド、ちょっとした箪笥も備え付けられていて、少し手を入れれば生活に問題なさそうだ。
コンセントとWi-Fiがないのはやや不満だが。
「じゃ、荷物置いたら学内探検に出発しよー! はやくはやく!」
どこか上機嫌なアリスに急かされながら、軽く荷ほどきをする。
まあ、荷物といっても俺の場合は衣類や生活必需品が入ったトランク一つと、背負い鞄だけだ。
出発前「足りないものは向こうで揃えるか、休みに取りにくればいい」などと親父に言われたので、多くの物は生家に残してきてしまった。
今にして思えば、俺は騙されていた気がする。
「なんだか、変わったものがいっぱいだね?」
「そうだろうか?」
「これとか、これとか」
開け放たれたトランクから、携帯ゲーム機やスマホの充電器を拾い上げるアリス。
異世界人にとっては確かに不思議なものに映るかもしれない。
「そう言えば、タキ君はどこの出身なの? 訛りもないしきれいな発音だよね」
「ええっと、日本の東京なんだけど……わかる?」
「わかんない。『ニポン』なんて大陸の都市じゃ聞いたことないし。きっとすっごく遠くから来たのね?」
アリスの言葉に、俺は苦笑を返す。
確かにそれで合ってる。ものすごく遠くから来たのだ、俺は。
「アリスさんの事も聞いていい?」
「わたし? いいよ。わたしはこの学園都市生まれで、小さいころからここに通うのが目標だった普通の女の子だよ?」
「素人質問で恐縮なんだけど、冒険者は普通なの……?」
俺の質問に少し首をかしげてから、アリスはうなずく。
「わたしにとってはね。父さんも母さんも現役の冒険者だし」
「そうなんだ。俺は親父に連れてこられたんで、この世界のことはよくわからないや」
「この世界?」
俺の言葉に、アリスが首をかしげる。
「どうもここって、俺が住んでた世界と違うみたいなんだよね……」
「その割に冷静すぎない? タキ君ったらヘンよ?」
「もう驚きすぎて、逆に冷静になってきた。きっと俺は夢を見てるんだ。俺は詳しいんだ」
「タキ君? タキ君、戻ってきて。ここは現実だから!」
アリス肩を揺さぶられて、はっとする。
そう、これは夢に違いないと確信を得たのだ。
「うん、間違いない。こんな可愛い女の子が初対面の俺に優しくしてくれるなんておかしいと思ってたんだ。きっと俺は事故か何かで意識不明の重体で、これは脳が命の最後に見せてる幻想なんだ! ファイナルらへんのファンタジーなんだ!」
「タキ君!? 大丈夫!?」
驚いた様子のアリスが俺に顔を近づけて覗き込む。
澄んだ青い瞳がまるで海みたいにきれいで、思わず俺は息を飲んだ。
「落ち着いて? その、大変だと思うけど。ちゃんと現実だよ」
「そうかぁー……現実にしては現実離れしてるけど、やっぱそっかぁ……」
「タキ君ったらヘンなの。でも、異世界出身なのはあんまり言わない方がいいかも」
「やっぱり?」
薄々そんな気はしてたけど、やっぱり言わないほうが良かったらしい。
いや、当たり前のことか。俺だって「我は異世界から来た魔王ルシファーの生まれ変わりだ!」とかって吹聴する人にはできるだけ近寄りたくないし。
これは大失敗だ、と落ち込む俺の肩をアリスが小さく叩く。
「二人だけの秘密だね! さ、荷ほどき終わらせちゃって! 学内を案内するから。きっとタキ君も、この世界が好きになるよ!」
そのはつらつとした笑顔に俺は少し照れながら、小さく頷いて返すのであった。
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