第14話 ____分の1
(…………ハドリーの野郎、ぜってえ許さねぇ)
騎馬弓術で一気に注目を集めた日。しかしヤヌシュはむしろ、失意のまま昼食時を迎えた。
傭兵時代はあんなにべったり一緒に過ごしたのに、ここに来てからすれ違ってばかり。そりゃあお互いそれぞれ都合の一つや二つあるけども。にしても、誰も知り合いの居ない場所で放り出すなんて、ものすごく良くない極悪行為だと思う。
──と言ってもな。今更子供じゃあるまいし、いい年した男同士だし、ずっと一緒なんてのもおかしいわけで。
さっき、一言声をかけられたのを無視して離れてしまったけど。ああ…………下らないことをした。この場合はこっちから謝るべき、なんだろうなぁ…………。
つらつらととりとめのない思考が頭を流れていって、かつ言葉に出来ない感情が胸を満たして。今この瞬間。ヤヌシュは最高になんとも言えない気分だった。
そもそも自分は家族の行方が知りたかっただけで、
その手伝いをしてもらうのは誰でも良かったはずで、
でもその中であんなにいい奴に出会えて、
ここまで二人三脚でやってきて。
およそ三ヶ月つつがなく傭兵やれたのも、
今こうして確実にサディークに近づいているのも全部あいつのおかげで、
…………………………あああああああどうしたらいいんだ。
長い金髪をわしわしと掻きむしる。
それをふと眺めると。
理想の美人だったのに。
かつて出会った時。そしてつい最近。ハドリーからそう言われたことを思い出した。
「……どういう感情だよ、それ」
女と間違えたから声をかけた、といつかのハドリーが言っていた。女だったら抱いたのに、とまで言われた。それもこれも、ヤヌシュもといエッケハルトが、美人の母親にそっくりだからだ。それは決して彼本人をきちんと見てかけられた言葉ではない。
ほぼ脳直。
美人に弱い男。ただそれだけだ。
(……そういやあいつ、娼館で女選ぶ時も顔から入るタイプだったな……)
ハドリーが有料の女と連れだっているのは、過去何回か見た。そのことごとくが、「とにかく店一番の美人を指名しました」という感じ。真剣に考えると、ただの節操なしだしプライドもポリシーも無さそうな指名の仕方をしている。となると……なんだか悩むだけ、無駄な気がしてきた。
(……やめよ。悩む価値なかった)
そのカラクリに気づいてしまうと、酷く下らないことに感情を費やした気分になった。…………はぁ。深く深くため息をつく。
なんであんな奴のこと真剣に考えてたんだか。
そんな事より飯食お。
ここでヤヌシュの興味は昼食のメニューに移った。
「……お? 騎馬ボーイじゃん。相棒はどうした?」
「たまには俺達と遊ぶか?」
食堂。ヤヌシュがふらりと扉をくぐると、そこには奴隷軍人見習い、同期の白人グループが数人集まっていた。恐らくこれまできちんと話したことなどない。だが、西方言語で気兼ねなく話す空気には少しだけ憧れがあった。今日くらいは、食事を一緒してもいいだろうか。
「…………もし、お前たちがいいなら」
「おう、いいぞいいぞ。一緒に飯食おうぜ」
ヤヌシュは一瞬だけ考え、彼らに視線を戻す。同期たちは気さくに手招きし、椅子の背を引いてくれた。ここに座れ、という意思表示だ。今日はそれにありがたく従わせてもらう。ヤヌシュが席につくと、正面に座っていたアッシュグレイの髪の男が興味津々、といった表情で話しかけてきた。
「もしかして、お前とちゃんと話すのって初めてか?」
「多分」
「そっか〜。俺トビー」
「オレはヒューゴ」
「俺ルーサー。よろしくな」
「ああよろしく」
次々自己紹介され、次は自分の番。
ヤヌシュだ、と名乗りかけて、
「……俺、は、」
「?」
少し言い淀んでしまう。
せっかく、こいつらしか西方言語の解読が出来ないのに。バラされなければ誰にも知られないのに。そう思うと、むくむくと真実を伝えたい欲求が膨れ上がってきた。
「……お前たちは、何故ここに居るんだ」
「え?」
「…………イラーフ教の奴らなんかに捕まって、悔しくないのか、と聞いている」
「それは…………」
何気ない質問をぶつける。すると、三人はそれぞれ一様に諦めのような表情を浮かべた。
「だって、生きていくのにこれしかなかったから」
「……そうなのか?」
「ああ。あいつらに捕まったが最後。死ぬか、奴隷になるか、二択だって言われたら……これしか道はないじゃん」
