1-3 出会い

 対マリア戦線基地から何十キロか離れ、キューベ率いる500人の兵士は大爆撃地グレークへと訪れていた。



「何も、ないな」

「いや〜……そりゃあ移動する事もままならねぇ、少しでも足を滑らしたら格好の的、帝国の不手際で何個か不発したモノが何個かあってその位置も誰も理解してない……マトモなヤツなら死んでも入らねぇだろうからなぁ」



 キューベの背後、壮麗でダンディーな白髭を携えたフェイスが顎に手を当てながら呟く。

 年季の入った鉄鎧からは、歴戦の戦闘が見て取れる。



「此処で本当に行方不明になってるのか?」

「それはほぼ確実……詳しくは探してみよう」

「詳しく探さなくても結果は出ているような?」

「フェイス、あんまりキューベ様を困らせないで下さい」



 リーダーに取るとは思えない砕けた態度とは反し、横に居た紅髪ボブの女子は咎めるように肘でフェイスを小突く。


 キューベと同様の紺碧の軍服を身に纏い佇む彼女は、その綺麗な姿勢と美しさから従者のようにも見える。しかし腰に付けたホルダーには2丁の拳銃が収められている。



「サーナ、男は時に女の心を揺さぶってやるもんなんだぜ。本当に好きなの? それとも嫌い? そうやって相手を夢中にさせて行く……だから俺が敢えて進言してやってるんだ。処女には難しかったか?」

「またテキトーな事言って……というか私は処女ではありません」

「ははっ、そうやって頑なに否定する所が処女だって言ってんだよ」



 2人の喧嘩を耳にしつつ、キューベは大爆撃地を見渡した。


 デコボコとした地形が広がり不発弾が何処にあるか分からず、敵味方共に忌避されるこの場所は、相手側が此処に潜伏し一矢報いるには最適な場所だと言えるだろう。


 しかし、此処に大勢が隠れるのはリスクが高い。



(大勢居ればその分、不発弾に触れる可能性は高まる。長期間居るなら尚更……初めて此処に来たけど、相手は少数精鋭だと考えても良い)



 結論を決めてからキューベの行動は早かった。


 500人の軍を5部隊に分割。常に無線で連絡を取り合い、怪しい物があれば直ぐに撤退する事を取り決め、辺りを捜索し始める。


 そして、捜索から1時間後ーー。



『キューベ様。我々以外のパワルタ軍と見られる足跡を発見致しました』

「場所は?」

『元の場所から西に200m、北に100mです』

「今向かう」



 向かうと、そこには多数の足跡。恐らく100人程の規模だろう。



「方向は……あの大爆撃があった方向だな」



 ーー大爆撃地と呼ばれるようになったのは、この地形が出来たからという訳ではない。


 此処である大きな爆発があったから。


 戦争開戦地は此処ら一帯。

 2つの軍が顔を見合わせたまま様子を伺い、に警戒していると、帝国が痺れを切らしたのか動きを見せた。



(……パワルタに対しての策略がアレだなんて、本当に馬鹿げている)


「フェイス、サーナ、行こう」



 キューベは部下達と共に、足跡を追った。

 それから数分もしないで、辺りとは一線を画す大爆撃地へと着く。



「アレは、小屋?」



 大爆撃地の中心に小屋が密集している。



「そうですね。しかし、どうも奇妙な……」

「おいおい、ありゃあ酷ぇな」



 2人は小屋を見て露骨に顔を顰めた。



「何がだ?」

「お嬢、アソコにぶら下がってるの見えるか?」

「ぶら下がってる………アレは!」



 フェイスに促され双眼鏡で中心を見ると、掘立小屋の間を縫うように下げられたロープから、血だらけになった身体がぶら下がっている。


 そのどれもが、パワルタの兵だ。



「血抜き、みたいなもんなのか……アソコには何が居んだ? 吸血鬼でも居んのか?」



 ーーなくはない、とキューベは思う。


 伝説の存在ではあるものの、その存在は確かに確認されている。


 とは言えーー。



「警告の後、何も反応がなければ砲弾を打ち込む。皆はクレーターを囲むように陣取れ」



 此処で帰る訳にはいかない。


 キューベが静かに指示を出すと、フェイスは無言で首肯し、持っていた無線を手に呼び掛けを始める。



「さぁ。鬼が出るか、蛇が出るか………『小屋の中に居る者は、速やかに外に出て来い。貴方達は包囲されている。今から10秒後……何の反応も無かった場合は砲撃する』」



 拡声器によって大きくなったキューベの声が響き渡る。


 そして準備が整い、キューベの合図で砲撃が行われる瞬間。



「……何だ?」



 血の海が波紋に揺れる。


 まるで水の上を歩くかの様な穏やかな、自然な歩みで、それは出て来た。



「子供、か?」



 赤みを帯びた黒髪の、歪な鎧を着た子供が此方をただ静かに見上げていた。



 ◇



(今回は結構居るな)



 上の地面から見下ろす者達をエルは軽く一蹴し、大きく息を吐く。


 ここから見る限り、相手の戦力は不透明で人数を把握する事は出来ない。

 しかし、だからと言ってこんな事があるのも初めてではない。相手を殺している最中に偶々見つかって包囲された事もある。


 絶体絶命のピンチでは決してない。



『ーー大人しくするのならば、痛い真似はしない』



 警告の声が続けて聞こえて来て、思わず鼻で笑ってしまう。



「痛い、ねぇ……」



 本物の痛みを伴わない痛みには何ら恐怖心すら薄れていて、どうもあの女の声が薄っぺらく感じる。


 エルは大きく息を吸い込んで地面に手を付けた。

 そして、こめかみに血管が浮き出るように力み、肺に入っていた空気を全て吐き出すように声を挙げた。



「ハアァッ!!」



 瞬間。大爆撃地の上から見下ろしていた者の足場が脆く崩れ去る。

 泥、ではない。まるで硬さを維持出来なくなったかのように砂へと変化する。


 多くの悲鳴のような叫び声が木霊こだまし、その場に居た全員が滑り落ちて来る。



「今日もまた、平穏を目指す」



 ーーそう、また、何百人という獲物が巣に入った。

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