第7話 開口へステーキを

 スーパーから戻ってステーキを焼くことになったのだけれど、どう考えても私よりもシアンさんが焼いた方が美味いに決まっている。なので、私は台所で焼いているのを眺めていることにした。あっという間に漫画のようなバターが上に乗っけられたステーキが完成していった。


 「肉に合うし、あの人いないから」と言い奥の方から赤ワインを取り出してきてグラスに注ぐ。酒が一滴も飲めない私にはぶどうジュースを出してくれた。


「ライラックは夜、いつもいないの?」


「ええ、夜は大抵ギャンブルか、酒か。女かどれかね」


 シアンさんがあいつのことをどう思っているのかスゲー聞きたい気持ちにはなったものの、2人のことだ、何か納得していることもあるのだろうし、そういう話に首を突っ込んで火傷をしたくはない。私は聞いたことを水に流してステーキを頬張った。


「たまに食べるステーキっておいしいわよね」


「そうですね、私も食べるのは久しぶりですね」


「でも、毎日食べられる?飽きちゃうかも」


「それは・・・まあ、そうだと思いますけど」


「きっと、男女の関係もそんな感じなのよ」


 その一言でピタッとステーキを切り分けていたナイフが止まってしまった。恐る恐る顔を上げ、シアンさんの顔を見るといつものにこやかな表情をしていた。「心を読まれたかもしれない」現実的にそんなことはあり得なのだけれどなんかそんな感じがして、私はその後もくもくと肉を食べた。


「今日、泊っていくでしょ?」


 そうシアンさんに言われた私は「厄介事をここに置いたままにするつもり?」と言われた気がしたので「はい」と答えた。返事の後、直ぐに着替えという名前の入院着的を借りてお風呂に向かった。


「いいなぁ、お風呂。私も将来はお風呂のある部屋を借りたいなぁ」


 この都市缶というかこの国は土地柄の為、給湯が完備されている区画の部屋は値段が異常に高い。理由は水道管が凍結してしまうため非暖房区画には敷設できないことにある。医務官が居るこのセクターは暖房区画、私の場所よりも暖かい。


その代わり非暖房区画には熱水管というものが引かれている。これは常に沸騰寸前のお湯が常時パイプの中を流れているもので、熱水は一定の間隔でボイラーに入って常に加熱されて温度が下がらないように維持されている。


 それでもお風呂に入るだけであれば、湯船に「お湯を溜めて冷ませばいい」と考えるかもしれないけれど、問題になるのは排水である。水道管もないのだから当然、排水管も無い。


 だからお風呂もトイレも管理されている共同浴場、共同トイレを使うことになる。トイレはまだしもお風呂にはプライベートが無くて私は苦手だった。


 お風呂から上がると若干ぶかぶかな借りた寝巻を着ながら考える。


「・・・アレはなんなんだろうか」


 診察室の奥にある処置室。その一番奥に持ってきたアレは寝かせられていた。カーテンをずらし、ベッド脇に近寄ってまじまじと顔を見つめる。幸いにも頭に外傷は無く、血が出ていたのは肩の部分だったらしい。大量の飲料水を入れていた木箱が肩にぶつかったのだろう、もし頭にでも当たっていればもしかしたら命は無かったかもしれない。


 薄汚れていた顔と髪の毛に着いた汚れと血は綺麗に拭かれていた。整った顔立ちと綺麗な金髪。この場所には相応しくない風体。特に目を惹かれるのが輝いているその髪である。私のような黒ではなく金。まるでそこに意思が宿っているのではないかと勘違いしてしまうくらいに綺麗だった。思わず手が伸び、その髪の毛を触ってみる。


「サラサラ、とはいかないか、ごわごわしてるわ」


 流石に長時間の旅をしていたせいなのか髪の毛はそれなりに痛んでいたらしい。


 椅子を持ってきて近くに座る。なんか映画で見たことがあるような光景。この関係が例えば親子とか恋人同士とかなら絵になるのかもしれないけれど、ここにはそれが無い。他人と他人、知らないと知らないが同居した空間、何とも不思議な感じだった。


 何分か眺めていたものの飽きてしまった。そこで今度は手を取り出すとまじまじと見つめる。意外なことに手の平にはいくつかマメがあった。何かやっている人なのだろうか。


 しばらく手を見つめ、触っていると急に手の温度が上昇してくのを感じた。


「あ、目が覚めるかも」


 そう感じて今度は顔の方に目を向けた。すると徐々に瞼が持ち上がっていき、連れて来たアレは目を開けて私を見つめた。


「・・・・・」


 無言で目だけが動いている。私には想像できないがこういう時はどんな感じなんだろうか?突然、意識を失って気が付いたら白い天井・・・まあ、ヤニで煤けて若干黄色くはなっているけれど。それを見た時にどんな感じなんだろうか?不安になるのか、それとも助かったとか思うのだろうか?


 しばらくキョロキョロしていたが何か安心したのだろう目を閉じてしまった。


「多分、これは眠ったのかも」


 気絶から眠りに移行した。「それって何か違うのか」と言われれば医療の知識がない私には「確かに、何が違うんだ」と思うのだけれど、その違いは大きなものが有ることは何となくわかる。布団をかけなおしてあげて、カーテンを閉め、自分のベッドへ潜り込んだ。目を閉じると今日の出来事が瞼の裏側で踊っている。


「まあ、何にせよ、目が覚めたのは良かったのかもしれない」


 目を閉じてしばらくすると私も眠りに落ちた。

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