「そりゃあ、一生一回、捕まるくらいなら! とかかっこいいこと言ってみたかったけど。……無理だよ、そんなの。痛いの嫌だし……怖いし……あーゆーの言えるのって、ほんの一握りだと思うよ」
「…………」
最後に呟いた、ルーサーとやらの言葉。ああ、自分とは違うんだ。と思わされた。ヤヌシュは小さく俯く。彼はあの時、確かに覚悟したのだ。
死ぬか、生きるか。
どちらを選ぶと聞かれたら、出来るなら。勇敢に戦い、一人でも多く敵を殺した上で、息を引き取りたいなと。
それが騎士の矜持。彼の生きる理由だった。
「あ、で、それがどうかした?」
「いや…………なんというか……
その、ここで聞いたことは、他言無用でお願い出来るか?」
「え、なにそれこわい。いいけど」
「えっ、なになに。何が出てくんの」
「いや、大したことではない」
「その前フリで??」
言ってしまいたい。言ってしまえ。
「……………………俺は、実は………………
騎士の家の生まれで、東西聖戦の救援のためアヴァロンから来たんだ」
「えっ!?」
三人の目が丸くなる。
ああ、言ってしまった。
だがもう止まらない。ヤヌシュは、否エッケハルトは、無意識に緊張して肩から流した自分の金髪の端をくるくると弄った。
「俺というか…………私と父と兄弟は、本当はシャルファに力を貸して、首都その他を守り抜くはずだった。なのにある日、イラーフ教の奴らから突然攻められて、城門が焼け落ちて、」
「……タンマ。それ、俺たちが聞いちゃまずいガチでヤバい話、じゃない?」
「そんなことはない。誰にも言わないでいてくれれば」
「わああああ」
三人は揃って顔を青くした。ヒューゴが身を乗り出す。
「……じゃあお前が、いやアンタが、ここに居る理由は」
「決まっているだろう? まずは敗戦後の父と兄、そして仲間の行方を追う。そしてその結末が芳しくなかったら、刺し違えてでも仇を殺す」
「……やばい。覚悟ガンギマリすぎる」
「……そうか? 悪いな。幼少期より、異教徒は殺せと父から教わってるんだ」
「………………そうか、そうなんだ」
そうして、彼らは口々にこう言った。
お前はすごいな。真似できないよ、と。
(……どうして)
別に手を貸してくれなんて言ってない。
なのに何故、そうやって拒絶されなきゃいけないんだ。
一線引かれて。自分とは違う、と言われなきゃいけないんだ。
同じ人間なのに。
「そ、そっかぁ……じゃあ、ここには並々ならぬ覚悟で来てる感じなのな……把握……」
「…………まぁ」
「じゃあ、下世話ついでに聞いちゃうけど、自分を負かした相手はわかってるの?」
「ああ。サディークだ」
あの黄色の旗の持ち主。そう告げると。
「ひゃあ〜〜〜〜!」
トビーが殊更感心したような声を上げた。
「サディークかぁ……いい噂聞かないわぁ」
「そうなのか」
「そりゃあもう。自分が執着したものは、人だろうと物だろうと街だろうと手に入れないと気が済まない傲慢野郎らしい。
ここに居るとたまに聞こえてくるんだ。女癖が悪いとやら、男にも手を出す変態とやら、えげつない作戦で街を手に入れようとしたとやら」
「なるほど…………」
そういやハドリーも言っていたな。ろくでもない男だと。
すると、三人が口々に褒めちぎってきた。
あのサディークと敵対しようなんてすごい、心から応援する、誇りに思え、自慢する。
……ま、そこまで囃されると悪い気はしない。結局エッケハルトは、ほんの少しだけ寂しい気持ちを抱えつつ。なんやかんや彼らと共に昼食を食べた。
「そういやお前の名前、言いにくそうにしてたけどヤヌシュ……じゃなかったり?」
「私の本名はエッケハルトだ。エッケハルト・シュタウディンガー」
「うおおおお〜〜、かっけえ〜〜〜〜」
なお世間話は、それなりに盛り上がった。
(……よく考えたら、ハドリーは俺のやろうとしてたこと、悩みはしてたけど茶化しはしなかったな。
あくまで実行することとして、真剣に考えてくれた。
あいつ……やっぱりいい奴だな)
昼食後。
エッケハルトが食堂を後にし、廊下を歩いていると。
「お、エッケ。先来てたんだ。もしかして飯、一人で食べた感じ?」
前方からハドリーがやってきた。
そういえば、最近の昼飯はなんとなく一緒に食べるようにしてたっけ。
「いいや……悪い。今日は白人の奴らと一緒に食べてきた」
「え、そうなんだ、他の奴と仲良くしてきたんだ?
