第8話 待たされ、招かれる

 朝を迎えると自動的に目が覚め、ベッドの上でボーっとしていると声が聞こえてきた。耳を澄ますとシアンさんと誰かが会話している。


「アレ、起きたのかな」


 起き上がってスリッパを履き、カーテンを開けるとそこにはスープの入ったコップをシアンさんから受け取っているアレの姿があった。


「あっ、あの、助けて頂きありがとうございます」


 こちらに気が付いたようで、ベッドの上のアレは申し訳なさそうに頭を深々と下げた。


「あなた、名前はなんでいうの?」


「ああ、すいません、私、レザリアと言います」


 あたふたとこれまた申し訳なさそうに頭を下げる。謙虚さというよりもこの場合はやや怯えている感じという方が適切かもしれない。まあ、それもそうか無理もない。とりあえず落ち着いてもらうため、私はレザリアがここに来るまでの経緯を話した。


「・・・想定外でした。荷物を縛っていたベルトが切れて、それで」


「押しつぶされたと」


「はい」


 予想通り、自分の意思で貨物に乗ったようだ。


「それで?どうしてあんなとこに?」


「それは―」


 私のその言葉にレザリアの目が真剣になり、ここに来た理由をゆっくりと話し始めた。


 ヒトクで生活していたレザリアは暖房区画の中でも更に上位の区画に家族3人で住んでいたらしい。そこに住んでいられたのは両親のお勤め先が中央研究施設であった為である。


「中央研究施設・・・それは凄いわね」


 私にはそれがどのくらい凄いのか分からなかったが、シアンさんが言うんだから相当な物なのだろう。彼女の両親は共に優秀な研究者だったらしく、新聞やネットニュースなどに名前が載るほどだったという。


そんな背中を幼いころから見て育った彼女が研究員を目指すのはある意味当然なのかもしれない。日夜勉学に励んだ結果、申し合わせたかのように名門大学に合格することになる。


「順風満帆で、凄く幸せでした」


 そんなある日の事、彼女の身にとんでもないことが起きる。研究所で不慮の事故が起き、両親が巻き込まれてしまったのである。彼女は慌てて病院に駆け付けたが、もうすでに両親はこの世とお別れをしてしまう寸前だったらしい。


「駆け付けた時にはまともに話すことも出来ない状態でした」


 ほどなくして両親はこの世を去った。そしてこれがきっかけで彼女は自暴自棄に陥り、大学を辞めようと考えていたが、周りの説得もあって何とか卒業することになる。しかし、抜け殻のようになってしまった彼女はいつまでもそれを埋めることが出来なかった。


 そんな日々が続いたある時、彼女の元へ荷物が届けられる。それは事故処理が終わって届けられた両親の遺品だった。衣類や眼鏡。使っていたペンに至るまで研究施設に置かれていたものが全て戻ってきた。


「その中に有るものが入っていたのです」


「あるもの?」


「はい」


 それは母親の「日記」だった。

この時代には珍しく全て日記帳に手書きで残されおり、もっとも古い日付は大学の入学式。そこから事故が起きた前日までの数十年間、途切れることなく書き通されていた。


「私はその時、何かで自分の心を埋めなければいけないと躍起になっていて、思い出に浸ろうとか思って毎日読み続けました」


 しかしだんだんと読み進めていくうちに日記に違和感が出てきたらしい。


 普通、日記に書く内容はその日あった出来事や卒業、就職、結婚などの人生のイベントみたいなものであるが、その日記のどこを探しても


「私を妊娠していること、そして出産したことが書かれてなかったんです」


 普通なら書いてもおかしくはない、というよりも逆に書かれていなければおかしいことがそこには無かった。


「じゃあ、あなたとの思い出みたいなものが一切日記には書かれて無いってこと?」


「いえ、それがですね、私が2歳くらいの時から先の事は書かれていたんです」


 2歳から書かれ始めたレザリアの事。そこから先のことは全て書いてあるのに2歳よりも前のことが全く無い。


私はこの時点で何となく察してしまっていた。


「もしかして、と思ったんです。もしかして、私は両親の子供では無いのかもしれないって」


 そう考えてしまっても不思議ではない。突然空からコウノトリがやって来て、母親の手元に2歳の女の子を置いていく。なんてファンタジーな出来事があれば話は別だが現実はそうはいかない。


「それでそれが気になってしまって、私、両親のDNA情報を手に入れて自分と照合したんです」


 普通に生きていたら手に入ることのないDNA情報。幸か不幸か分からないが、両親が中央研究施設で行っていたのは遺伝子に関わる研究で両親のDNA情報は研究施設に記録されていた。


そしてそれを目指したレザリアも当然のことながらそっちの方面だった。かつて在籍していた大学の研究室の教授に協力してもらい、意図も簡単に両親のDNA情報を手に入れると自分と照合することができた。


「その結果、両親の子供では無かったってこと?」


 私は煙草に火を付けながら聞いた。


「はい、遺伝子的に私の両親は他に居るということが分かってしまったのです」


 この世からいなくなってしまった両親は自分の本当の両親ではなかった。自分の本当の両親、自分の本当の生まれを知りたい。その気持ちは何となくわかる気がするがけれど、分からないことが2つ出てきた。


 どうして空き缶に探しに来たのかということと、なぜわざわざ貨物に乗らなければいけなかったのかという理由である。


 これについてレザリアが言うには、自分のDNA情報に基づいた結果、空き缶の住人たちと自分のが似ているということ。そして貨物列車に乗ってこなければいけなかった理由が両親のDNA情報を手に入れるために中央研究施設に出入りしたためだという。


「中央研究施設はヒトクの要です。なので、いかなる理由があったとしてもその中に入った人間は情報を他所へ流させないために厳格な管理下に置かれてしまいます」


「だから貨物に忍び込んだと」


「はい、そうです」


 淡々と自分のことを話はしているものの、多分彼女は一刻も早くここから立ち去りたい。そんな気持ちがあったのかもしれない。このままここに居れば私たちの誰かが管理局に通報してヒトクへ連れ戻されてしまうかもしれないから。


 だからなのか、あらかたの情報を話した後、彼女は私の方を向いて頭を下げてきた。

「助けてもらって申し訳ないのですが、お願いがあります」


 私は一応、聞く耳を持って彼女を見つめた。


「私を何とかここで生かしてはくれないでしょうか」

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空き缶、彩へ舞う 松下一成 @KZRR

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