第6話 助けたのは誰のせい
ソファーに座ってしばらく待っていると、ライラックが薄味コーヒーと灰皿を持ってやってきた。それを受け取ると一口飲んでため息をつき、煙草に火を付けて深く深呼吸をする。ライラックもシアンも私と同じように煙草に火を付けた。
「それで?〝アレ〟はどこで拾って来たんだ?」
ライラックは頭をポリポリと搔きながら、まるで捨て猫を拾ってきた子供に聞くように私に聞いてきた。とりあえずここまでの起きた出来事を彼に伝える。
「ふぅん、処理軌道。おまけに客車じゃなくて貨車から・・・身に着けている衣服、それから持っていたカバン。全部、質が良くて品が有る。それなりの立場かそれなりの勤めをしていたか、いずれにせよ金が無くて客車に乗れませんでしたってわけじゃあなさそうだけど」
そう、きっと何か事情があるのだろう。ということは私もわかっている。目が覚めて話が聞ければ一番なのだが、果たして目が覚めたとしても〝口が利ける人物〟なのかは分からない。
「それで、目が覚めたらどうするつもりなんだ?」
「どうするつもり?」
私は咥えていた煙草の灰を落としながらライラックの方を見た。
「そうだよ、マネジメント・ナンバーが無いんじゃどうしようもないだろう」
ライラックは右耳を指しながらそう言った。ここにいる住人にはマネジメント・ナンバー、つまり管理番号が振られており、年齢、性別、学歴、就職などの個人情報は全てデータ化されて管理されている。14歳の誕生日になると都市缶管理局に出向き、お祝いのケーキを貰うと同時に、右耳にピアスの穴をあけるピアッサーのようなものが押し当てられて「バチン」と認証チップが埋め込まれる。
痛みはないけれど結構な音と衝撃が有ったのだけは覚えている。
読み取りは専用のペンチ型の端末でチップが入っている耳を挟み込むとその情報が出てくる。このチップへのアクセスは管理官、教育官、医務官が行え、そして必要な情報を書き加えることも編集することもできる。
当然、ライラックの元にもその端末は存在する。
机の上に置かれた端末でライラックが私の右耳を挟むと「ピッ」とスーパーのレジのような音が鳴り、パソコン上に情報が出てくる。
「マキナ・スミレ 21歳 性別 女(男) 職種 ターミナル軌道車 整備員、治療歴・・・・」
この管理は日々とてつもなく厳格に行われているわけではない。というのがこれを人々が受け入れているという部分のキモでもある。実際、多くの場合は医務官が治療歴を確認する程度。つまり〝管理番号を持っていることへのメリット〟が多い時にしか使われていないというのが現状。
ここから外へ行くときもチェックされることは稀である。が、やはり自分のいる部屋と自分が働く場所を決める最初の手続きではどうしても管理局のチェックが入る。しかし、外から来たアレにはこのチップが入っていない。本来なら外部から来た者に対しては首から下げる形の簡易的な旅行者用の管理番号を与えられる。
「要するにここで自分の部屋も、働く場所も確保するのが難しくなる」
そんなことは言われなくともわかっている。私だってそう思わなかったわけじゃない。けれど、だからと言って助けなかった方が良かったのか?という話でもないだろう。だから私はこうライラックに突き返すしかない。
「・・・それは本人が決めればいいだけでしょ。助けた側がこの後どうするかなんてことは知らない。助けられた側がこの後、どうするかだよ。私が悩むことじゃない」
「そんな・・・無責任な」
「アレ、手足に指がまだくっついてる。凍傷になってない。だからきっと何か考えが有ると思う」
この言葉を言った時、2人はキョトンとした顔をしていた。それもそう、彼ら2人は処理軌道の本質を知らない。アレが乗ってきた処理軌道の始発ターミナルは都市缶〝ヒトク〟。最速軌道でも片道12時間は掛かる距離にある。そもそもあれの客車は快適に人を輸送するような環境ではない。最低限の暖房しか入れられていないのである。
処理軌道で連れてこられた人が客車内で凍傷になって、その日のうちに手足を切断するなんて言うのは珍しい話ではない。
でも、私が連れて来たアレは客車ではなく貨車に乗っていた。軌道において重要なのは人員の輸送ではなく物資の輸送である。乗っていたのは飲料水が積まれていた貨車。となると運搬中に凍らないよう最低限の温度管理はされている。
ただ唯一アレにとって想定外だったのは積み荷が崩れて自分が気を失ったことだけ。つまり、知ってたんだ。処理軌道の本質と貨車の温度管理について。
「となれば何か考えが有る人なんだと思うよ、私は」
「つまりマキナちゃん的にアレは〝ヒトクから何かをしに空き缶に来た〟ってこと?」
「そうです、何かあるとは思います」
「偶然なんじゃねぇのか?」
薄味コーヒーをすすってライラックは疑わしい目を私に向けてきた。確かに全てがたまたま、偶然、運命的に、奇跡的に、生きて私に拾われた。とも考えることは出来る。
「まあ、どうなのかは目を覚ましたらわかるよ。難しい話はそれから考えようよ」
そう言って私は煙草の火を灰皿で消した。
夕食を一緒に食べよう、と誘ってきたのはシアンさんだった。どうやら私が思っている以上に私に会えたことがうれしいらしい。まあ、それもそうか、あんな女心のわかんない男に毎日付き合っているんだから。とも思うわけで。
シアンさんに連れられて近所のスーパーに買い出しに来た。嬉しいことがあったから今日はステーキにするらしい。
これは空き缶特有なのかもしれないが、最大級に客人をもてなす作法として一緒に食べる物を一緒に作る。という文化が有る。これは例え自分にとって上役だったとしてもである。
「あの子が目を覚ました時、どんな話をするのか」
ふふっと笑みを零すシアンさん。
「すみません・・・突然厄介事を持ってきてしまって」
私の最近の悩みの1つ。ライラックがシアンさんと一緒になったことで、彼に厄介事を持っていくと決まってシアンさんも巻き込まれるということ。だからあまり近寄らないようにしておこうと思っていたのだけれど、その矢先にこんな感じになってしまった。これからは少し考えなければいけないかもしれない。
「いいの、たまにこういうことでもないとあの人、腕が鈍るから」
大抵の事は笑って、何が有っても動じない。そんな大人な余裕があるシアンさん。元々は軍属の看護医だったらしいけれど、その時に身に付いたのだろうかこの感じは。
「私にとってはそれよりも、きちんと〝ああ、マキナちゃんだな〟っていう感じの方が有った方がいいから。だからあの人にはうんと厄介事を押し付けてね」
「そうですか・・・それなら、まあ」
私は申し訳なさそうに笑うと2人でスーパーに入っていった。
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