1-2 蟻地獄

「アレは何だ?」



 パワルタ軍第12部隊、小隊長パーマが100人の兵と共に行軍中、それを見つけたのは偶々だった。


 一際大きいクレーターの中に掘立小屋が何個も密集しているそこは、異様な雰囲気を漂わせていた。



「此処は帝国がやった大爆撃地グレークだった筈だな。あれは何だ? 報告に上がっていたか?」

「いえ、大爆撃地だというのは記されていますが、このような情報は何も上がっていません」



 大爆撃地グレークは帝国の爆弾兵器が使用された場所だ。


 しかしマリアの上層部を籠絡する事で、使用する日時場所の情報を得て回避する事が出来た。


 凸凹で移動もままならない、こんな場所を誰も好んで戦地にはしない。

 今日此処に来たのも、いつも頑張っている兵士の労いにサボらせてやろうという行動からだった。



「ククッ! これはラッキーだったな! お前ら!!全隊員クレーターの中心に向かって降下!! アソコから何らかの利益を持って来れるかもしれないぞ!!」



 兵達はそれに大きな歓声を上げ、降下。

 何か成果を出せば何とかなるという、商業王国パワルタの意志が国民にも受け継がれている。



「人は誰も居なそうだな……まぁ、それもそうか」



 数人の兵が降り立った後、パーマ自身も大爆撃地へと降り立つ。

 何の変哲もない掘立小屋が並び、スラムよりも酷い建物が密集している。


 所々する異臭に鼻頭に皺を寄せた。



「これは……血か?」



 普通のスラム街では嗅ぎ取る事は出来ない……頭を潰され、腹を裂かれた死体が転がる戦場。そんな何度も足を運んだ戦場での鉄錆の凝縮された臭い。

 地面にはそこら中に謎に掘られた小さな溝があり、そこには赤黒く血が残っている。



(そこまで昔のものではない……誰かが此処で尋問でもしたのか?)



 密集した掘立小屋、尋常ならざる血の量、不思議な溝が長々と乱雑に続き、上方には幾重にも交わられ張られたロープの空。



「あまりに異常……だが、こういう場には何かあるというのが鉄板だ!」



 パーマが叫ぶのとほぼ同時。



「パーマ小隊長! 兵が彼方で何かを見つけたようです」

「お! 何か見つかったか?」



 案内された掘立小屋でパーマは唖然と動きを止めた。

 そこにあったのは、血だらけで裂かれた大量のパワルタ軍服に、パワルタ軍が常備している軍用銃だった。



「此処は……マリア帝国が治めている場所なのか?」



 小言のように言い、パーマは自分で首を横に振った。



(此処は大爆撃地、開戦当初の場所だ。こんな所に帝国の者が居る訳が無い)



 未だにする鉄錆の凝縮された臭い……ということは!

 そう考えてからパーマの行動は早かった。



「今すぐこの場から撤退するっ!!」



 密集した掘立小屋、直径50メートル以内にいる全ての者に聞こえるよう叫ぶ。

 此処が何なのかは分からない。だが、こんなにも王国の被害が出ている場所という事は分かった。それだけでも此処にはそれ程の価値がある。



「……おい!! 聞こえているのかっ!!!」



 ーー先程よりも大きな声で言ったものの返事は無く、そこに居たパーマと案内をした兵士は顔を見合わせた。


 そして、遅れてやって来る寒気。



「じ、自分の身だけを案じ撤退を最優先しろっ!!」



 パーマは直ぐ様にその兵に指示を出すと、小屋から飛び出す。



「っ!!?」



 これまで通って来たであろう道に何人か人が倒れている。全員が血塗れで、血の量からして既に助かりようがないと、パーマ達は外へと駆け抜けて行く。

 道すがら倒れた者は増え、元の降りて来た場所へと向かえば、そこには居た。



「た、助けーー



 パーマと部下との視線が交差し、助けを請われる寸前。

 そこに居た者ーーエルはパーマの部下の首を容赦なく斬り飛ばした。



「……お前がやったのか?」

「そうだが?」



 それが何? とでも言いたげにエルは目を眇めた。

 華奢な体格でありながら途轍もない速さで大剣を振るった……それだけでもパーマの目を疑わせる出来事だった。それなのに、エルはさも当たり前かのようにやってのけたのだ。



「……貴様は此処に居て何をしてる?」

「此処で何をしてるって……見れば分かるだろ?」



 エルは挑発でもするかのように、倒れている兵士に向かって拳銃を発砲する。

 もう既に呻き声も上げない死体。しかし、それは昨日まで同じ釜の飯を食った仲間の死体。パーマはそれを唇を噛んで耐え忍ぶーー。



「っ!! 貴様ァッ!!」



 だが、同じ立場である一兵卒同士だからか、パーマの背後にいた兵士は激昂しエルへと銃口を向けた。



 ドォンッ。



 1発。

 兵士の持っていた拳銃ではない、エルの持っていた拳銃が機械のように素早く兵を捉え、正確に兵士の額を打ち抜く。



「あと1人」



 エルの戦闘力の高さに、思わず唾を飲み込む。

 尋常ではない力、これは確実に神から賞品を持っているとパーマは確信する。



「っ! 何が目的でお前は此処に居る!! こんな事をやって……お前には人の心が無いのか!!」



 パーマは震える手で無理矢理に指差し言う。それにエルは肩をすくめた。



「はっ……人の心があった所で"平穏"に暮らせるのか?」

「き、君は平穏に暮らしたいのか?」

「それは……この現状を見ても分からないか?」



 不思議そうに眉を歪め、それを見てパーマは思わず身体を震わせる。

 分かる訳がない。今のこの現状は平穏とは掛け離れた残状だ。普通の感性をしているなら、こんな事は思わない。



「誰であろうといずれ死んでしまう……だから俺は死ぬまでに平穏な生活をしてみたいんだ」

「そ……そうか!! なら私を使ったらどうだ? 他の兵士とは違う!! 人質にすれば君の役に立つぞ!!」



 パーマは矢継ぎ早に言葉を投げかける。



 (少しでも油断したら……)



 パーマは小隊長という事もあり、戦闘力にはそれなりの自信を持っていた。

 例え神から賞品を得た者であろうと、相手は小さな子供。寝首を掻いてやる事も出来るだろう。


 そんな思惑など知らず「人質……人質か」とエルは考え込むように顎に手を当てながらパーマへと近づく。


 エルの様子に、パーマは胸を撫で下ろす。



「そうだ!! 此処から出ればパワルタ王国での地位を約束ーーえ?」



 パーマの生はそこで終わった。

 目の前には、大剣を横薙ぎに振り終わった後のエルの姿。



「俺がもし、お前の言う通りにしたとして……それは本当に平穏な生活か?」



 エルは既に首を無くしたモノへと語り掛ける。



「別に、平穏な生活だろ? それに、お前が誰であろうと此処では何の意味も持たない……お前も俺と同じ、1つの命に過ぎないんだから」



 大剣をもう一度振り血を払うと、ロープがひしめく空を見上げた。

 見上げ、ロープの間から見える蒼穹が何処までも澄み切っていて、この世はいつでも平穏なのだと訴え掛けている程に綺麗でーー。



「気持ち悪い」



 ーー大陸歴2005年春、花も咲かないその場所で、また命を奪った。


 その手に鋼鉄の殺人兵器を持って、蟻地獄の様な巣の中で。

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