第8話 無茶をおっしゃる!

 約一時間半ほど街道を歩いて、ようやく俺達はボーデン湖に到着した。

 かなり大きな湖で湖畔は波が打ち寄せる砂浜のようになっている。

 おかげで俺は頭の中で「琵琶湖テイスト……」と独り言を言う羽目になったが。


「パーティ『ネヤガワ』、到着したか」

「はい。途中で突撃羊チャージシープを一匹仕留めました」

「さすが。やるではないか」


 アケティ教官は、軽く口角を上げて俺に応える。

 褒められるのは悪い気分ではない。


「到着したものは、しばしの自由時間となる。湖畔で釣りをしてもいいし、休息に当ててもよい……が、資格持ちのお前には少し手伝ってもらうことができた」

「え」


 ようやく休めると気を抜いたのもつかの間、俺は教官の言葉に固まる。

 資格持ちの、と前置きがついているからには正規『冒険者』としての仕事になるということに違いない。


吸血山羊バンパイアゴートの目撃情報が生徒からあった。幸い、報告した生徒が先行警戒訓練をしていたおかげで被害はないが、対処しておく必要がある」

「ええと、つまり?」

「討伐依頼をお前に出したい。デスコルバスを単独で仕留める腕だ、何とかできるだろう?」


 無茶をおっしゃる!

 俺は貧弱一般学生なんですよ!?


「えーっと、それはー……前向きに検討したいというか、なんというか」

「教官、同行者に志願してもいいですか?」

「ミルフレッド、吸血山羊バンパイアゴートは危険な生物なのだ。プロに任せた方がいい」


 俺だってプロじゃないんですけど!?

 ああ、やっぱ冒険者資格こんなのを受け取るべきじゃなかった……。


「タキ君は射撃者シューターです。前衛が必要で、わたしなら一緒に訓練していたから連携可能です」

「わいも行くで。吸血山羊バンパイアゴートやったら故郷でやり合ったことあるさかいな」

「……ふむ。ネヤガワ、どう判断する?」


 そう振られたものの、思考がまとまらずたじろぐ。

 ただ、『一人では無理だ』という判断はすぐに出た。

 そもそも、俺は吸血山羊バンパイアゴートの姿形すら知らないのだ。


「俺達はパーティ、なので」

「それを出されると不可とは言えんな。冒険者は己が判断に命を賭すもの。よろしい、初年次パーティ『ネヤガワ』に討伐を任せる」


 教官の声にほっとするも、アリスとバルクを巻き込んでしまったことに良心の呵責を覚える。

 本来はプロの冒険者が対応し、教官が危険だという魔物モンスター

 そんなものの討伐に、友人らを巻き込んでしまったのは申し訳ない。


 発見した生徒を連れてくる、とアケティ教官がその場を離れたところで、俺は二人に向き直る。


「こんなことになって、ごめん!」

「気にしないで。それよりも、バルク……戦ったことがあるってホント?」

「ああ。わいの家は村の防人一族やったからな。ま……やり合っただけで、わいはすぐに戦線離脱してもうてんけどな」


 豪快に笑うバルクだが、俺の血の気は引く一方だ。


「大丈夫よ、タキ君。吸血山羊バンパイアゴートの討伐レベルは7だもの」


 俺のレベルは3ですけどね。

 ……まったく安心できない!


「おまたせ」


 不安で顔を青くさせる俺と二人の元に、猫人族フェルシーの女の子を連れた教官が戻ってきた。

 背丈が小さな女の子で、ショートカットにした黒髪からはふさふさとした猫耳が生えている。


「彼女がメアリー・フレイだ。二年次生なので諸君らの先輩に当たる」

「よろしく、です」


 ぺこりと頭を下げるメアリー先輩。

 猫人族ねこみみは萌えの深いファンタジーだと理解はするが、それよりも気になることがある。

 体のラインが出る黒装束。アミアミの鎖帷子。腰にはクナイ。


 つまり──忍者だった。

 忍者? なんで忍者?

 どうして、ここだけジャパニーズ?


 やや、狼狽が顔に出てしまった俺に、アリスが首をかしげる。


「どうしたの? タキ君」

「ああ、いや。何でもないんだ。いちいち突っ込んでたらキリがないからね。それで……メアリー先輩、吸血山羊バンパイアゴートがいたのはどの辺りなんですか?」

「ここから、少し行った木立の、先。水たまりの水を、飲んでた。成獣のオス、だと思う」


 独特の呼吸で話すメアリー先輩が指さす先に、うっすらと林にもならないまばらな木立が見えた。

 ルート的には、この集合場所に到達する街道にも近い。

 つまり、誰かが襲われる可能性はある。


「わかりました。ありがとうございます。行こうか、二人とも」

「うん」

「おう!」


 メアリー先輩に小さく頭を下げ、木立に向かおうとした俺だったが、ジャケットの裾を背後から引かれた。


「?」

「ボクも、いく」

「え、でも……」


 戸惑う俺に、メアリー先輩が小さく首を振る。


「ボクが、見つけたのに……なにもできなかった、から。後輩に、まるなげなんて、できない」


 たどたどしい言葉だが、その目には強い意志がみなぎっているように思えた。

 こういう目をした人は、少し危なっかしい。


「教官、いいですか?」

「パーティメンバーの引き抜きは推奨されない行為ではあるが、本人の意志であれば尊重されるべきと考えるがね」

「わかりました。では、頼りにさせてください。先輩」


 そう頭を下げる俺に、メアリー先輩が深くうなずく。


「ボクのことは、メアリー、でいい。ネヤガワ君は、いわば、上司……」

「俺のこともタキでいいですよ」

「敬語も、なし」

「……わかった。それじゃあ、急ごう。被害が出る前に何とかしないと」


 俺の言葉に、小さく噴き出すアリス。

 その横では、バルクも似た顔で口角を上げている。


「俺、何か変なこと言った?」

「ううん。でもタキ君ったら、すっかりやる気なんだもの」


 そう指摘されて、軽く俺は自嘲する。

 どうにも俺ってやつは、状況に流されやすいらしい、と。


「みんなが助けてくれるんだし、大丈夫だろ?」

「おう、任せとき! リベンジマッチや!」

「今度はわたしもフル装備だもの! タキ君だけに負担をかけないわ」

「ボクも、がんばる」


 きっと大丈夫だ。

 いまは少しだけこの世界に在る自分を認めてみよう。

 あのバカでかい烏を、俺は仕留めてみせたじゃないか。

 突撃羊チャージシープだって、一撃だった。


 過信はしない。

 だが、必要以上に委縮することもない。

 俺は俺のできることを、やればいい。

 ダメなら、全員でケツをまくって逃げればいいのだ。


「よし、行こう。……慎重に」


 全員で頷き合って、俺達は吸血山羊バンパイアゴートの潜む木立へと急いだ。

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