商業団体パワルタ

1-5 協力

 気が付けば、そこは大きな天幕の中。

 身体は縄で椅子と共に括り付けられていた。



「起きたか?」



 声の聞こえて来た方向に視線を移動させると、そこには椅子に座りカップを傾けている女指揮官、その後方には殺した筈の老兵、護衛に付いていた女が佇んでいた。



「まぁ……とりあえずは自己紹介と行こう。私は此処で団長を務めているキューべだ」

「ダンディーでハンサムな老戦士、フェイス」

「キューべ様の側近、サーナです」



 ーーこれは自分を油断させて情報を抜こうとしている、所謂尋問なんだとエルは押し黙る。



「ふむ……警戒心を解いてくれないぞ? 自己紹介ではダメだったか?」

「お嬢、そりゃあ相手は子供だぜ? 堅苦しい言葉遣いじゃ逆に警戒心を持たれちまう」

「その子供に毒針を使った人とは思えない素晴らしい気遣いですね」



 何処か和んでしまいそうな会話。

 だが、このままでは要領を得ない。



「名前はエル」

「おぉ! エル! 良い名前だ!」

「……どんなつもりで俺を此処に連れて来た?」



 エルが睨みを利かせ問うと、今までの空気が一気にピリッと引き締まる。

 数秒の沈黙の後キューベは椅子から立ち上がり、エルが拘束されている元へと歩みを進める。そして目前まで迫ると、キューべは腰を曲げエルの顎を持った。



「私と手を組まないか?」



 ーーザザッと昔の記憶が交差する。


 キューべの笑顔が、言葉が、心を締め付ける。


 ーーあぁ。あの時と同じ言葉だ。

 ただ違うのは、今のこの状況。彼女らが敵だと言う事。



「この世界を平穏にしなければならない、何とも素晴らしい目標だ。だが、エル。お前では"この世界を平穏には出来ない"」



 しかし、あの時とは全く違う言葉が続き、その言葉を噛み締めるかの様にエルは眉間に皺を寄せる。



「……もう1度言ってみろ」



 綺麗な金眼も、怒りがこもれば凄まじい迫力だ。しかし、キューベはそれに対して余裕綽々な柔らかな笑みを浮かべた。



「何度でも言ってあげよう。絶対に無理だ。君が思っているよりも世界は広い。君よりも強い奴なんて何人も居る。増してや、私達に負けている時点で君の計画は破綻している」

「お前には関係ないだろ」

「いや、それが関係あるんだ」



 キューベはエルの顔から手を離すと、先程まで居た椅子へとまた腰掛け、テーブルの上にあるホイップの乗ったケーキを切り分ける。



「私はこれから【世界を支配する】予定なんだ」

「世界を、支配する?」

「そう。君は平穏を目指して人を殺す……全員と言ってたな? 私は世界を支配する為に、君の手助けをしよう。そしたらWin-Winの関係になれるんじゃないか?」

「……お前に何のメリットがあるんだ?」

「パワルタは行商人が集まって出来た団体……つまり、国ではないんだ。だから段々戦力が不足して来るんだよ」

「………」



 キューベは肩をすくめながら、切り分けたケーキを口に運ぶ。



「エル。君の賞品ちからは強力だ。だが、強力だからこそ【代償】も大きい筈……平穏にしようと賞品を使い過ぎるのは君も不本意な筈だ。それを私が協力してやる。悪い話ではないだろう?」

「……【代償】?」



 聞いた事も無い単語に首を傾げる。

 それにキューベは1呼吸置いて、額に手を当てた。



「なるほど……まずはそこからか。いや、でもだとしたらーーまぁ、それは追々で良いか。で、どうする?」

「どうするって……」

「はあ。まだ決め兼ねているようだから言わせて貰うが、君があそこで平穏を望んで人を殺して行くとしてだ。今まで君は1日に何人の兵を殺して来た?」



 問われ、考える。だが正確な数字も分からず、途方も無いであろう人数からエルは応える。



「…………沢山だ」

「ぷッ!!」

「フェイス」

「あ、悪ぃ悪ぃ! 思わずな……」



 少し考えた後に出したエルの答えにフェイスが吹き出し、キューべが窘める。



「沢山……それが例えば100人だとして、今の世界の人口はざっと200億人だとされていて……1日100人ずつ殺したとしても2億日。約50万年掛かる計算だ。その間にも人は増える。つまりはだ、君が此処にいるフェイスの様に……お爺ちゃんになっても目標は達成されないと言う事だッ!」

「お、おい! お爺ちゃんは傷付くだろ!!? まだダンディーなオジ様ぐらいだろ!?」



 ビシッと指を差されるフェイスが驚愕な表情を浮かべる中、エルは忌避感を持たず、ちゃんと考えた。


 ハッキリ言えば、エルはキューベの言ってる事の大変さが理解出来ていなかった。知っている数字の単位でさえも十から千ぐらいまで。

 しかし『平穏な生活を送る為』には、どう考えても時間は掛かるという事は確かで……自分には知らない事が多過ぎるのも事実だった。



(平穏を過ごすには、普通の知識も必要……か)



 エルは考えた末に口を開く。



「分かった、手を組もう。ただ、色々教えて貰えると助かる」



 キューベはその言葉を聞き、口端を上げる。そしてケーキを頬張ると、椅子から立ち上がった。



「よし! サーナ、エルの縄を切ってやれ! まだ毒も回ってるだろうから補助も頼むぞ!」

「……本当に大丈夫でしょうか?」

「あぁ。嘘は言ってない」



 怪訝な表情を浮かべるサーナに、キューベは確信めいた口調で告げる。

 エルは怪訝な表情のままのサーナに睨まれながら拘束を解かれ、まだ痺れの残る腕を取って貰いながら立ち上がる。



「まずは皆への紹介と行こう」



 キューベとフェイスが天幕から出る背を追い、エルも外へと出る。


 強い日差しが降り注いで目を眇め、そこで待っていた光景にエルは目を丸くした。



「人気者ね」



 サーナの皮肉混じりの言葉が耳に届く。

 そこには何人もの軍服を来た兵達が集まっていた。その誰もが眉間に皺を寄せ、険しい表情を此方に向けていた。



「皆! コイツの名前はエル!! この度、商業団体パワルタの仲間になった!! そして、お前らの知人・友人を殺したのはコイツだ!! 歓迎してやれ!!」



 兵達を煽っている様なとんでもない紹介文にキューベは楽しそうに笑う。



「「「……」」」



 団長であるキューベの統率力のお陰か、ザワつきや動きは無い。


 あるのは、兵から返って来た無言の圧力と壮絶と言えるまでの殺気。

 此処に居る者は全て行商人の筈。それなのに、その殺気は一般人とは比べ物にはならない程で身の毛がよだつ。


 しかしエルにとって、それは日常茶飯事。それを身に纏う程の事をやって来ている。

 エルはその言葉に動揺を見せる事なく、一言。



「ーーよろしく」



 そう、告げた。

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