虐め?

次回は18時に更新です!( ̄^ ̄ゞ


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 改めて、生まれ変わった先の人物について紹介しておこう。


 ───サラサ・ミレリア。

 大陸一の国家であるミレリア王国の第五王子で、御歳七歳。

 上には四人の兄と二人の姉、一人の妹がおり、性格は比較的内気。加えて生まれながらにして病弱で、第王子であるサラサはそういった側面があるが故にあまり外に出なかったのだそう。

 おかげで一人の自分と比較し見下したい性格の兄に目をつけられ、虐められていたのだが───


(まぁ、こうしてってくれるのだから、私としてはありがたい限りだ)


 ───という情報を使用人の女から聞いたサラサは、上機嫌で王城の廊下を歩いていた。

 行き先は、王城の敷地にある訓練場。場所は分からないが、とりあえず外に出ればいいだろうと足を進める。

 この体になって一週間は経ったが、未だ慣れない場所。とはいえ、興味は感じない。

 前世も戦争に勝つ度に豪華絢爛な王城に呼ばれていたため、知らぬ王城であってもさして興味はない。

 今こうして笑みを浮かべているのは、これから始まる試合いじめが待ち受けているからだ。


「坊ちゃん、やめましょうよー!」


 しかし、そんなサラサの横では涙を浮かべながら止めようとしてくる一人の女性の姿が。

 艶やかな金のサイドテール。可愛らしさが滲む顔に、メイド服越しでも分かる見事に育ったプロポーション。

 ───名前をリリィ。

 この人こそ、いきなり雰囲気が変わったサラサに色々と教えてくれた張本人であり、サラサ唯一の傍付きの使用人である。


「むっ? 何故だ?」

「何故って……絶対に虐めてくるからですよ! 絶対に坊ちゃんを叩いて楽しむんですって!」


 生まれ変わって一週間。

 ある程度この城に住んで分かったが、どうやらリリィはサラサによくしてくれる優しい子のようだ。

 それは初対面のサラサも充分に理解しており、彼女の心配を胸で受け止める。


「坊ちゃんのキューティクルなお顔に痣でもついたらと思うと、私は夜な夜な羊を数えても眠れません……ッ!」

「お、おぅ……そうか」


 眼前に迫る可愛らしい顔。

 思った以上の心配に、思わずたじろいでしまうサラサであった。


「ま、まぁ……言いたいことも分かる」


 しかし───


「とはいえ、木剣を使っただろう? ならば断る理由がないではないか……ッ!」

「うぅ……坊ちゃんが目を覚ましてくれたのは嬉しいですけど、なんか輝いている瞳と性格が戦闘狂バトルジャンキーになってる……」


 そもそも中身が変わったのだから当たり前。

 だが、そんなことをリリィが知る由もない。というより、当の本人ですら理解できていないのだ。


(一体どういう原理なのか。私の知っている魔術では、黄泉がえりや転生の類いは使用できなかったのだが)


 ようやく王城の出口を見つけ、サラサは足を進める。


『あっ、サラサ様よ』

『数日目を覚まさなかったらしいけど、お体大丈夫かしら……?』

『ほんと、お可哀想に……他の兄妹様と比べて才能もなくて、お体も弱いなんて……』


 途中、リリィのような使用人達のヒソヒソとした声が聞こえたが、考え始めたサラサの耳には届かなかった。


(私は死んだ、それでいて聞くところによるとこの子も生死を彷徨っていたらしい)


 あくまで感覚ではあるが、己の中に違う人間の存在は感じられない。

 戦闘好きの、寿命を全うした男の意識が、今足を動かしている。


(となると、この子の存在は消えたか死んだと考えるのが妥当か。死の直前に私が変わることで命を繋ぎ止めたと考えるべきだな……)


