1-6 解決の為に
「ふふっ、まさかアソコで『よろしく』と言うとは思わなかったな」
戦線基地の中央、天幕の中にある執務席に座りキューべが笑う。その前には毒が抜けたのか1人で立っているエルの姿だった。
「アソコで暴動が起こっても可笑しくなかったですね」
「いやー、アレはヒヤヒヤしたな」
「最初は挨拶するのが基本だろ?」
「確かに。だけど、あの場面での挨拶は基本『挑発』している様に見える。これから気を付けた方が良い」
同意するかの様に、サーナとフェイスも首肯する。
これまでの環境が伺えるエルに対し、キューべは懇切丁寧に教えながら机に頬杖を着き大きく息を吐いた。それにフェイスが腕を組んで問い掛ける。
「で? これからどうするよ?」
「そうだな……まず、エルは私と基本的に行動して貰う。今の状態ではエルに復讐しようと襲い掛かって来る兵士が居ても可笑しくないからな」
「キューべ様? 勿論、私も一緒ですよね?」
「勿論だ、サーナにはいつも通り動いて貰う」
ガッツポーズを決めるサーナを横に、フェイスは険しい表情で顎を撫で首を傾げる。
「ま、妥当か。未だにこのガキは【代償】も分からねぇ。そこら辺はお嬢が調べるのが確実だろう……で、俺は?」
「周囲のフォローだ」
間髪ない返事にフェイスはあからさまに顔を顰め、下唇を突き出した。
エルが先程、兵の前で見せたコミュニケーション能力、今までの罪状を顧みれば此処に馴染むと言うのは簡単な話ではない。むしろ、不可能に近い話だ。
しかしそれは、エルが1人で成し遂げるなら。
団長であるキューべが口を出しても皆は頷くだけ、キューべ絶対主義のサーナも論外。ならーー。
「はぁ、嫌な役回りだぜ。本当によ」
皆からの信頼も厚いフェイスなら問題は無いだろう。
「頼むぞ」
「はいはい、じゃあ早速行ってくらぁ」
フェイスは大きく溜息を吐き、天幕から出て行く。
パワルタにとって、『エル』という存在は大きな戦力になり得る。
商業団体団長としては、この利益を逃す訳がない。世界最高の商人としてのプライドがそれを許さない。
「それで……【代償】って?」
出て行くフェイスを手を振って見送り、エルはタイミングを見計らっていたかのようにキューベへと問い掛ける。
「【代償】は神の賞品ちからを使った時に支払われるものだ」
「神の、賞品……」
「君が銃弾を止めたり、大剣を払っていた力の事だよ。何か思い当たる節はないか?」
エルは数秒こめかみを掻いた後に、肩を竦めた。
「絶対にある筈だ。よく思い出してみてくれ」
「………その【代償】を支払わない場合、どうなるんだ?」
どうなるか、【代償】が何なのか知らないエルには気になる所だ。
キューべは淡々と、簡潔に答えた。
「【代償】が払えなかった者は死ぬ」
「………そうか」
エルの答えもまた簡潔な物だった。
今の世界はそれほどまでに命の価値が軽く、殺伐としている。エルの様な子供でさえ、それを理解している。異常な世界だ。
「まぁ……【代償】は自ずと自分がしたくなると言うし、恐らく一緒に過ごしてれば私が分かるから安心しろ」
「お話の所失礼します! 商団主達がキューべ様にお会いしたいとの事です」
「ん? あぁ、アイツ等か……」
キューべが背凭れに寄りかかると同時に、タイミング良く天幕の外から兵の声が聞こえて来る。それにキューべは天井に向かって大きく息を吐くと、立ち上がった。
「これからエルについて幹部達と会議だ。エルも付いて来てくれ」
エルはキューべ達の後を追って天幕から出た。
*
キューべの天幕から直ぐ近くの作戦立案の為に作られた青い天幕。他よりも一層大きなそこに入ると、大きな円形のテーブルが置かれていた。そして、3人の者が等間隔に座っていた。
1人は耳の端が尖っている女性だった。緑髪の長髪をたなびかせ、慧眼の瞳に整った容姿。エルにとっては初めて見る異種族、エルフ。
1人はエルとも歳がそう変わらない程の男の子だった。短髪の黒髪に、口角は常に楽しそうに上がっている。ただ目の前のテーブルの上には、ジョッキが置かれてはいるが。
そして、最後の1人は穏やかそうな、体型がふっくらした老人だった。ベレー帽を被り、糸目で、何もかも許してくれそうな、そんな雰囲気を感じる。
3人はキューべが入って来るのに気付くと椅子から降り、地に膝を着けた。
「「「お疲れ様です、キューべ様」」」
「あぁ、ご苦労。楽にしてくれ」
手で挨拶を済まし、キューべは一番の上座へと座り込む。その後を追うサーナを追ってエルも上座の方へと向かう。キューべの背後に控えると、キューべは振り返り告げる。
「エル、君は私の隣に座れ」
一瞬何を言ってるのか理解出来ず、エルはキューべの言葉を反芻した。そして頭の中を整理し、問い掛ける。
「良いのか?」
「私達は協力関係……所謂、対等な関係にある。私が座っていて、君が立っているのは可笑しいだろう? サーナ、椅子を」
「……はい」
サーナはピクッと片眉の端を少し上げた後に、端に置いてあった椅子を素直に持ってくる。
それを見た3人が各々反応を見せる。
「驚きね~……」
「まさかサーナちゃんが認めているなんて……」
「ほっほっほっ、興味深いですね」
エルが椅子に座ると、キューベはぶっきらぼうに3人を見回す。
「それで、私に会いたかった様だが? どうかしたか?」
「『どうかしたか?』 じゃないわよ~!
