1-4 衝突

「ちっ! これだから化け物共は!!」



 崩れ落ちた足元を器用にも滑りながら、キューベは視線を上げ周囲を確認する。


 幸いと言うべきか、兵士達を見れば何人かは転がっているが多くは体勢を少し崩している程度だ。



「『狼狽えるな!!』」



 キューベは拡声器を使い指示を出す。


 人とは掛け離れた異能の賞品ちから。神から与えられたこれは、千差万別。人に害を与える物から癒しを与える物まで様々。

 ここまでの力を持つ子供は、世界広しと言えど中々見つからないだろう。


 しかし、これで動揺してる暇なんて戦場にはないーー。



「『近くに居る者は3人1組になり陣を取れ!! 後方に回り込んで居た者は上に戻り援護の準備だ!!』」



 下に着き、未だに地面から手を離さない子供に対してキューベは声を張り上げる。

 それに兵達は熟練の兵士さながらの動きで、素早く子供の前に陣を取り銃口を向けた。



「『……これでも、未だに降伏はしないか?』」

「……フッ」



 キューべの問い掛けに、子供は口角を上げるだけで何の動きも見せない。



「『やれ』」



 その言葉に、一斉に発射される冷酷な弾丸。射線上には確実に子供が交差しており、動かなければ死は免れない弾道だ。


 しかし。



「おいおい、マジかよ……」

「う、嘘……」

「……『もう一度だ、やれ!』」



 冷静に指示を出し、兵士は戸惑いながらももう一度発砲する。

 しかし、目の前には何度やっても同じだと言わんばかりに表情を変えない子供の姿があった。


 何百発撃とうとも変わらない、子供の手前2m付近には撃たれた全ての弾丸が空中で止まる。



「……銃はダメそう、か」



 キューべは子供を見据えながら、目を細める。


 人族は他の種族とは違い、何かに特化している訳では無い。身体能力が優れている訳でもなく、特殊な能力がある訳でもない。


 武器に頼るしかないのだ。

 しかし、パワルタ一般兵の主武器である銃が効かないとなると相当厳しい。



(ただ……神の賞品には【代償】がある)



 その賞品によって【代償】は変わり……強ければ強い程に【代償】は強くなる。


 つまり、強い賞品を使うなら、強い【代償】を支払わなければならないという事。



(ここで銃が効かないと決めつけるのは早計か? これ以上銃弾を防げば、【代償】が支払われなくなる可能性もーー)



 キューベが考えていると、止まっていた銃弾が地面に落ち、同時に子供は地面から手を離して掘立小屋の方へと向かった。



「『見失うな!』」



 反射的に指示を出し、急いで掘立小屋が密集する場所へと入り込むが直ぐに子供を見失う。


 入り組んだ細い路地の様な道が幾つもあり、広くても大人2人が手を広げた程の広さしかない通路。



(小さな子供なら素早く動けそうな狭さだ。これじゃあ人海戦術は使えない。誘いこまれたか……)



 1度上へ撤退する事も考えたものの……キューべは兵達に3人1組のまま扇状に探索を始めるよう指示を出し、フェイスとサーナだけは自分を守るように周囲の警戒に当たらせた。



「うわぁあぁぁぁッ!!?」



 そして直ぐに、悲痛な叫び声が大爆撃地グレークに鳴り響いた。


 急いで声の出所へ向かうと、そこには3人の兵士の死体が転がっている。



「こりゃあ、相当の技術だな。完璧な背後からのヘッドショットだ」

「……38口径、まぁ流石に使ってくるか」



 額の真ん中に1つ、9mm程の丸い穴が開いている。それ以外の傷は見当たらない。辺りには戦闘痕すら残っていない。

 つまり、気付かれないままの暗殺をした……凄絶な技術を持って。



 いや、待てーー。



「チッ! 『周囲を警戒しろ!!』」



 キューべは急ぎ、いつもより大きな緊迫感のある声で兵達に呼び掛けた。



「これは、やられたな」



 それに数秒遅れてフェイスも気付き、サーナはそんな2人の様子に首を傾げた。



「? 何がですか?」

「……相手は額の中心を綺麗に撃ち抜くような相当な手練れだ。だったら可笑しいだろ?」

「だッ、だから! 何がって言ってるでしょう!?」



 勿体ぶるかのように答えを言わないフェイスに、サーナは苛立っているかのように眉を八の字にする。

 


のは可笑しいだろ?」

「……あ、」


 そこでやっとサーナも気付く。

 どの死体も即死、しかも背後からの狙撃で死んでいる。なのに叫び声が聞こえて来たのは何故だろうか?


 あの子供は敢えて声を挙げさせていた……此方に戦力が集中されるように。



「ぐあぁあぁぁぁッ!!?」

「チッ!! フェイス! サーナ! 元の場所に戻るぞ!! 『全員元の場所に集合しろ!!』」



 このままでは多数の負傷者を出してしまうと指示を出すものの、連続で彼方此方から悲鳴が鳴り響く。


 急ぎ元の場所に戻って来るが、誰も来ない。



「おいおい、あの一瞬で全員をやったのかよ……」



 フェイスは眉間に皺を寄せる。


 探索を始めた兵は、約30人程。元の場所から離れ、まだ10分も経っていない。兵達は各々別の場所を探していて、まだ遠くに行ってない筈なのにだ。



「いや……まだ犯人がアイツ1人だと決まった訳じゃない。油断するな」

「「了解」」



 他の可能性を提示しつつ2人に指示を出し警戒していると、その者は出て来た。


 大剣を片手で引き摺り、もう片方の手には拳銃。背中には小銃が背負われている。そして、身体はほぼほぼ血に濡れていた。



「……今の世界じゃ、あんな子供でも殺戮兵器になりえんだからこえー話だよなぁ」



 フェイスが呟くの同時、子供が何の予備動作もなくキューべに向かって発砲。

 しかし、間一髪。隣に居たサーナは持っていたナイフで銃弾を弾き飛ばす。



「流石に1番最初に大将は取れねーだろッ!!」



 フェイスは持っていた小銃を発砲して牽制しつつ、子供へと近づく。


 弾は全て途中で落ちる事が分かっている。ならナイフならと思っての攻撃。

 フェイスのナイフは残像が見える程の速さで振るわれ、縦横無尽に子供の身体を切り刻む。



「げッ!? マジか!??」



 ーー筈だった。

 その全ての斬撃を容易く大剣で捌き切られ、フェイスは顔を顰めながら距離を取った。



(大剣をあそこまで素早く振れる訳が無い、アレも神の賞品のおかげだろうな……ならーー)

