第3話 勇者の転生

「起きろオラ! 終点だぁ!」

「ぐえ! は、はあ!? 何すんだお前」


 電車の中で居眠りをしていたら、突然頭に鈍い衝撃が走った。多分ゲンコツでもしやがったんだろう。


 目を覚ますと驚くほど大きな駅員の男が、俺にガンを飛ばしてやがる。


「何すんだじゃねえだろ。終点だって言ってんだろうが。とっとと出ろや」

「お前、駅員の癖に偉そう——」

「いいから出ろ!」

「ウォ!?」


 あろうことか奴は、こっちの言い分なんて聞く耳ないとばかりに、胸ぐらを掴んでドアの向こうまでぶん投げやがった。


 思いきり固いアスファルトに背中から叩きつけられ、息が詰まってしまった。なんて野郎だ。


「転生したからな。二度と来るんじゃねえぞボケ!」

「は!? お前なぁ、ぜってえ訴えて、」


 ようやく呼吸できるようになった俺は、既に裁判する気満々で奴を睨みつけようとしたが、なぜかいなくなっていた。


 腐れ駅員だけじゃない。電車そのものも消えていた。あの短い時間の間に出発したっていうのか?


 ワケの分からないことだらけだ。とにかくここから出るしかないか。一体どこまで来ちまったんだろうと周囲を見渡すが、真っ暗でよく分からない。不気味だ。


 改札には誰もいなくて、俺はただトボトボと知らない通路を歩き続けた。無人の駅、薄暗い通路。なんかやばいんじゃねーのここ。


 ここ最近は面白くねえことばっかりだが、今日はとびきり不運だわ。そう思いつつ、スマホを手に取ろうとしたが、ない。


「え!? マジかよ!」


 この国でスマホをなくすことは、もはや生きる術をなくすに等しい。だから俺は焦ってその場で右往左往して、もしかしてホームに忘れたかと思って戻ろうとしたが、なぜか背後は真っ暗だった。


「やべえ……どうなってんだよ」


 怖くて戻る気になれず、とにかく通路を進む。どうしてこんな目にあっちゃうんだよ俺。


 昼間はいつもどおり、無能な部下を怒鳴りまくって仕事を押し付けた。夕方には仕事を早めに切り上げて不倫相手の女に会いに行った。


 俺の毎日は大体変わらない。いつだってやりたいようにやる主義だ。


 こんな生き方を否定する嫉妬野郎もいることだろう。だが、今どきそんなことは誰だってしてるもんだ。


 むしろ俺は優しいほうなんだから、ここまで怖い思いをするような覚えはないんだがな。


 世の理不尽を嘆きながら進むと、徐々に周囲が明るくなっていくような気がした。そして通路を抜けた先で、眩い輝きが広がる。


 さっきまで深夜だった気がするが? スマホを無くした焦りも忘れ、脳内は混乱と苛立ちが混じり合い、どうしようもない気分だ。


 そして光が明けた先にいたのは、見たこともない偉そうなジジイだった。似合わない王冠を被り、周囲にこれでもかっていう騎士のコスプレした外人を引き連れている。


「勇者ショウよ、よくぞ参った!」

「……?」


 ジジィの一言に咄嗟に反応できない俺の肩を、よく知らない褐色のにいちゃんが強請ってくる。


「ショウ! 何をぼうっとしてるんだよ。王様に片膝をついて敬意を示せ」

「早くしたまえ。不敬罪になるぞ」


 ちょっと気取った若い神父みたいな男が、不敬がどうとか抜かしてくるんだが。そもそもこいつらも何なのか。


「え? お前ら誰?」

「「は?」」


 この時、不穏な気配を察したかのように周囲がざわめいた。


「どうかしたのか? 勇者よ」

「勇者ぁ? いい歳こいて何を言ってんだよ。勇者なんかいるわけねえだろ」

「な……!?」


 さらにざわつき出す周りの連中。うざいったらねえ。すると、さっきのにいちゃんと神父が二人して俺の肩を押さえて叫び出した。


「ショウ! まさかお前……さっきの戦いで、そうなのか!?」

「思いきり頭を強打していたから、もしやと思ったのだが」


 ん? 頭を強打なんてしたっけ?


「アルスラ王! どうやらショウめは、記憶喪失に陥ったようでございます。先ほど相対したオークに後頭部を殴られ、しばらく失神していたのです」


 するとアルスラとか呼ばれたジジイは立ち上がり、悲しみまっしぐらっていう顔で近づいてきた。


「おお、おおお! なんということじゃ! ショウよ、とにかくまずは休息を取るのだ。お主の記憶が戻らず、勇者としての力が発揮できないということになれば、世界は滅びの道を辿ってしまうことになるぞ」


 そこからはもうまっしぐらというか、俺は拉致同然の強引さで連れていかれ、ホテルの一室みたいなところに閉じ込められてしまった。


 神父みてえな男が俺に付き添っていて、ずっと深刻そうな顔をしてやがる。


「明日、大司祭様を連れてくる。とにかく今日は休んでくれ。何もかも思い出してくれれば良いのだが。私の名前も覚えていないのか?」

「覚えてないっていうか、初対面だろ」

「なんということだ。神父アルバレスだ、覚えておいてくれ。それと、外は危険だから外出などせぬように。それでは、」

「ちょ、待てよ!」


 アルバレスとかいう神父姿の男が去ろうとして、俺は追いかけて玄関ドアを開ける。奴は出て行くなり、猛烈な早足でどっかに行ってしまった。


 どうなってんだ一体。呆気に取られつつも、今は他にどうしていいのかも分からなかった。ホテルの通路っぽいところを散策してみたが、要所要所に強そうな兵士が突っ立っていやがる。


 あれはガードマンなのか。とにかく明日を待つべきなんだろうか。することもなく部屋に戻り、近くにあったソファに腰をおろした。


「まるでゲームの世界じゃねえかよ。どうなってんだ」


 そう呟いた矢先のこと、四十平米ほどの部屋の中心で、奇妙な光があることに気づいた。またしても怪奇現象が起こってやがるのか? そう思い立ち上がる俺。


 光は徐々に大きくなり、何かがテレビみたいに映し出されたようだ。


 その向こうにいるのは、驚くほど美人な女だった。

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1ミリも知らないRPGの悪役に転生したので途方に暮れていたら、空から攻略本が降ってきた コータ @asadakota

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