エルフ女性からの据わった厳しい視線がエルに突き刺さる中、キューベは老人の男性へと視線を向けた。
「"パルラ"はそう言ってるが……"クラウディ"の言い分は?」
キューベからクラウディと呼ばれる老人は少し目を開き、赤い眼光をエルに飛ばす。
「……その子供が本当に私達の邪魔をしていたのか信じられなくはありますね。しかも、それを何故生かしているのかも不思議ではあります」
「安心しろ。実力は折り紙付き……それこそサーナも認めてるし、エル本人も私達と『手を組む』と言ってくれた。裏切る事も……まぁ無いだろう」
キューベはエルの顔をジッと見つめた後に、軽く笑う。そんな2人の様子を見てパルラが眉を顰める。
「……私達の仲間を殺した奴を仲間に入れるの?」
「ま、そんな感じだ」
キューベの答えに、2人は黙り込む。
こうもしっかりとした肯定を返される時は、大抵キューベは意見を変えない事を知っているのだ。
そんな中、未だに何も話をしていなかった男の子が口を開いた。
「そうっすね……まぁ、それなりの価値がエル君に有ったら認めてあげても良いんじゃないっすか?」
「つまりは何を言いたい、"ティック"」
ティックはニヤリと口を歪める。
「ほら、あるっすよね? 帝国の電波塔、アレ潰して貰いましょうよ」
電波塔。それは帝国近郊にある、あらゆる情報・指令・指示・兵器の操作までが発信されるという重要施設だ。
帝国の上層部に金を掛けたとしても、警備が少なくなる事は無く、帝国の国王である聖女マリア・ザ・マリアしか入る事は出来ない。
加えて電波塔は、帝国の山の奥地で採れる希少な【エンぺリアル鉱石】をふんだんに使われている。つまり、大陸でも最硬と呼ばれる金属を壊す事が出来なければならない。
「アソコは50㎝口径の大砲を100門同時に撃ち込んだとしても壊す事は出来ないのよ~? こんな子に出来ると思う~?」
「だけど、それを出来るぐらいの力が無ければ、これまでの罪は晴らせない・それ程の強さがあって初めて仲間にしたいと思える……そういう事を言いたいんですよね? ティックさんは? 私は悪くないと思いますよ?」
「じゃあエル君と精鋭部隊が電波塔の壊滅作戦へと出るって事で良いっすかね? どうですか、キューベ様?」
「……いいや。それではまだ兵士達の禍根は残るだろう」
ティックの問い掛けに、キューベは首を横に振る。
確かに悪くない提案ではある。帝国の電波塔は他国からも有名な施設、それが破壊などされた時には、箔がつくというものだ。
しかし、精鋭部隊と一緒に行ったから、そこに偶々エルが居ただけ、そんな事を言われては終わりだろう。ならーー。
「……ふふっ、第5部隊の数人と一緒に私とサーナも付いて行こう」
「「「!!!?!?」」」
それに3人は勢いよく立ち上がる。
「いやいやいや!!! 何言ってんすか!?!?」
「ちょっと!? 本気!?」
「キューベ様が行くのは100歩譲って良いですが……せ、せめてフェイスさんも連れて行って下さい!!」
「いや、要らない。アイツはアイツでやる事を命じてある」
断固とした意見なのか、目を閉じて腕を組んだ。もうこれ以上何も受け付けなそうで、3人は口を噤む。
そんな中、エルが横目でキューベへと問う。
「第5部隊?」
「あぁ。パワルタで少し……問題な部隊でな。エルにはまず、パワルタの事を知って貰おうと思ってる。だから、ついでだ」
「ついでって……そのついでにあの【タンコ部隊】を選ぶ事ないでしょ〜?」
パルラが額に手を当てて、倒れる様に椅子に座り込む。2人もそれに倣って椅子へと座る。
疲れ切ったかの、3人の大きな息遣いが聞こえて来る。
その天幕の静寂の中、切り出す。
「電波塔を壊してくれば良いんだな?」
冷静に。静謐に。淡々と。エルが問い掛け、3人は顔を見合わせる。
そして代表としてティックが口を開いた。
「……まぁ、そうっすね。でも、失敗したらエル君には奴隷になって貰うっす。その金眼は金になりそうっすからね。せめてパワルタの為に役に立つっす」
「分かった」
エルの表情は何も変わらない。
その余裕綽々な態度に、サーナ・パルラ・クラウディ・ティックは顔を顰めた。
普通の子供なら、奴隷にしてやると言えば少しでも感情が表に出てしまう筈だ。それなのにエルは淡々と受け応え、さも出来ない訳がないという風に首を縦に振った。
果たして、これからやる事の大きさが"分からないで言ってる"のか……それとも"分かって言ってるのか"。
「ふふっ! 流石だな、エル」
ただ1人、キューベだけが楽しそうに笑っていた。
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