第04話 嗚呼素晴らしき下流の嗜み

 救援依頼を出したきゃ飛竜を使えばいい。

 その言葉に微かな希望を見出して、海辺の街アレクサンドレッタ最初の夜は終わりを迎えた。


 

 そして日が昇り。


 

「起きろ、朝だぞ。羊皮紙と筆記用具が欲しい。手紙を書かせてくれ」

「んんんんんうるさぁい…………今何時だと思ってンだよぉ……」

「朝だ」

「まだ朝じゃねぇか…………俺はそんなもん持ってないし、朝の早よからやってる雑貨屋なんかねぇよぉ…………」

「そうなのか?」


 傭兵ハドリーがよく泊まるという宿屋の一室。エッケハルトは夜明けと共に目覚め、急いで隣室のハドリーを起こしに行った。


 黒髪で大柄なハドリーは半裸で寝台から大きくはみ出し、今にも落ちそうになっている。なんてだらしない奴だ。仕方がないので起こすがてらぐいと抱えあげると、先程の言葉をもらえた次第だ。


「朝やっていないならいつ行けばいい?」

「さぁ〜。今あさなら、教会の鐘があと2回は鳴った後(=2時間後)かな……」

「そんなに?! なら、それまで何をしていればいいんだ」

「寝てろようるさいなぁ……」

「それじゃ身体がなまる」


 駄目だ、話にならない。こいつは放置していこう。エッケハルトは寝台に戻したハドリーの布団をかけ直し、彼の部屋を後にした。


 そそり立つような岩山を背にして、街と海が広がるアレクサンドレッタ。エッケハルトは外に出て潮風を吸い込み、夜の闇が消えゆく海を眺めた。なんて美しい光景なんだろう。この絶景は故郷では見られなかった。


 外に繋がれた愛馬を世話し、武具を手入れする。まだまだ時間がありそうなので、運動と散策を兼ねて軽く街を走る。いつものルーティンも、知らない街でやると新鮮に思える。ハドリーはまだ起きない。


(仕方ない、あいつが居ないと食事も取れないし……

 あとは剣の稽古でもするか)


 いよいよ暇を持て余したエッケハルトは、剣を抜いて素振りを始めた。かつて父に教わった通り、仮想敵を相手に斬りかかる型を繰り返す。昨日、大したことないとタカをくくったならず者相手に負けかけた。型だけじゃ駄目だ。もっと柔軟に。もっと視野を広くして戦わねば。


(クソ……私は弱くない、はずだ)


 ビュ。鋭い突きを虚空に放ち、苛立ちをぶつける。そうやって何度も何度も素振りを繰り返す間に、気づけば太陽は頭上近くまで登っていた。

 


 



「ふわぁ…………」


 もうすぐ正午という頃。ようやくハドリーが起きてきて、口が裂けそうな大あくびをかました。空腹が限界を超えたエッケハルトは、もう我慢がならない。急いで昨夜の飯屋に連行した。全く、どこまでだらしない奴なんだ。


「おい、今昼近くだ。もういいだろ。雑貨屋はどこだ。飛竜を飛ばす場所も教えてくれ」

「んんんん…………」

「なぁハドリー、私は腹が減ったんだ。食事、食べていいよな」

「好きにして…………」


 むにゃむにゃ言う彼の言質を確認したエッケハルトは、勇んでメニューを広げた。昨日気になっていたが食べられなかった物を中心に頼もう。あれとこれと、えーと……。

 楽しそうにメニューを選ぶエッケハルトを見て。ハドリーはようやく自主的に口を開いた。


「ところで騎士サマ、カネはあとどれくらいあるんだ」

「え? 金……は……食事の分くらいは充分あると思うが」

「そうじゃなくて。お目当ての『飛竜』。一回飛ばすのに金貨一枚かかるんだけど、蓄えはあんのか?」

「え……! 竜って…………そんなにかかるのか…………!?」

「そりゃそうだろ。鳩より馬より速く着くんだ、それ相応の価値を代価にしないと」

「ぐぅう……」


 慌てて皮袋の中を確認するも、無い。そもそもこの旅は、父の配下である魔導師が持たせてくれた金貨一枚であれこれあがなってきた。だがそれも七日目を超えた今。

 エッケハルトの現在の所持金は、はっきり言って大分少なくなってしまっていた。


「…………金が、無い」


 呆然と皮袋を握りしめるエッケハルト。一方、彼の眼の前のハドリーはやけに愉快そうな表情だ。

 