「マジで勘弁してくれよな~……何なのそれ? そんなのってアリ? お爺ちゃん相手なんだから手加減してくれない?」



 フェイスが嘆くが、今度は子供が拳銃を発砲しながら近づいて来る。フェイスはそれを迎え撃つようにダッキングし、下段から切り上げようとしたーー。



「くッ!!」

「!!」



 その時、1発の発砲音と共に子供の太腿から鮮血が飛び散る。



「うおらあぁッ!!」



 すかさずフェイスはナイフで首を狙いに行くが、エルは足を引き摺りつつ上手く後退する。



「ふむ……大体ネタが分かって来たな」



 サーナの持っている拳銃からは硝煙が漏れ出ている中、サーナの背後で戦闘を観戦するキューベが楽しそうに笑う。



「フェイス! コイツは何らかの賞品で、銃弾を止めたり大剣を軽々しく振っている!」

「あ"ぁ!? そんなの分かってらいッ!!」

「だが! 今コイツは銃弾を止める事が出来なかった!! 大剣を振る方に賞品を使っていたからだ!!」

「!!」



 キューベはサーナに『フェイスが攻撃すると同時に銃弾を撃ち込め』と指示していたのだ。


 どんな敵であろうと、無敵な存在などない。情報を集め、策を練り、試行する。そうすれば、どんな敵であろうと勝てる。

 それはキューベの根底にあるものだった。



「アイツは、銃弾を止める事と大剣を振るう事を同時にする事は出来ない!!」

「ははッ!! それは良い事を聞いたなッ!!」



 フェイスは小銃から拳銃に持ち替え、再び近づく。

 銃弾を撃ち込みながら、ナイフを振り抜く。子供はあからさまに顔を顰め、大剣を盾にしつつドンドンと後退する。


 太腿には風穴が開いている。逃げようにも逃げられない。素早い攻撃も出来ず、ジリ貧だろう。



(ん?)



 キューベは、フェイスの攻撃に耐えている中、子供がチラリと横を見ている事に気付く。


 その刹那。子供が突然フェイスの前から横へと移動する。



「なッ!? ぐうゥッ!!」



 そして大剣が横薙ぎに振るわれる。

 フェイスはその攻撃を何とか防ごうとするがナイフは半ばから折れ、上体から血を噴き出す。


 血塗れの子供は一息付くと、キューべ達の方へと視線を向け大剣を構えた。



「は……次は私達か?」

「させません!!」



 サーナがキューべの前に立ち塞がり、子供と対峙する。しかしーー。



「うッ!!」



 数合の打合い、何発かの銃弾が放たれた後、瞬間移動かの素早い動きにサーナがついて行けず、敗北を喫する。


 サーナの腹からは血が淀みなく流れ落ちる。

 キューべはそんなサーナに目も暮れず、子供だけを注意深く見据える。

 そんなキューべの首元に、子供は大剣を突き付ける。



「まだ能力を隠し持ってたか」

「……お前は仲間の死にも動揺しないのか?」

「ふふ、随分甘っちょろい事を言うな、少年兵。此処は戦場、仲間の死を嘆く暇があったらサッサとこの侵略を終わらせられるように行動した方が良いだろう?」



 子供は、それになにも応えない。



「1つ、死ぬ前に聞かせて貰って良いだろうか?」

「……何だ?」

「君は帝国に言われ此処に居るのか?」



 キューべは問い掛ける。


 ずっと不思議ではあったのだ。

 こんな実力を持った子供が1人、こんな所に居据り続けられるだろうかと。何も無い、食料も不足していそうな、こんな荒野に。


 可能性としては、帝国からの命令……『子供が1人で、パワルタを退ける』。何とも神が興味を持ちそうな予想が挙げられた。


 しかし、キューべの予想とは相反する答えが返って来る。



「ーー俺は平穏に生きなければならないんだ。だからお前も……全員死んでくれ」



 真剣な声音。


 世界トップクラスの商人であるキューベには嘘や冗談は通じない。

 キューベは、こんな真面目でありながらふざけた答えに思わず「クッ、クッ」と喉の奥から声を漏れ出させた。


 笑いを何とか堪えると、キューべは言った。



「はぁー、いや、そうか。それが君の答えか。なら殺すのは止めよう」

「何を言ってーーッ!!」



 子供の背後。

 フェイスが子供の首元に細い針の様な物を突き刺し、子供は前方……キューベの胸元に飛び込んだ。



「ほう。髪が長くて見えなかったが、中々の美少年じゃないか」

「お嬢の胸に飛び込む勇者なんて……世界中探してもお前ぐらいだぜ? ま、羨ましくはないが」

「ん? 何か言ったか?」

「あ、いや、別に……」

「き、キューべ様!? まさか、浮気、ですかッ……!!」

「もう1人居たか、勇者バカが。今治してやるから……って!? おいッ!! 動こうとするんじゃねぇ!!」



 エルは気を失った。

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