良かったじゃん!」
「……!」
ハドリーという人間は、いつもあまりにも呑気で晴れやかだ。暗黙の了解とはいえ、約束をすっぽかした人間に対してこんなにも明るい笑顔を向けられる。
そのあまりにも脳天気な態度に。
エッケハルトは猛烈に腹が立った。
『ッ、よくねーーーーーよ! お前はどこで何してたんだ!』
「え、なんで不機嫌???」
『不機嫌じゃない……!』
「いやそれ典型的な女ムーブじゃん……」
「違う、違う!」
これではまるで駄々をこねる子供だ。ハドリーもそれに気づいたらしい。さも可笑しそうににんまり笑ってみせた。
「…………あ、もしかして寂しかった? 俺が居なくて」
『ケッ、馬鹿か。ここには友達作りに来たわけじゃないし、ここで仲良くなっても別れるかもだし、俺は復讐のためにいるんだよ!!』
矢継ぎ早に返事を返す。それを見返すハドリーは、あまりにも冷静でオトナだ。
「じゃあ。俺がどこ行って何しててもいいよな」
「………………それは」
「苛々される筋合いないよな?」
「…………ッ」
返す言葉が、ない。そんなエッケハルトに。
ハドリーは、一歩、二歩、三歩。近づいてきた。
極々至近距離で、舐めるように覗き込んでくる。
「……なぁ、エッケハルト。今どんな気持ち?
俺ってお前の何?」
「……何、って」
何。なんだ。どんな存在だ。強いて言うなら……
「………………………………………協力者?」
悩んだ末に、エッケハルトがぽつりと返すと。ハドリーは盛大に吹き出した。
「ちょぉっと待てよ、この流れで友達ですらないの!?」
「え、いいのか、友達で」
「いいよ別にぃ。え、お前友達居たことないの?」
「悪かったな、ほとんど剣ばかりの人生で!」
「うははははは!!!!」
何が面白いんだろう。ハドリーが涙を流しながら笑うので、エッケハルトは思わず赤面してしまう。
しばらくひいひい笑い倒して。やっと少し収まった頃に、ハドリーがなんとか聞いてくる。
「ちなみに……お前の人生のほとんどが剣だとして、〝ほとんど〟以外は何なんだ?」
「え、女」
「…………!!!!!!!」
そしたらまぁ、これまたしこたま笑われてしまった。失礼な。普通そうだろう? そう聞いても、何にも聞こえてやしない。
いくらかの時間が過ぎたあと。二人は床に並んで座り、少し話した。
「……………………俺、本当は、お前と離れたくない」
「……うん」
「お前は友達も知り合いもたくさんいるけど、俺にはお前だけなんだよ、」
「わかったわかった」
「…………寂しかった…………!!」
「はいはい」
この際だから全部ぶちまける。
ハドリーはまるで飼い犬にでもそうするように、エッケハルトの頭を撫でた。
「わかった、大丈夫。これからはずっとそばに居るからな」
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