「ほ〜ん。美人元騎士様が金欠元騎士様になるたぁ、傑作だな」

「おい、笑うな。何か……ないか。こう、手っ取り早く金を、稼ぐ方法は」


 藁にも縋る気持ちでハドリーを見つめると。自称フリーの傭兵ハドリーは、楽しそうににんまりと瞳を細めた。

 

「あるよ」

「あるのか!?」

「あるけど、もしかしたらお前には目の毒かもしんないな…………」

「?」

「何せ、血の気の多いムサ苦しい男がお下品な遊びをする場所だから……」

「え、と」

「生まれてこの方騎士育ちのボクに耐えられるかなぁ」


 あくまでハドリーはニヤニヤ笑いを隠さない。だが、エッケハルトは顔こそ上品だが、長らく戦場というむさ苦しい男ばかりの場所で生きてきた。今更何を恐れることがある。意を決して、ぐ、と唇を引き結ぶ。


「何を言う、騎士ほど男に囲まれる職業もないだろう。私をそこへ、連れて行ってくれ。何が起きようと驚かないと約束する」

「えぇ〜〜、ホントにぃ?」

「本当だ」


「…………じゃあ、これで」

「??」


 その言葉と共に差し出された、一枚の銅貨。

 エッケハルトが、したり顔のハドリーに連れて行かれた場所は。








「押せ押せ押せ、なぁにやってんだスカタン!! そこでぶっ倒れるなんて男じゃねえ、ちん●ちょん切っちまえ!!」

「ハハハ、5連勝の男がなんだって!? この賭けもらった! 掛け金総取り金貨5枚!!!」


 げらげらげら!!


 石造りの建物に大音量で響く男たちの笑い声。熱気。酒気。ここは先程の飯屋から、海沿いに少々南下した位置にある酒場。時刻は二人が先程ブランチを食べ終えたばかりという真っ昼間なのに、まるで夜中のような雰囲気を醸している。


 飛び交う金貨、殴り合う男たち、騒ぐ野次馬。床には大量の血。それがあまりにもあちこちに点々としているものだから、もはやこれが殴り合って落ちたのか、誰かが酔っぱらって転んでついたのか、全くわからない。


 とにかくくさい。そしてむさ苦しい。

 

 エッケハルトは昨日洗ったばかりの柔らかな金髪を押さえ、微かに俯いた。


「………………なんだこれは」

「アレクサンドレッタ名物、昼間から呑んでるごろつきの集団です」

「……つまり?」

「ここはお尋ね者や傭兵が酒飲んじゃ喧嘩して、ついでに賭けになって金が飛び交う場所でな。つまるところ、元手があんまない俺達にはうってつけの稼ぎ場ってことよ」


 殺せ! 殺せ!!

 大勢が叫び、床が踏み鳴らされ、輪の中央に居る巨漢たちが殴り合う。その度に血と汗が飛び散り、観衆の男たちから汚い歓声が飛んだ。


「…………………………」

「ほらぁ、絶句した。だーから言ったじゃん、エッケみたいなお上品な坊やにゃ辛いかもよって」


 隣のハドリーの、これみよがしなしたり顔。エッケハルトはそれに大層むかっ腹が立ったので、彼をじろりと睨みつけた。

 

「いや…………確かに約束した。何が起きても驚かないと。私はやるぞ。参加するにはどうしたらいいんだ」

「おっ、やる?

