第5話 ヤミ医者「ライラック」
ギャンブル好きで女好き。さらにおまけに酒好きと3拍子揃っていたら大抵ろくでもない大人をイメージするのだけれど、その全てを兼ね備えたうえで医者をやっている奴がいる。それが「ライラック」という人物。
私がここに来る前までは「ちゃんとしたセクターに勤める医師だった」と酔いどれた彼が前に教えてくれた。素行不良が原因か、それとも別の何かが有ったのかは分からないがとにかく彼は〝ヤミ医者〟になった。
「腕は確かだから」
台車を押しながらシートの下にいる人物に話しかける。返事が無いことはわかっているのだけれど、それでもなんかそんな奴に診せるのは申し訳ないなと思ったわけである。この人物は正規の方法でここに来たわけではない。だから正規の医者に診せることが出来ない。
「お互いに贅沢は言ってられないって感じだから許してね」
彼がいるのは医務官が管理する外側のエリア。そこにある貧相なアパートの1階が彼の自宅兼診療所である。手でたたいても手袋のせいで音があまり響かないため、呼ぶ時はいつもドアを蹴って音を鳴らす。私が常に履いているのは安全靴。その固い部分で金属製のドアをガンガン蹴っ飛ばした。
「いるんでしょ?いないわけないでしょ?出てこい、ダメ人間」
しばらくガンガンやっているとドアのカギが開いて中から人が出てきた。絵にかいたようなボサボサ頭に咥え煙草。手には何だろうウィスキーのボトルをそのまま持っていた。
「・・・・誰かと思えばマキナか。先日治療した奴が文句を言いに来たのかと思ったよ」
ライラックの目線が私から台車へ移る。
「それ・・・なに?新しい食べ物か何か?」
食うことと飲むことしか考えられないのかこいつは。
「急患だよ、急患。早く診てよ」
「急患なら医務官のとこへいけばいいじゃん。なーんで俺のとこもってくるかね」
「厄介事は持ち込まれた側が拒否できないから厄介事っていうの。私は厄介者だからそれでいいでしょ」
我ながらわけのわからん論法だと思ったがそんな細かいことを気にしてもこの男の場合仕方がない。だってこの男は「人を救うこと」にしか能がないんだから。それ以外は全部ダメ。つまり人を救わなくなったリリーはどうしようもない奴になる。
「へいへい、じゃあ入って」
診察室の作りは流石、医師仕立て。私が住んでいるところとは段違いで暖かい。2人掛で台車から人を抱えると診察ベッドの上に乗せた。まだ息は有るようだ。
「これ、どしたの?拾ったの?」
「まあ、そんな感じ」
直ぐに酸素マスクが付けられ、脈や血圧、その他の検査をリリーが行っていく。
「うーん・・・そんなに外傷は問題ないみたい。ただ、出血がひどくて低体温になってる感じで気を失ってる。輸血して点滴して体温上げてみて、かな・・・」
処置がはじまってしばらくするとドアのあく音がした。コツン、コツン、とヒールの音とガサガサというビニール袋の音が混じって部屋に近づいてくる。ドアを開けて姿を現したのはこの人の奥さんであり看護医の「シアン」さん。
世の中って言うのは理解できても納得できないことが沢山あるけれど、私にとってこれがその中に入っている。こんなダメ人間のダメ男にどうしてこんな美女が奥さんなのかっていうことと、彼がヤミ医者になるのを最初に勧めたのが彼女であるということである。
「あら、久しぶりねマキナちゃん」
「どうも」
「・・・久しぶりなのはいいんだけど、あなた血だらけよ?どしたの?」
そういわれてハッとして自分の体を見た。手袋も上着もズボンも運んできた人の血で汚れてしまっていた。
「あ、いや・・・バケツ借りてもいいですか?」
「どうぞん」
バケツを手に取って熱水を注ぎ、その中に血が付いた衣類を放り込んだ。時間が経って冷えて固まった血が溶けだしていく。それをじっと眺めていると後ろから声をかけられた。
「これ、あげるから」
振り返りざまにシアンさんから手渡されたのは手袋とズボン、そしていかにも高そうなコート風の上着。よく見ると有名なブランドの物だった。
「こんな高いのいいんですか?」
「若い時に買ったやつだから流行はずれだけど物はいいから。気合い入れてデートの為に用意したんだけどね、すっぽかされた思い出が詰まってる。すっぽかしコート」
「・・・すっぽかしコート、ですか」
お礼を言ってコートを着込むと診察室へ戻り、倒れていた人の顔色を覗き込む。連れて来た時はまるで蝋人形のような肌がやや赤味を帯びてきていた。助かったのだろうか。
「目、覚めそうですかね?」
「わからんねぇ・・・とりあえずやるべきことはやった。あとは、この人次第かな・・・コーヒーでも入れよう」
そういうとライラックは立ち上がった。
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