平穏なる世界を求めて。

ゆうらしあ

第1章 国家侵略ゲーム

邂逅

1-1 スタート

 世界は、狂気に満ちている。



『ジジ……本……の戦死、数 名。我が方の人的損、はほぼ皆無。戦況は良好で、aる』



 【鉄壁の帝国】マリア南部、荒れ果てた野。至る所に爆発が起きた大きな窪みがあるそこは、雑草すらも生えない不毛な地。


 その中でも1番大きいであろう半径300メートルある窪みの中心。地上から100メートル離れたそこには、幾つものトタンで出来た奇妙な掘立小屋が建てられていた。


 そんな誰かが見たら異様な光景の端で、エルは小屋にもたれ掛かっていた。


 10代前半であろう細身な体躯には見合わない、歪なまでにボロボロな鎧。横には身体の倍はあろう分厚く長身な大剣と小銃が置かれ、腰のホルダーには拳銃が携えられている。

 ボサボサな赤黒い髪や粗暴そうな外見とは掛け離れた綺麗な金眼は、静かに虚空を見つめていた。



『繰り返 。我が、の侵略は良好……』



 掻き消えるかの様なラジオの何度も言う『良好』という言葉が酷く皮肉に聞こえ、具体的な情報を発信しないあたり真実かさえ定かではないと、エルは思わず鼻で笑う。



「何処が良好だ……とっとと死に晒せ」



 呟き、煩わしいラジオの電源をぶち切ってまた虚空を見つめた。


 悲壮感を感じさせない、淡々とした女性の声から発せられる現状とは掛け離れた戦況報道は、ただただ兵士へと『報告する』というだけの暇を紛らわせる音楽へと成り下がっている。


 "パワルタ"との戦争が始まって3年。


 帝国は負けた戦争をただ長引かせている。北・東・西の三方を切り立った山に囲まれた帝国において、戦闘があるのは南方だけ……にも関わらず既に戦線は帝国の直ぐ側まで迫っている。


 【鉄壁】という国名は何処に行ったのか……上層部は既に敵の手に堕ち、パワルタでの地位を確立する為に自分の身を削る程に金を差し出している。



「見栄っ張りが……さっさと降参したら良いだろ」



 恐らく、この戦争の勝敗については国民も薄々気が付いている。


 それでも、国民は見て見ぬ振りをしているのだ。


 今の戦場は



「……来たか」



 視界に入った土煙に腰を上げる。


 エルの様子は先程と何も変わらない……綺麗で据わった金眼で先を見据え、背に小銃を、自分の体格とは見合わない大剣の先を地面に着けて引き摺り、散歩にでも行くかの様に歩き出した。



 ◇



 戦線から100キロ離れたそこには、多くの天幕・兵士が存在した。そこは商業パワルタの、対マリア戦線基地。


 その中央にある一際大きい天幕。

 天辺には透き通った青色のストライプが施され、中心にはグラスの中に溢れんばかりの酒が注がれている絵。そしてそれを囲む様に蔦が絡まった旗が掲げられている。

 商業団体らしい、欲望と高潔さが表されている。


 "キューベ"は荒野から吹く風に靡くパワルタの旗から目を下ろし、大きく息を吐いた。



「……この長丁場の戦線はいつ終わるのか」



 深碧しんぺきのパワルタ女性士官軍服。霧の様に少し霞んだ白髪がよく映え、何もかも見通すような澄んだ蒼く鋭い瞳。

 18歳にも関わらず妖艶さを醸し出す美貌からは利発さも見て取れる。まるで幻なのかと錯覚してしまう程だ。


 この戦線基地の天幕の外でティーテーブルとケーキスタンドまで置くイかれた精神がなければの話だがーー。



「キューベ様、ご報告致します」



 ティーカップを傾けてる途中、時間通りの部下からの戦線報告に眉を顰める。



「いつも通り、か」



 此処に来て1ヶ月。

 戦線には何の問題も無く、この戦線基地に敵襲がある訳でも無く、ただ緩み切った雰囲気の中、ゆっくりと進軍している。


 帝国は3方位から進軍する事が出来ず、武器に必須な鉄が溢れている。剣や銃、大砲や爆弾等、多くの兵器を用いて他国を寄せ付けない。


 だからと言われれば、この行軍速度は納得出来る。


 でも、それを知ってパワルタは念入りの準備をし、帝国の上層部を秘密裏に引き入れ、3年前帝国へと進軍を開始した。

 それこそ半年も掛からないだろうという、戦争という名の一方的な殲滅に。



 しかしーー。



「こっちの被害が大き過ぎる」



 戦争が3ヶ月を超えた頃から戦死者以外に、何故か約50人程の兵が毎日行方不明になっている。

 此処は戦場。身体が全部無くなる程の攻撃を受けたのなら納得は出来るが、そんな攻撃であれば戦場にて誰かが無線で報告出来る筈。それに加えて、身体の破片、衣類、装飾品ですら見つからない。



