第5話 まずはチュートリアルから

 しばらくパラパラと攻略本をめくってみたところ、少し気になるものがあった。


 それは最後のページに挟まっていたA4サイズの紙。すげーデカいQRコードみたいなのがある。読み込む方法などやはりないのでスルーしかないが、模様が派手すぎて普通じゃない。


 一体これはなんだろう。まあ考えてみも始まらない。とにかくこの後、どう動いていくかを考えなくては。


 なにしろ半年もしたら勇者が来ちゃうらしい。しかも相当にレベル上げをしてからやってくる可能性もあり、一体どれほど強くなるのか想像もつかない。


 最初に思い立ったのは、とりあえず俺も鍛えてみればいいんじゃね? ということ。


 にしても、俺ってば貴族なのに放置されすぎじゃね? メイド達は洗濯とか色々あってあちこち動き回ってて、執事とかシェフもどっかに行ってる。


 俺の父上と母上も外出しているらしく、兄と姉がいるがそっちも社交の場に出ているとか。


 ちなみにガルロードの正式な名前は、ガルロード・ツー・ランランという。なんか変なネーミングというか、家名がパンダみたい。


 ちなみに爵位は侯爵ということで、なかなかに身分は高いと思われる。まあ俺の知識なんて、どっかのまとめサイトで得た知識でしかないけど。


 さて何をするべきか。俺は考え事をしながら庭を歩き続け、中央にある噴水まで辿り着いた。こういう所で考え事をすると、いい案が浮かんだりすることが前世ではよくあった。


 攻略本があるので、勇者の行動というものはある程度予想できる。半年後とは言わず、こちらに来るまでに手を打てないだろうか。


 ただ、この手で行くのは難しそう。勇者のいる初心者御用達のような大陸には、ここからでは船で行くしかない。


 いくら放置されているガルロードとはいえど、貴族の息子が一人で遠出をする自由があるとは思えないなぁ。


 さらに厄介なことに、この辺りの魔物はとにかく強いようだ。ここはわりと作中後半になってから到着する大陸らしく、ヤベー連中がウヨウヨ街の外を歩き回っている。


 というか、こんな土地で普通に生活できるのが不思議だ。RPGあるあるな謎である。


 話は逸れたが、とにかくこちらから勇者を止めに行くのは難しい。そしてガルロード自体にどれだけ権力があるのかは知らないが、例えば人を雇って暗殺に向かわせるとか、そういう手を使うのも難しい気がする。


 というのも、まだ転生してから一日だけど、肩身が狭い気がするんだよね。当主ではないわけだし、侯爵家の中では厄介者ポジションにいる気がする。


 やっぱりこの攻略本だけじゃ無理かも。


 そう思いつつ嘆息していると、「ぼっちゃま?」という恥ずかしい呼ばれ方が耳に届いた。


 昨日の紫髪ダイナミックボディメイドが、紅茶をトレーに乗せて優雅にやって来た。


「その、昨日は大変な騒ぎでしたけれど。落ち着かれましたでしょうか? よろしければこちらを」


 どうやら俺に紅茶を飲ませてくれるらしい。前世で飲んでた紅茶とは全く違う香りに驚きつつ、まずは一口飲んでみた。


「う……! 美味い!」

「え? そ、そんなに喜んでいただけるなんて!」

「いやいや! これは凄いよ」


 ぐびぐびっと飲みまくっちゃう俺。考えすぎてパンクしかけた脳が癒やされていく。


「まあ落ち着きはしたんだけど、記憶は戻ってないかな。そのうち戻ると思うんだけど」

「やはりそうだったのですね。ですが不思議でございます。ぼっちゃまは記憶を失っているというのに、とても冷静でおられますね。普通は焦ってしまうと思うのですけれど」


 そりゃ記憶失ってるというか、本当は別の人間だからね……なんてことは口が裂けても言えない。


「ああ。こうなってしまったら焦ってもしょうがない。むしろ気楽だよ」

「気楽……ですか」

「うん。一からやり直すみたいな気分なんだ。紅茶、美味しかったよ。ありがとう」

「え……ぼ、ぼっちゃまが、お礼を!?」


 ハッとした顔になる美人メイド。お礼くらい普通に言うでしょうよと思いつつ、噴水の向こうにある屋敷の中廊下に、一人の男がいることに気づいた。


 中年くらいで茶色い髪を短く整えた男は、プレートメイルを纏って剣を腰に下げ、静かに周囲を見渡している。


 この屋敷には警備を任された騎士達が何名かいて、会うたびにビビるほどの大声で挨拶された。彼はきっとその中の一人であり、かつ年齢的にみて偉い人ではないかと予想していた。


 とりあえず近づいて話しかけてみる。


「やあ、見回りかい?」

「な!? ぼ、ぼっちゃまではありませんか。私めに、普通にお声がけをされるとは、一体どうなさったのです?」

「いや、声かけるくらい普通だろ」

「し、しかし! 昨日までぼっちゃまは、我々が挨拶をすると返事どころか唾を吐きかけておりましたので」


 ひ、酷い。いくらなんでも鬼畜すぎる。


「ぼっちゃまは記憶を失ったとお伺いしておりましたので、ご存知ではなかったかもしれませんが」

「そうか。俺は随分と失礼な真似をしてしまったのだな。すまない。許してくれ」

「ぼ、ぼ! ぼっちゃまが謝罪を!?」


 その男はオーバーに二、三歩後ずさって驚きまくっていた。ガルロードはきっと謝罪なんて縁のない男だったんでしょう、きっと。


「それより、警備は順調かい?」


 男は戸惑いつつも、なんとか冷静さを取り戻してピシリと気をつけの姿勢を取る。


「は! 順調です! 我がライアス護衛騎士団は、今日も屋敷全体を完璧に警備しております」

「うむ、ご苦労。失礼な質問ですまないが、君がライアス?」

「は! 私めがライアスです。お忘れになっているかと存じますが、ぼっちゃまとは知り合って五年になります」


 五年も挨拶がわりに唾を吐いてくるやつと付き合うのは大変過ぎる。よく働けるものだと、俺は彼に尊敬の念を抱いた。


「長い付き合いだったんだな。ところで、腰の剣は本物なんだよね?」

「はい。いつ何時でも侵入者と戦えるよう、本物を身につけております」


 この人、かなり強そうだな。まずは鍛えるところから始めてみようか。


「もし時間があればでいいんだが、俺に剣を教えてもらえない?」

「……な、なんと! ぼっちゃまが、剣を習いたいと!?」


 またしてもビックリしてるライアス。どうやらガルロードは剣も習ったことなかったらしい。


「ああ。俺もどうやら暇みたいなんでね。少しは鍛えたいんだ」

「承知しました! 私も体が鈍っていたところです。早速始めるとしましょうか」


 鍛えるにしても、いきなり実戦は危ない。


 まずはチュートリアルということで、俺はライアスから剣を習ってみることにした。

 

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