 いずれにせよ、色々な妄想で仮説を立てて考えても原因が分からないので意味はない。

 ブライツは、元よりあれやこれやを考えるような性格ではなく、ある程度大雑把に生きてきた。

 故に、今身に起こっていることも「やり直しの機会」としか受け取っていない。


「私、このあとちゃんと治癒士呼びます……ちゃんと呼ぶんです……最悪、クビ覚悟で私が坊ちゃんの代わりのサンドバッグに……」


 変わらず心配そうな顔をするリリィ。

 それを見て、サラサは思わず苦笑いを浮かべてしまった。


(まぁ、この体では怪我をする可能性も大いにある。どこまで動くか何も確かめられていない以上、彼女の心配はありがたい)


 ただ、と。

 サラサは口元を吊り上げる。


(下からまた高みを目指すというのは、やはり楽しいものだな。高揚が隠し切れん)


 相手は虐めようとしてくる子供。

 本来であれば、自分は態度から察するに虐められる対象なのだろう。

 こうして心配しているリリィが相手を止めないのは、王族であるが故にのはず。

 本当であれば泣き出したくなる要因なのだろうが、サラサとしては逆に嬉しかった。


(さぁ、再びまたれる! 自分がまずどこまで戦えるのか、確認を含めて楽しみだな!)


 そうして歩いていくと、いよいよ訓練場らしき建物の前までやって来た。

 遠目から見えた外観で判断して足を進めてきたが、入口から見える兄の姿で「合っていた」と少し胸を撫で下ろす。

 そして、サラサは迷うことなく中へ足を進めていった。


「遅い! サラサの分際で俺を待たせるな!」


 第四王子であるロイツはサラサの姿を見るなり怒鳴り散らかす。

 手には二本の木剣を持っており、一つをそのままサラサに向かって投げた。


(やはり、若いというのはいい)


 我儘で不遜で、手の付けられない子供。

 聞くところによると、ロイツはサラサと二つしか年齢が変わらないらしい。

 だからこそ起こる、現実も分別も付けられない言動。

 中身が六十は超えた自分にとっては、それが新鮮で妙に嬉しかった。


(ふむ……重いな)


 サラサは拾い上げ、木剣を手にして思う。

 前世なら、これほどの木剣など小指で持ち上げられるのだが、今の体では両手で持っても震えてしまうほど。

 これではまともに振れないだろう。

 しかし、サラサは気にも留めない───


(相手は子供……これぐらいのハンデがあって然るべき)


 構えはしない。

 無理に構えて動きが鈍る方が問題。

 故に、サラサは地面に突き立てるようにして剣を置いた。


「おい、さっさと構えろ! やる気あるのか!?」


 虐められるというのに、やる気もクソもない。

 後ろで見守るリリィは憤慨した顔を誤魔化そうとしながら、内心で思った。

 だが、サラサはそんな暴言ですら口元を吊り上げるだけ。


「戦いに合図などいるのか? どんな相手だろうとも、剣を握った瞬間に襲いかかればいいだろうに」

「あァ!?」

「要するに、。さぁ、ろうじゃないか」


 ロイツの頭に青筋が浮かぶ。

 すると、木剣を振りかぶってそのまま突っ込んできた。


「なら、お望み通り始めてやるよ、無能な弟が!!!」


 その姿を見て、リリィは思わず目を瞑った。

 また、いつものだ。

 ここでロイツの剣を受け止めきれず転がされ、あとは為す術なく叩かれるだけ。


「ふむ」


 しかし、それは昨日までの話。


「……正直な話をすると、落胆もいいところだな」


 サラサは剣を逆さ掴み、ハンマー投げでもするかのように振り抜いた。

 遠心力が加わった木剣。それは的確にロイツの頭を捉える。


「がッ!?」

「えっ?」


 ロイツとリリィのそれぞれの声が同時に聞こえる。

 次に聞こえるのは、ロイツが白目を剥いて地面へ倒れる音。

 そして───


「このハンデがあっても、初めはそこらの大人から相手にするべきか……せっかく楽しみにしていたのだが、子供相手では面白みが足らん」


 悠々と木剣を肩に担ぐ、サラサの声であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る