 万全の準備をしたパワルタが、合計約3万人もの行方不明者を出しているのだ。


 商業団体パワルタは国ではない。人員が少ない為に緻密な作戦を立てたのにーー。



「あり得ない」



 紅茶を勢い良く飲み干し、立ち上がる。


 これなら進軍速度も慎重にならざるを得ない。戦線を徐々に押してるかもしれないにも関わらず、この圧倒的な不自然さ。



(ここは。手間取っている暇はない)



 キューべは眉間に皺を寄せる。


 5年前までは、世界は安定していた。戦争も無く、食料や物資は滞る事なく流通し、各国・各大陸の代表が集まり談笑する場まで設けられる程に。


 世界はゆっくりと、平穏な時間が流れていた。


 そう。5年前まではーー。






『つまらない、だそうです。あ、因みにこれ神様からのお告げです!』



 その者は、自らを神の使徒だと名乗り、こう言った。

 豪華絢爛な純白の鎧を見に纏い、金髪金眼の優男で、その整った容姿は世界中同時に大小・種族の関係ない国王の前に現れた。


 何を言ってるのだと、ふざけた奴を捕まえようとした愚王は誰もが謎の死を遂げ……相手が一瞬にして現れた事、敵意は無いと判断した賢王は使徒の話に静かに耳を貸した。



『なのでこの度、私! 【神の使徒】主催の元、あるゲームを開催します。その名も【国家侵略ゲーム】! はい! パチパチパチ〜ッ!』



 それは楽しそうに手を叩き話を続ける。



『ルールとして5年設けます! なので国家を1つで良いので侵略して下さい! あ、 もし「やらないっ!」という方が居りましたら、当事者は勿論の事、国民の皆様には【天罰】が下されますのでご了承下さい!』



 意味も分からないままに、ジェスチャーを含めて伝えられる。



『成功、失敗は問いません! と、言いたい所ですが……それではやる気が起きないでしょう!! 成功した国の方々には【5年間のを提供】しましょう!!【何か】は 食料でも、消費されるなら物でも構いません!!』


『ここからが大事なのですが……光栄な事に神様から興味を持たれる方には、その都度豪華な賞品があるのでご期待下さい。それを踏まえての行動を期待します』


『ふうー、さて……説明はこれくらいで良いでしょう! 皆様……準備は宜しいでしょうか? 私達はいつ、何時も貴方達を見ています。面白く、刺激的な世界の提供をーーどうぞよろしくお願いします』


『【国家侵略ゲーム】スタートです!!!』



 有無を言わせず開始の合図をして、パッと消えてしまう使徒。

 非現実的な現実を目の当たりにした国王達。ドッキリだとしたら、余りにも荒唐無稽が過ぎる事柄だった。



 しかし現在、使徒が現れてから不思議な賞品ちからを得たという者が実際に名を挙げている。




 【鉄壁の帝国】マリアの"英雄"ファルファード"。

 【草原の国】バレットの猟犬"ナートゥー"。

 【大海の島国】ヴァルトの海魚人"リーベスクンマー"。

 【霊と快楽の国】ケイヴの愚者"スクレ"。




 その他にも多数の強者が各大陸、各国に1人は名を挙げている。こんな世の中では、この事件の犯人も強力な『力』を得ている可能性は大いにあるーー。


 そして半年後が期限の5年。時間は差し迫っている。



 あぁ。



「ほんと……



 言葉とは裏腹。

 キューべの冷たいーー身体の内側まで威圧する様な低い声の呟きと感情を読ませない表情に、近くに居た兵士はこめかみから汗を流す。


 ここ1ヶ月、戦線基地にて色々な事を調べた。今の現状や他国の戦争状況、物流、神が賞品を与えた者などーー。



 それらを調べてなお、増す苛立ち。



5…………私の準備が終わるまでに行ける準備を整えろ。1秒でも遅れたら……分かってるな?」

「ぞ、存じております!」



 有無を言わせないキューベに、兵士は大袈裟に地面に膝を着き頭を垂れた。



 ーー世界中を幼少期から飛び回り、直ぐさま商人として頭角を表した……その年齢に見合わぬ実力と、世界の商会へ与える影響力。17歳にして世界の知識に通じ、トップクラスの交渉力と先見の知恵を身に付けた彼女は、世界最高の商人の地位へと踊り出る。



 使徒が現れた1年後。

 このゲームに対して当てつけかのように、国に所属しない行商人達を纏め、弱冠13歳にして小国と変わりない規模の『団体』を作り上げた、本当に存在するのかと噂される……パワルタ現団長。



 【霧幻の王冠】キューベ。

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