 じゃあ、掛け金を掴んで大声でコールだ。

 おおい、俺達もやるぞ! 銅貨一枚! 赤毛の男にベット!」


 すると、その場の何人かがバッと後ろを振り向いた。急にぎょろりとした目がこちらを見たものだから、エッケハルトは咄嗟にハドリーの背後に隠れた。そのうち1人がにやにやしながら話しかけてくる。


「お、なんだそのねーちゃん? えらい別嬪じゃねーの」

「いやぁ、昨日ナンパしてモノにしたんだ。いいだろ、俺のだぞ。手ぇ出すなよ」


 なるほど、ここの男たちはいかにも筋骨隆々で、どいつも2メートル近くありそうだ。鍛えているとはいえ、170半ばでまだまだ成長途中のエッケハルトなど、ひょろりとして女に見えるわけだ。

 唇をひん曲げるエッケハルトに、ハドリーがひそひそ話しかけてくる。


(エッケ、せっかくだから挨拶して驚かしてやれ。ドス効かせた声で男だって言えば、こいつら超絶度肝抜かれるぞ)

(ええ? 嫌だよ下らない……)

(ついでに、今後のことを考えて自分のこと「私」って呼ぶのはやめろ。金持ちかと思われて危ないし、状況的にも西方の騎士だってバレるのはマズいんだろ?)

(それは……そう、だけど……)

(ほらほら練習。俺みたいな話し方してみろよ)

(………………)


 肘でつつかれ促されて。エッケハルトは一歩ハドリーより前に出る。流れる金髪と淡い灰色の瞳におお、と男たちの感嘆の声が漏れ聞こえるが。これ以上舐められるわけにはいかない。


 これから私は、俺は、国を賭けた戦争をするんだ。

 遊んでいる暇はない。


 すぅと息を吸い込み。ぎゅうと借りた服の裾を掴んで。

 


 

「うううううるせええええ、俺は生まれてこの方、いくさと共に生きてきた男だ!!!! 

 姫とか呼んだ奴ぁぶっ殺すかんな!!!!!!」



 

 エッケハルトが鍛えた腹筋を駆使して全力の大声を出すと、


「マジかよ!!!!」


 その場が一気に沸いた。なお何がおかしいのか、ハドリーが一番ウケている。


「どうよ俺の相棒。最高だろ!」

「これで男か! っかぁ〜〜、やられたぁ〜〜」

「え、んで何、お前も賭けるって?」

「ほら美人が見てるぞ! 負けんなよ!!」


 ハドリーとエッケハルトの参加宣言及び自己紹介(らしきもの)が終わると、賭け喧嘩は何事もなかったかのように再開した。

 赤毛のムキムキ野郎VS黒髪のムキムキおっさん。

 さてその勝敗は、エッケハルトとハドリーの声援が功を奏したのか否か、赤毛の男が勝った。銅貨一枚が銅貨五枚へと変わる。


「よっしゃ、あとはこの要領で金を増やして金貨一枚まで持ってくだけ。次はどっちに賭ける?」

「じゃあ次は挑戦者の方だ。さっきの赤毛はかなり運動したから体力を消耗してる。挑戦者の方が有利」

「ほ〜、なかなかクレバーな推理じゃねえの。

 んーじゃ次は金髪に銅貨五枚! 全部持ってけ!」


 二人は意見を交わし、時にハドリーの助言を参考にし、次々と賭けに勝ち続けた。ちなみに一度、全財産消失の危機もあったが────


「てんめぇ、俺達の全財産消し飛ばしたら承知しねぇからな!! この剣に真っ二つにされたくなかったら気張れクソ野郎が!!!!」


 エッケハルトの美しい顔に似合わぬ見事な罵倒及び声援がテキメンに効いたおかげで、事なきを得た。ついでに、「男でもいいからこの顔に罵倒されたい」という変態が湧いたのには苦慮したが。身分を隠すためには想定外のハプニングも耐えるしかない。

 全ては救援のため。エッケハルトはなんとか様々な感情に耐え、そして。

 

 日暮れ頃。二人は日を跨ぐこと無く、無事金貨一枚相当の金を得ることに成功した。


 救援依頼の発信まであと少し。

 海辺の街に夕闇が落ちていく。





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